初戦闘
道の幅はおよそセーラの肩幅10人分の長さだった。
迷宮にはゲームスタッフが設定した松明があり、ある程度の明るさはあった。
「アイス・レイピア」
氷の魔力でできたレイピアを作り出し、用心して進む。
ダンジョンということもあり人が迷うように複雑に入り組んでいたが、マップを熟知しているセーラは迷いなく進む。
行き止まりに辿り着いた。
それは道に間違ったのではなく、ここにある宝箱が目的だった。
それは、ゲームをプレイしているプレイヤーがダンジョンに飽きず、探索を楽しんでもらうために設置したものである。
開閉口を触れると、チャラララーンと楽し気なBGMが箱の中からしながら、ゆっくりと開いていく。
音に関しては無視し、道具が目的通りの物だったと確認する。
「あった『耐火のマント』」
火属性の攻撃を30%軽減する効果を持ッていたこの黒い道具を真っ先に欲していた。
実は火刑を経験したことで、火を前にすると恐怖で正常に思考が働かなくなるトラウマを発症していた。
セーラは自分自身情けないと思っていたが、克服できない状況では、生来の水精霊の加護に道具をプラスして火に対する堅固な守りを得ることを考案した。
「早く克服しないと」
言いながらマントを羽織る。
今、着ているセーラの服はダンジョンには不似合いなドレス姿を隠すことになった。
そして、また歩を進める。
右方向への曲がり角までおよそ5メートルの所に差し掛かったところ、
「モンスターね。ここに出現する中で最も可能性があるのはヴァイオレンスウルフかしら」
松明で照らされた地面に影が差し込む。
思わず、息をのむ。
5年間、ずっと魔法の修行をしていたものの、それは花よと愛でられた危険を排除しつくした貴族の生活に身を置いていたこともあり、モンスターと戦うのはもちろん、身近に感じるのも初めてだった。
「大丈夫、準備はしっかりしたし、何よりこんなところで負けられないわ……」
緊張を抑え込み、敵の接近に備える。
「これは……自ら行くのではなく、待ち構えるつもりかしら。でも、影が丸見えなんてとても幼稚ね」
どうせやるなら一本道ではなく、分かれ道で複数に気を配るような場所の方が良いのではと思った。
向こうにその気がないのなら、こちらから行くのみ。
使うのは現時点で最も扱いなれている水魔法。
(でも、この力量差で通用するかしら)
無詠唱で魔法の準備をしながら、不安に思う。
この没になったダンジョンは、初期シナリオではストーリーの中盤に訪れる場所である。
まともに戦ったことのないセーラが踏み込むにはあまりにも実力が不足していた。
本当ならストーリー序盤に訪れる初心者向けのダンジョンに行きたかったが、そこはストーリーに含まれている場所で、神に見つかる可能性があるので選べなかった。
セーラは、プレイヤー救済のためにある脱出魔法を試みることも考えたが、やめた。
こんなところで逃げたら、神への復讐は成し遂げれないと思ったからだ。
攻撃魔法は完成した。
「水流弾・操!」
右手にレイピアを持ちながら、左手で放たれた魔力弾は角に差し掛かると突如曲がり、影から推測した敵の位置に着弾。
「キャン!」
犬の声に近い叫び声
まだ仕留めていないと判断したセーラはすかさず魔法の準備をしながら駆け出し、曲がり角で見えなかった敵をその目に把握――
「え?」
――したが、すぐさま自分の行動を後悔した。
視線の先には水弾を受け、ダメージを負い隙だらけの犬みたいな魔物。
それに加え、傷ついた魔物を庇う様に4本足で立つ同種の魔物が2体。
(さっきのは囮!? 幼稚は私の方か!!)
今、発動直前の魔法は敵が1体であると想定したものであり、このままだと確実に無傷の魔物にやられる。
(だが2匹よりも1匹の方がまだ!)
距離が近い方に魔法を放つ。
これで当たらなければ最悪だが、幸運にも魔物の頭部にぶつかり吹き飛ぶ。
だがセーラは全く喜んでいなかった。
攻撃を受けず残っていた狼の魔物が、隙を逃さず口を大きく開け、噛みつこうとセーラの出せる最高速度を何倍も超えた突進を繰り出す。
対して、セーラは圧倒的な力量差と経験不足が重なり、レイピアまたは魔法による迎撃も回避も選ぶことができない。
(お願い)
とっさに浮かんだ言葉はまるで神への祈りのようだった。
――
――
――そして、
鮮血が舞う。
ぼたぼたと血が体内から零れ落ちる音。
それは残酷な光景だった。
その結果に、満足し声を発する。
「いきなり本番で怖かったけど、上手くいったようね」
セーラは生きていた。
身にまとうコートは全体が血濡れていたが、それは敵の返り血で本人は無傷だった。
「なるべく自分の力だけでやろうとしたけど、最初のうちは欲張りは良くないわね。自動で発動するとはいえ、システム魔法を発動してしまったんだから、もっと使ってしまいましょう」
そして、セーラはゲームの法則を十全に使うことを決めた。
「オート」