華の(?)異世界生活
彼の名前は常盤暁人。通称アキト。
元、普通の暇な大学生『だった』。
『だった』になった経緯をかいつまんで説明すると。
大学からの帰りにトラックドーン! →神様的な存在に呼び出される→レッツ異世界に転生ゴー。
所謂、よくあるパターンだった。彼としては自分がその当事者になるとは露にも思わなかったのだが。
まあ、これも人生か。
現実は小説よりもうんたらかんたらとかいう格言もあるし。しゃーない。切り替えていく。現世にそれほど未練もないし。
そして現在に至る。
彼は案外切り替えの早い男だった。
彼、アキトが転生した異世界は、前の人生でハマっていたネトゲにそっくりなもの。トラックに轢かれたのもそのゲームのことばっかり考えてボーッとしてたせいでもある。
幸いなことに転生ボーナス的なアレでゲーム中の能力を引き継がせてもらえた。そこそこやりこんでいたのでレベルは一次カンスト、普通に生きる上では全く不自由のない力を持っている。
しかし、全く問題がないというわけでもないが。
それもまた人生である。
それはともかく、今日も拠点の町の冒険者ギルドでクエストを受けに行くアキトだった。
元よりハマっていたゲームを現実として体感できるのだから、彼のやる気、あるいはモチベーションは転生してから今日に至るまでの数ヶ月間満ち足りっぱなしだった。
大陸随一の港町、その中心部にある大きな建物のこれまた大きな両開きドアを開いて通る。
中は冒険者たちで年中無休ごった返している。アキトは人混みを縫うよう避けて奥へと進む。
「あっ……」
少女の不安そうな声。
辿り着いたクエスト等を受注するための受付カウンター。アキトの姿を見て、受付嬢が何かを察したみたいな嫌、というよりは恐怖に近い歪んだ表情を浮かべる。
出会うだけでこの反応。理由は後述。
「え、ええと……アキトさん、ご用件は?」
いやそりゃ冒険者が冒険者ギルドに来たんだから、クエストの受領に決まっているだろう。
……と彼は心の中で思う。実際に口に出したのは『クエストの受領』の部分だけ。
「え、ええとそれじゃあクエストボードの番号を……」
「21」
ボードのクエスト番号を伝えると、ギルドの受付嬢、小さな体に銀髪と小ぶりな二本角がかわいいクルラの桜色の瞳が大きく見開かれる。
「えっ、ええっ!? そ、そのクエストはレベル50以上の複数人で行う大規模クエストですよ!? アキトさん……!」
それはわかってるよ。
と、視線で答えたつもりのアキト。まあ伝わってるだろう。もうここに来て三ヶ月になるし。
なお、全く伝わっていない模様。
クルラの張り上げた声で周囲にいる冒険者の視線が一斉にこちらへと向く。注目を集めるのが嫌いなアキトは内心憂鬱になる。
依然としてクルラが困惑している。うまく伝わってないのか。もう一度視線で訴える。
いや口で言えよ、と客観的視点では思うだろうが、それはどだい無理な相談だった。
何せ、彼は驚くくらい口が回らない。
こうして、傍から見ると少女が男に恐喝されているようにしか見えない酷い絵面が見事(残念にも)完成した。
「! は、はい……わかりました……」
アキトに凄まじい形相で睨まれ、クルラがひいっと萎縮する。
それから、おどおどした手つきでクエスト受領の手続きをする。
「じゅ、受領、しました……お気を、付けて……」
さて出発だ。遅延で報酬減額は御免だから手早く踵を返して表に出る。
出る途中も周りの視線がアキトに突き刺さる。俯いて気にしてないふり。そそくさと早歩きで進む。
「……あ」
冒険者ギルドから出て十歩ほど歩いてから、受付けのカウンターにギルドカードを置き忘れたことに気付く。
あれを忘れていくのはまずい。実質の身分証明書だからクエストの際にも要所要所で必要となる。
仕方がないので冒険者ギルドまでとんぼ返り。
入り口のドアに手をかけたところで、中の話し声が聞こえてきた。
「――いやあ、毎度のことながら気持ちの悪い奴だったなあ」
「いつもギルドに来てはボードと受付だけ寄ってすぐ帰る。正直気味が悪いよ」
ギルドにいた他の冒険者の声だった。アキトの戸にかけた手が止まる。
「クルラちゃん。怖くなかった?」
「凄い睨まれてたからな。正直、俺が止めようかと思ったぜ」
「あ、ありがとうございます……」
「あの男、一人で大規模クエストをどうやるつもりなんだ?」
「この前も一人で大規模クエスト片付けていたけど、ちゃんと達成条件満たしてるのかな」
「わからん、何せ全て一人でやっているからな。目撃者が居ない」
「でも、物理的に不可能でしょ。一人じゃ」
「何らかの偽装をしている可能性はあるな、大いに」
「まさか、奴隷を使って人海戦術で……」
「使い捨てかよ!」
「うわー、ありえるな。あの面構えだもん」
「死神みたいな風体をしているからな。他所でも鼻つまみ者さ」
「魔神徒だっけ? あんなマイナーな職業をどこで学んだんやら」
「ほんと、胡散臭さの塊みたいな奴だ」
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そこまで言うか。
そこまで、言うか?
