華の(?)異世界生活2
「……ふう」
重い足を引きずりつつ、アキトは町を少し離れた森に入っている。
クエストの指定地はこの森を抜けた先にある。
現在居るこの森近辺は魔物も強くなく……というか凄い弱い。しかも森の資源が豊富に採取できるので初心者向けクエストの舞台になっていることが多い。
しかし、この森を北に抜けた先の山岳地帯は別だ。
レベルが一次カンストのアキトが受けたクエストの舞台になっているので察せるだろうが、急激に魔物の強さが跳ね上がっていて、万が一にも初心者が迷い込めばあっという間に物言わぬ肉片に転職して大地の肥やし直行便だ。
もちろんそういう事態が起こらないように初心者は事前に何度も念を押されるし、山岳地帯に近いエリアは注意勧告の書かれた立看板がいくつも置かれている。境界線にはバリケードも設置されている。
それでも、年に数人は帰らぬ人になってしまうのだが。
さすがにそれは自業自得としか言いようがない。
そんなこんなで森の中を傷心のメンタルを引きずったままのアキトが進む。
本来なら適当な雑魚魔物が何匹も襲ってくるものだが、あいにくと文字通り強さの格が違うアキトには野生のカンか、かかってくる相手はほぼ皆無。たまに出てくる無謀な魔物も瞬殺。
まあ退屈である。
しかし凹んだメンタルを立て直すインターバルと考えれば案外悪くはない。
使い慣れた大鎌を時折振るって雑魚を目もくれず両断しながら、そろそろ山岳地帯だなと思うアキト。
「――……!!」
小さな声が聞こえた。
声なのか? とアキトが自分で疑問に思ってしまうレベルだったが、人の声のような音がした。まだ『おそらく』の範疇だが。
音の出処は前方。進行方向だし、確認がてら少し気をつけながら手早く進む。
「い……嫌ぁ……!」
少女が居た。
傷つき、地面に倒れ伏している。
魔物に襲われていた。
しかも魔物はそこら辺にいる雑魚スライムやゴブリンとは違う。この先の山岳地帯で生息しているはずの大型ワームだった。
生息地を抜け出した個体と断定。
こういうことが起こらないために現在アキトが受注しているクエストがある――境界地点の掃討作戦――のだが、少し遅かったようだ。
バリケードや常駐の警備兵は何をやってるんだと言いたくもなったが、これもクエストの範疇だろう。
アキトは背の大鎌を抜いて構え、駆け出す。
大きく首をもたげ、勢いをつけて少女に齧りつこうとしたワームの脳天を、アキトは跳躍の勢いを乗せた一撃で輪切りにする。
「――えっ……!?」
少女が驚愕する。
重力に従って地面に落ちたワームの頭部を更に魔法で完全に焼く。胴は素材がとれるので今は放置。
「……」
ぽかーんと口を半開きにして呆然とする少女。
死亡確定の絶望が刹那で吹き飛んだのだから、そんな間抜けな状態にもなるだろう。
ここで気さくな言葉の一つでもかけられればフラグの一つの萌芽ぐらいは立てられるのだろうが、アキトにはそれが出来ないからアキトなのである。
身なりを見たところ、少女は一応冒険者らしい。
フード付きの白いローブ、傍らに転がった杖、魔法職か聖職者系。
容姿は小柄で華奢。肩までの長さの緑髪。ぱっと見、人間のように見えるが肌が白く見慣れない髪色と金の瞳。ハーフエルフかもしれない。
あと眼鏡。アキトはメガネ属性は無いのだが、人によってはポイント高かもしれない。
少女は未だ呆けたままで硬直している。
まだ似たような魔物がいるかもしれない。さっさとこの場を離れてほしいのは山々なのだが、声のかけ方がわからない。自分の回らない口を呪うアキト。
しかし、ぼやぼやしていると別の被害が出るかもしれない。アキトは強硬手段に出る。
手に持った大鎌の刃を、少女の首筋に近付ける。そして一言。
「立て」
出来る限り柔らかいトーンで放ったはずの言葉は、内心ガッチガチの緊張のせいで凄まじくドスの効いた発音になっていた。
