1週目の終わり
「一体何があったんですか!?」
「……どうやらシナリオが終わったようだ」
その言葉に、先ほどのアングラス王国最後の姿を思い出し、この世界が消える光景を幻視した。
「先ほどあなたは神はこの世界を物語と思っているとおっしゃってましたわね。まさか物語が終わったから、神は世界を終わらせるつもりなのではまいのでしょうか」
「いや、それはないはずだ。ここは女性向けアドベンチャーゲームでエンディングが複数用意されている。最後までクリアしない限り消すことはないだろう」
「どうでしょうか。教師や家庭教師から課題で読むように言われでもしない限り、絶対物語を最後まで見ないといけないなんて決まりはありませんわ」
セーラが言った瞬間、世界にとてつもない魔力の奔流が迸る。
「きゃあ!」
今までに味わったことのない感覚が全身を襲う。
『警告シマス! 警告シマス!』
遅れてロボットの警告があったが、セーラには聞こえていなかった。
全身に感じる圧倒的な力に対する思いだけが、心を占めていた。
「これが神の力……」
映像を見るだけでは実感できない圧倒的な力を味わう。
セーラが感じ取れるのはあくまで世界全体に及ぶ力の一部、彼女の周囲の魔力だけだが、それだけでもセーラが1万人に増えて保有する魔力を結集した量よりも上回っていた。
「まだ魔法を発動する前の曖昧なエネルギーだからこそ世界を傷つけることはないが、もし何らかの攻撃魔法が放たれればまたたくまにすべての人々が死に絶えることになるだろう」
過去の記録だからこそ、今の恐怖を感じない男は事実を淡々と語る。
セーラに、答える余裕はない。
負けるものかと歯を食いしばり、意思を奮い立たせるが、体は思いに反して、震えを起こしていた。
「挫けてくれるなよ。君はこれ以上にならないといけないのだぞ」
「わかって……いますわっ。 それよりも! あなたはまだ続くといっていましたが、これが世界の終わりではないとしたら何なのですか!?」
「ニューゲームだ」
「は?」
なぜかゲームに関する事柄も覚えさせられたから、意味は分かったが、どうしてこの場で言ったのかという疑問があった。
「神がゲーム最初の状態にするために、人、物、自然の万物を起点の状態に加工し直している」
ロボットの目から、地上の拡大映像が出てくる。
それは奇異なものだった。
まず目につくのが人間が無秩序に飛び交う様子。
そして飛びながら人の容姿が変化していた。着ている服がほどけ、動物の毛や糸、植物といった材料になり、人自身も初老に入った女性がしわが取れみずみずしい肌になり、青年の姿がみるみる縮み幼児の姿になる。
これだけでない。
町の建物の一部が工程を最後からなぞる様にばらばらに分解され、空き地にはどこからか建材が飛来して、家が無人で組みあがる。
「この様子を見るに、時間を巻き戻すのではなく、過去の状態に無理やり加工しているという我らの予想は正しかったようだ。こんな面倒な方法を取るということは、時間を巻き戻すことはできないようだぞ」
「あの、悠長に眺めてますけど、私たちは大丈夫ですの?」
「平気だ。この機械は対象から外れているし、君はそもそも君は肉体から抜き取った魂だけだから、影響は今すぐではない」
「え……それでは私、死んでいませんか?」
セーラはこれまで、処刑場から救出され、火傷を魔法か何らかの手段で癒したのだと思っていた。
肉体がなく魂だけになるというのは、まさしく巷で信じられている幽霊と同じではないか。
「いや、魂が消滅しない限り、死んだとは言わない。ちなみに今、君の肉体は損傷した状態で刑場で晒されているが、それも健常な人間の肉体に戻るだろう。空の肉体には簡単に魂が入り込めるから、簡単に体を取り戻せるな」
「本来なら体が治るのはいいですがよりによって、神の手で戻されたというのが素直に喜べませんわね」
「それもそうだ――『ザザッ!』
機械の音声に突然、ノイズが起きると共に、機械から、先ほどよりもより多きな火花が起きる。
さらにセーラは、自分がどこかに引っ張られるような感覚が起きた。
「っ! どうしたんですの!?」
「思った以上にガタが来ていたようだ。もうすぐこの機械が壊れる。そして壊れると、この機械を依り代にしていた君の魂も元の肉体に戻るだろう」
「では――」
「時間がない。一気に必要なことをいう」
セーラの言葉を遮り、男の映像は早口で話しだす(正確には倍速再生の機能を使っている)。
「まず最初に君の体はストーリー通りにしか動けないようになっているから、教えた魔法を使って君の肉体の複製を作れ。そして君の魂をそちらに移すのだ。抜け殻の肉体は、勝手に神が物語通り操るので、周囲には気づかれないだろう。次に、テキストデータを読み取って、終末の時期や効率的に強くなる方法を探れ。一応、こちらも調査して情報を君に与えているが、失敗した先人に従うよりも優れた修行方法を見つける方が良いかもしれん」
人工物の目にヒビが入る。
「よっぽど神がこの世界に気に入れば、すべての物語が終わった後も続くかもしれん。だが、それは楽観論だ。必ずストーリーが終わる前に行動を移せ」
そこまで一気に話した後、話す速度が元に戻る。
「そして、これが正真正銘最後の質問だが、ちなみに君は親の罪についてどう考える。子の罪は親にも責任があると思うか」
「それはどういう意味を持った質問でしょうか?」
「うむ、これは一切証拠がないことだが、もしかすると神を造ったさらなる上位存在がいるかもしれないという考えが浮かんでな」
「……」
「どういう意図をもって我らの怨敵を生み出したのか、世界に悪意を振りまくために生んだのか、それとも親の預かり知らぬところで子が好き勝手しているのか。君はどう考える?」
「場合によると思います」
「ほう。どのような意図であれ、親も同罪だとは思わんのか?」
「そうは思いませんわ。というのも、私が処刑された原因が父に合ったからです」
「ああ、そういうことか」
「父は大変な野心家でした。私が婚約破棄されたことで家の名誉を傷つけたという口実で反乱を起こしましたが、実際はただ王座の簒奪が目的でした。そして私の処刑は父の罪の連座でした」
「そうか」
「私としては、罪が家族にふりかかる理不尽を身をもって知りました。まあそれも神の造った筋書かもしれませんが、それだとしても子の罪が親も同じだとは思いません。なので私は神の親というのがいて、邪悪な存在だったときは、それを殺します」
「……理解した」
その淡々とした声音では、は彼の考えに合ったものか外れたものかは、わからなかった。
「これで私にできることはすべて終わった。どうか、お願いだ。我らの恨みを晴らしてほしい」
「ええ、ご安心してください」
そして、男は初めて笑った。
「君が継いでくれた良かった。実際には君の答えがどうだったか、復讐が成功したかは既に死んだ私ではわからないが、すべてが上手くいったと思って、これから死ぬとするよ」
言おうとした言葉をすべて言った後、機械は動作を終了し、完全に沈黙した。
魂の依り代を失ったことで、セーラの魂は肉体の元へ引き寄せられる。
「任せてください! あなたの思いは私が受け継ぎましたわ!」
引っ張られながらセーラは叫んだ。