というか、自分は他の冒険者たちにこう思われていたのか。
良い印象は持たれていないだろうなとは流石に察していたが、ここまでケチョンケチョンに酷い評価というのは予想してなかった。
しかしどうする。ギルドカードは取りに行かないといけない。
だが、この空気の中にどう入って行けというのだ。
ただでさえのぼっちコミュ障に、このミッションはあまりにもインポッシブルすぎる。メンタルこわれる。
そう。アキトは人付き合いが苦手だ。
かつてのネトゲーマー大学生時代も、所謂お一人様専、ソロプレイヤーの人間だった。
たとえ力を持って転生しようと。
ゲーム中の他プレイヤーより平均レベルが遥かに低い異世界冒険者に囲まれても。
結局のところ、人付き合いが下手のアキトは、ぼっちのままだった。
「――あっ、私、買い出しに行ってきます!」
そうクルラの声がすると、アキトの眼前のギルド入り口ドアが開いた。
「あっ」
外出しようとしたクルラとギルドに帰ろうとしたアキトが入り口で鉢合わせ。
一瞬の無表情な硬直の後アキトを見上げ、この世の終わりのような顔になって震えだすクルラ。
ボサボサの長髪に鋭く悪い目つき、不摂生のせいで染み付き消えない目の隈、猫背の長身痩躯、ボロいローブ(一応レア装備ではある)に背負ったおどろおどろしいデザインの大鎌(これもレア装備)。
こんな男に見下ろし睨まれたら――アキト的には普通に眺めているだけ――普通の少女なら背筋が凍る思いだろう。
「て、テメエ、まだ居やがったのか!」
「クルラから離れろ! まだ子供だぞ!」
さっきアキトのことをこれでもかと誹謗中傷していた常連の何人かがクルラと彼の間に割り入る。
荒事の匂いを感じ取って、どよどよとギルド内の冒険者たちがざわめき出す。
「もう我慢できねえ……! クルラにまで手を出しやがって、この胡散臭い野郎の首、今獲ってやる!」
そう怒鳴りながら、いきり立った図体のでかい狼獣人の男が背負った大剣を抜く。
「まっ、待って……! 私、なにも……! それにギルドの中で戦うのは……!」
クルラの必死な叫びは湧き立つ野次馬の声にかき消される。
狼獣人の冒険者が大剣を両手で構えようとしたその刹那、アキトは意識の隙を突いて相手の横をするりと通り過ぎる。
「!? うッ!?」
狼獣人が、気付けば斜め後ろに居たアキトの姿を数秒経ってから捉え、驚愕する。
目の前の斬ろうとしてた相手が何時の間にか死角に入っていたのだから、さもありなんという反応だ。
アキトはそのまま直進し外野の野次馬たちまで、つかつかと歩く。彼の進行方向から慌ただしく人が離れていき、自然と道ができる。
「(あった……)」
クエストカウンターにギルドカードがあった。名前を確認。アキトのものである。懐に入れて回収。
呆気にとられている狼獣人の横を再び通って今度こそギルドを発つ。
「……」
嵐が過ぎ去り、ギルド内に静寂が訪れた。
時間が経つにつれて、野次馬が無言で四方八方に散らばっていく。
後に、この出来事はまた作為的な脚色を加えられ、アキトの風評を著しく損なうものになっていくのだった。
「――……はぁーっ……」
港町の空の下で、深々とため息を吐いて黙々と歩くアキト。
どうしてこう、うまくいかないのだろうか。
転生前から独りだったのは変わらないが、今は周りとの摩擦が生まれて苦しい。なまじ力があるからこうなるのか。世の中はどうにも、ままならないものだ。
地球での独りと異世界での独り、こうまで違いが出るとは流石に想定外だ。これならもっと、神的な存在のアレに色々とお願いしたほうが良かった。アキトは心中で愚痴るが時既に遅し。
そもそも転生前ではぼっちに関して当人の問題意識が薄く、神的な存在が人間型ではなく巨大なエネルギーの塊みたいな存在で交渉の余地が無かった。今更たらればを言っても不毛っちゃ不毛。
しかし、実際問題どうしたらいいのか。
生来の口下手、不気味な容姿。
課題は山積みだ。
徹底して問題から目を背け続けるという手もある。というか現在はそうしているわけだ。
もういっそ、山奥とかで隠遁生活でもおくろうか。変なトラブルに巻き込まれるよりはずっとマシだろう。
今は、受けたクエストの消化が最優先だが。
しかし滾っていたはずのモチベーションが、あっという間にガッツリと低下。足取りがとにかく重い。
夢見た華のリアル冒険者生活。
現実は、砂の味がする。
クエストの受注とか精算、ぜんぶ遠隔で出来るようにならないかな……。
でもそうしたら、ぼっちが圧倒的に加速するな……。
はぁ、どうしよう。
背中を丸めて歩くアキトはそんなことを考えながらクエストの指定地へと、とぼとぼ歩きながら向かった。