「! はっ……はいぃっ!」
少女も目の前の脅威を感じて我に返ったようで、体をこわばらせて悲鳴のような返事をあげる。だが肝心の腰が上がらない。
「立、て」
「ひゃいぃぃぃい!?」
刃を更に近付けられて少女が跳ね起きる。
「さっさと森から離れろ」
「えっ……」
本人は全くそのつもりは無いのだが、アキトの眼光がギラリと少女を見つめる。
「わ、わ、わ、わかりまひたっ!」
ろれつの回ってない返事をしつつ、少女は周囲に散らばっていた自分のことを荷物を集め、逃げ出すようにこの場を去った。
「――さて」
大鎌を担いでアキトが森を再び進む。
山岳地帯に行く途中にもう一体生息地を離れていたワームを倒す。
山岳地帯への境界に辿り着くと、巨大な石材で出来たバリケードの一箇所から大穴が空いていた。
この時期は山岳地帯の魔物が活性化する。山岳地帯では捕食される側のワームが獲物と安全を求めてこちらに逃げてきたというのが事の顛末のようだ。
ひとまず周辺のワームを狩って、日が暮れたらギルドに報告へ行く。このプランで決定。
黙々とワームの死体を量産しつつ、正午過ぎに一度休憩を挟んでまた狩る。
ワームのレベルは40から50程度で、アキトとは倍の差がある。職業自体の継戦能力が高いのもあって一人でも十二分に余裕がある。
時たま複数体に囲まれることもあるが、少しアイテムを消費すればどうとでもなる。
そうこうしてたら日が傾いてきた時刻になる。どことなく騒がしかった周囲の空気も随分と落ち着いてきている。
取り漏らしの確認を兼ねて森に戻る。帰り道に何人か初心者冒険者を見かけたので状況を説明して帰還させる――客観的には脅している絵面にしか見えない――こともしつつ森を抜ける。
さて、これから冒険者ギルドへと早めに報告へ行かなくてはならない。
「――蒼死徒・招来」
あまり使わない魔法スキルを詠唱。アキトのすぐ傍らに暗色の霧を纏った青白い馬が召喚される。
それに騎乗して空を駆ける。夕闇の空、馬車で三、四時間程度の距離を三十分弱で踏破する。
召喚した蒼死徒から降りて、町の入り口の街灯下でクエストの報告書類に事の詳細を書き連ねる。口で言うのが一番早いがそれができたら苦労はない。
次いでマジックポーチからワームの素材、討伐の証をいくつかまとめて別の袋に移す。
準備が終わったので、まだまだ賑やかな港町の雑踏を抜けて冒険者ギルド前に向かい、到着。
ドアの前に立ったところで、今朝の顛末がフラッシュバックする。
正直、入り辛い。
だが、事が事なだけに早期の報告と対応をしてもらわなければならない。
意を決してドアを開ける。
相変わらず賑やかなギルド内の光景が目の前に広がる。その外側からクエストカウンターまで迂回するように進む。
着いたクエストカウンターには先客がおらず、アキトは内心ほっとする。
「あっ……」
少しぼーっとしていた受付のクルラが近付く人の気配を察知して顔を起こす。
「こんばんわ! クエストカウンター……に……」
ぱっと浮かべた接客スマイルが一気に強張っていく。
だが今は気にしないことにする。クエスト報告書とワームの素材をカウンターにどかっと置く。
「ひゃっ!」
ついでにクエスト報告書をクルラの眼前に突きつける。後回しにされたら困るのだ。
「あ、ま、待ってくださ……アキトさ……!」
クルラが強制的に書類を受け取らされる。
やるべきことはやった。揉め事が起こる前に退散しよう。アキトは彼女のかけ声が聞こえないフリをして、そそくさと来た道を戻って夜空の下に出た。
「……」
今日はもう、寝よう。
再び歩いて、町外れの墓所に向かう。
墓所には二つの小屋がある。
一つは現在の墓守が暮らす新しい小屋。二つ目はかつての墓守がそこで変死し、放棄された古い小屋だ。
