一話「お嬢様、誕生す。」前編
第一話から前編と後編に分けるという・・・。
「・・・随分とご機嫌だな」
私が鼻唄を奏でているところに話しかけて来た彼は、この館の主である悪魔族の貴族様。
魔界で彼を知らぬ者は居ないだろう。
何せ、実力者揃いの貴族の中でも屈指の力と地位を持っているのだ。
当然と言えば当然と言える。
そして、私とは旧知の仲であり、特に親しい存在だ。
「そりゃあね。待ちに待ったお前の子だもの。ああ、早く生まれて来ないかなぁ・・・」
「親である我よりも楽しみにしている様で何よりだよ、まったく」
そんな彼にようやく子供が出来たのだ。
「お前を知っている者の一人としては待ち遠しくて仕方ない」のだと言ってやると溜め息を吐きながらも嬉しそうに笑う。
「まったくと言いたいのはこっち。お前と知り合って何年経ったと思っている。千年?いや、もう万年経つ?」
彼の笑顔を恨めしさと呆れを混ぜた眼で見つつ、「クレイドル」と呼ばれる悪魔の卵を撫でてやる。
悪魔族とは生物的ではなく、概念的な存在であるが為か「胎生」ではない。
この「クレイドル」と言うカプセルに血と魔力を入れてやることで子をなすのだ。
もちろん一人でやったところで意味はない。
子をなすには自分とパートナーとの「二種類の血と魔力」を混ぜ合わせながら入れる必要がある。
それも相性が良くなければ上手くはいかない為、悪魔族の繁殖と言うのはなかなかに難しい。
「それは仕方なかろう!妻とは種族が違うのだぞ!?」
彼の言う通り、奥さんは元人間の現種族不明という複雑な関係。
そもそも子が出来るかどうかすら怪しかったのを成功するまで挑戦し続けたのだ。
そう言われれば仕方ないのかもしれないが・・・・・。
「それにしたって待たせ過ぎ。せめて五百年位で済ませて欲しかった」
「それを言うならお主の方こそ、何時になれば子を見せてくれるのだ。我らだって楽しみにしているのだぞ?」
「それは私の旦那に言って」
「うむ。言ってやるから何処の誰が旦那なのか教えてくれ」
「そんなの私が知りたい」
彼の嫌味にそう返したところ、憐れみの視線が返ってきた。
久しぶりにこいつに対して殺意が沸く。
好きで独りなわけではない。
私もまた堕天使族という悪魔族とは「別の種族」だからこそ私とくっつこうとする者が居ないのだ。
同じ概念的な存在ではあるが、いくら「堕ちた」とは言え対極の存在でもある天使と悪魔。
血はともかく、魔力を混ぜたところで相殺されて消えるのが関の山。
相手が居たところで子供なんて出来はしないだろう。
「同じ堕天使族のあいつではダメなのか?」
「論外。あいつはそもそも弟。そういう感情は一切ない、と言うかむしろ殺したい」
驚愕の表情を見せる彼に「そう言えば言ってなかったな」と今更ながらに思う。
「親が同じなのは私も最近知ったばかり。つい言い忘れてた」
人間界で一時期流行ったらしい「テヘペロ」とやらをしながら謝ってやる。
「自分でも似合わないのは解っているから、その反応やめて」
必死に笑いを堪えている様子の彼を照れ隠しにデコピンでぶっ飛してやった。
そんなコント染みたおふざけをしていると「クレイドル」に変化が現れる。
「この子、ぶっ飛んだお前を見て笑っているみたい。凄く良い子。将来に期待できる」
これまた人間界で流行ったらしい「ドヤ顔」でクレイドルの見せた変化を伝える。
しかし今度の彼はさっきのような反応ではなく、ひどく慌てた様子だった。
「笑っているみたいなんて言ってる暇じゃない!これ・・・生まれるぞ!?」
「・・・・・デジマ?」
「マジだ!」
彼の使い魔経由で奥さんや従者達へ伝えられたらしく、次第に部屋が騒がしくなっていく。
5分もすれば、今か今かと「彼の子供の誕生」を心待ちにしていた者達がほぼほぼ集まったが、まだ一人重要な者が来ていなかった。
「いぇあ!!我が子が生まれると聞いてワタシ参上!!ワタシの心マジ惨状!!飲むぜ鎮静剤三錠!!」
「うわぁ・・・よりによって厄介なテンションで来たぁ・・・。とりあえず落ち着きなさい」
たった今入って来た彼女こそがそれ。彼の奥さんにして、この子の母親である。
「落ち着けとかマジ無理!我が子だぜ!?マジヤバイって!どれくらいヤバいかって、マジヤバいくらいのヤバさがマジヤバい!!!ねぇ!?わかる!?このヤぶへぁっ!!!?」
同じ日に同じ方法で吹っ飛ぶ似た者夫婦。実にお似合いである。
閲覧ありがとうございます。
後編はおそらく明日に投稿しますので、少々お待ちください。