アキトは現在その二つ目の古い小屋で寝泊まりしている。
クエストの現地でキャンプを張ることも多いのでそんな頻繁に利用はしないが、町に来たときぐらいは使っている。
というか普通に宿に泊まれよと知り合いがいればツッコまれるのだろうが、宿は出禁を喰らっているので仕方ない。というか何もしてないのに出禁て。あまりの扱いにアキトは項垂れる。
たまにしか来ないが小屋の中は整理してあるので寝泊まりには不自由しない。井戸も近くにある。
建てつけの悪いドアを開けて、月明かりの射し込む小屋に入る。家具は少ない。ベッドと棚ぐらいだ。
大鎌を側に置きローブを抜いでベッドに飛び込む。
何も考えず熟睡。
努めて無我の境地を追求したかいあって――それか心労のせいか――気付けば朝である。
低血圧なアキトのわりには本日の目覚めは良好。装備を再び身にまとって、外に出る。
墓地の朝靄を離れ、下町の寂びれた食堂で朝食。ぶっちゃけかなり不味いが、有名所は顔が割れているので行きたくないアキト。
埃っぽい店内で、適当な粥とハムエッグに近い焼き物、煮崩れてぐずぐずの野菜(らしきもの)入りスープを胃に押し込み、ギルドに向かう。
よく考えれば昨日クエストの報酬を貰い忘れていたのだ。さっさと貰うものを貰って、今度は多めのクエストをまとめて受けてしばらく町を離れよう。ほとぼりが冷める頃にクエストも消化し切るはず。ちょうどいいわけだ。
そんなことをアキトが考えながらギルドに面する通りに入った所で、一つの冒険者の一団とすれ違う。
かなりの手練――40、50レベルくらいの――が揃った一団で、話し声に耳を立てると山岳地帯に向かう様子。昨日の報告がちゃんと届いていたことに少し安心。不幸な初心者が生まれることはなさそうだ。
この様子ならギルド内も少しは人が出払っているはず。クエストのあれこれを行うなら今だろう。
ということで、早急にギルド前へと到着。ドアを開けて……。
「ねえ、ちょっとそこのあなた」
ドアを開けて……。
「あなたよあなた。ドアの前の図体のデカいボロボロローブに大鎌背負った胡散臭いあなた」
「メリア、言い過ぎ」
横からの声に視線だけそちらへ向ける。
少女が四人いた。
一人目は最初に声をかけて……というか罵倒してきた金髪ツインテールの強気そうなの。装備は軽装の騎士という感じで、細剣を腰に差している。メリアと呼ばれていた。
二人目は、はねっ毛の赤髪に褐色肌、両腕を頭の後ろに回し、こちらを見ているが頭の中は「今日の昼飯なんだろな」と考えてそうな天然系。背には大きな斧。いかにも戦士職と言った感じだが一番小柄。やたらと薄着。
三人目は一人目のメリアを諌めた長い青髪の少女。暗色系のローブを纏い、いかにも魔法職ですという雰囲気。常時半目の白けた表情をしたダウナー系。
四人目は……。
「こっ……この人……! この人です……!」
緑髪で眼鏡をかけたローブの少女。
先日森で助けた(傍から見ると脅してる)あの娘だった。
「ほーん、なんか変なヤツー」
赤髪褐色の戦士娘がアキトを眺めて豪速直球な感想を述べる。
少女との不慣れなエンカウントとコミュニケーションで摩耗しつつあったアキトのメンタルがゴリッと削れる。
「ダナエ、直球過ぎ」
青髪の魔法職少女がツッコミ。えーだってー、とダナエが不満そうな顔。
「ウェヌスこそさーどうなんだよー」
「別にどうでもいい」
ダナエが青髪のウェヌスに意見を聞くが、冷たい反応。
「わ、悪く言わないでください……! この方は私のことを……!」
緑髪の少女が小さい声を目一杯張る。
「ああ、テミカを助けてくれたんだっけ?」
メリアがアキトをまじまじと眺める。
「……やっぱちょっと胡散臭い感じの人ね」
「め、メリアぁっ!」
テミカが顔を真っ赤にしてぽかぽかとメリアを叩く。
「うう……みんな酷いよぉ……」
「ってもなー、元はといえば一人でクエスト受けたテミカの失態だろー?」
「あうう……」
歯に衣着せぬダナエのあっけからんとした意見にテミカがしょぼくれる。
「み、みんなの足を引っ張らないように、こっそり練習をしようと……」
「まあそれはいいわ。で、そこのでっかいの! 名前は?」
「……」
メリアにビシッと指差されて名を問われるアキト。
どうしよう。答えるべきなのか。
「ちょっと! 新進気鋭の天才魔法剣士冒険者メリアちゃんに名前を聞かれてんのよ!」
突き出した腕をブンブン振るって怒るメリア。
周囲の注目が集まってきている気がする。アキトは観念した。
「……アキト」
「ふうん、聞いたことない名前。どこから来たの?」
「……遠くから」
流石に、正直に異世界転生しましたとは言えない。確実に狂人扱いされてしまう。
「ふうん……まあ、テミカについては私達『トゥインクル』を代表して一応礼は言っとくわ。ありがとうアキト」
「……はあ」
「テミカ曰く、山岳地帯のワームを瞬殺したとか。まあそれはテミカが盛ってるんだろうけど」
「ほ、本当だってばぁ……」
「テミカは黙ってて。で、ちょっと私たちに付き合ってもらいたいんだけど」
「……は?」
「いいでしょ? いいよね。ほら決まり!」
メリアはそう言ってすぐ、アキトの手首を握ってどこかへ歩きだそうとする。
「あ、いや、ちょっ」
体格差があるので振りほどくのは容易だが、メリアの勢いに圧されて抵抗しにくくなるアキト。
「い、いやまっ、ちょっ!」
強引に振りほどく勇気はなかったので、アキトはその場で踏ん張って動きを止めようとする。
「ちょっと、何よ」
アキトの体重で前に進めなくなったメリアが、彼の方に怪訝そうな顔をして振り向く。
「な、何って、そっちこそ何だよ……」
「え? ちょっと付き合ってって」
「いやだから、その内容だよ……!」
「え? 声が小さくて聞こえなーい」
実際にアキトの声は小さいのだが、あらかさまに彼女は聞こえてないフリをしているという感じに振る舞う。
「き、聞こえてるだろ流石に……!」
「まーまーまー」
メリアとアキトが揉み合っていると、次第に周囲に何事かと野次馬のような人だかりが出来てきた。
「う、うわ……」
人混みが苦手なアキトが焦る。しかし、その小さな体のどこにそんな力があるのだと思わせる握力のメリアが手首を離さない。
「うふふ、このままだと変な噂になるかもよ? いたいけな女の子にチ・カ・ン。したとか……」
「!」
いや流石にそれは無理があるだろ。
と、とっさに思ったアキトだが、自分の悪評を考えると噂が二転三転してそうなりかねない。想像して背筋がぞわりとする。
「ねえ、別に変なことはしないからホントにちょっと来てよ。アキト」
「そうそう」
「観念したほうがいいわ。メリアこうなると話を聞かないから」
「あ、あう……」
メリア、ダナエ、ウェヌス、テミカにじーっと見つめられる。
「え、ええー……」
この状況をどうするか必死に頭を高速回転させるが、咄嗟にいいアイディアなんてものは浮かばない。
そうこうしているうちに、冒険者ギルドの中からも人が様子を見にやってきた。
「や、やばい……」
ギルドの人間はアキトを嫌っている。
この状況、どんないちゃもんをつけられるかわかったもんじゃない。
「ほら、こっち来て!」
メリアが人だかりの少ないポイントを見つけ、そこへアキトを引っ張りながら早歩きで進む。他の三人は周囲をガード。
そんな感じで、アキトはいつの間にやら路地裏へと連れ込まれてしまった。
「……な、なんでこうなる……」
もういっそのこと、無理やり手を力づくで振りほどいて逃げようか。
引っ張られながら何度もそう思ったが、ビビリの彼は結局そこまで強い行動に出れなかった。