悪役令嬢VS攻略対象 その④ 最強の魔法
仰向けに倒れているセーラに向かって落ちてくる1兆度の炎。
それを前にして思うことは、脅威ではなかった。
「やはり、炎が苦手なのね」
眼前に迫る劫火が現れてからこの世界に降り注ぐ強大な神の威圧感が少なくなった。アングラス王国の国王リードネアの予想が正しかったようだと思った。
考えているうちに鼻先にまで到頭し、すぐさまセーラを飲み込み、全身を炎で隠す。
「やった」
リックが言う。
「これで長かった戦いもこれで終わりだね」
ランが言う。万感の思いが込められていた。
「まだ終わりではない。頭を倒しても魔物たちが残っているぞ」
「だが、統率者を失えば、魔物たちもただの烏合の衆になるから、今までよりも討伐はずっと楽になる」
ルーカスと王子は、次のことを見据えていた。
思うことはそれぞれ違っていたが、パーティーメンバー全員が敵を倒したことを確信していた。
だが――、
「ふふふ」
女の声。それは確かに、炎の中からした。
「何度も悪夢を見ましたわ」
魔法の発動時間が切れ、の火が隠していていたセーラが見えるようになる。
無傷――1兆度の灼熱に防御魔法を使わずに晒されにも拘わず、人を引き付ける美しい肉体は健在だった。
「縛られ抵抗できずにいる中、火炙りにされるあの苦しみをそれはもう、数えるのも馬鹿らしくなるくらいに。だからこそ、編み出しましたわ。いかなる炎でも皮膚の一欠けらであろうと体を傷つけられない方法を」
その力は、炎無効という絶対耐性。
元々、セーラ達が住む水の惑星に住む水精霊の適性が高く炎耐性が高かったセーラは、修練の果て炎を完全に無効にするまでに進化させた。
また、副産物で水に関わる力なら全てを吸収できる能力も得たのは、嬉しい誤算だった。
「まあ、これくらいなら知られても大丈夫でしょう」
自分の情報を神に把握されるのは嫌だったが、炎が苦手らしい神が炎属性を使う可能性は低い。
水吸収の方は隠匿するためにも、リックが荒ゆず属性の魔法の連撃をした際にも、水魔法は迎撃し体で受け止めなかった。
「ようやく来たわね」
セーラがそう言うと、部屋内の空間が3か所、歪みだし、穴ができる。
穴の向こう側には星々を背景に宇宙空間が広がっており、そこからセーラの分身達が通ってくる。
「分裂した!」
分裂能力を持つスライム等と戦った時のセリフを言うラン。
「戻ってきなさい」
分身がセーラと重なり、力を還元させる。元々渡していた大部分の力が戻るのに加え、精霊の住む3つの星を滅ぼして得た力も新たにセーラの物になる
「これは、すごいわ。この世のすべてを滅ぼせる力が自分の体に凝縮されて宿っている。ああ……長かった。これでようやく、忌々しい神を殺せますわ」
「仕留めそこなったか、みんなもう一度行くぞ」
スローの効果はとうに失っていた王子が言いながら高速移動の準備を始める。それにメンバーは続く。
自分たちよりも遥かに強くなった敵を前に、彼らには逃げようとしない。
それは勇気ではなく、そういうシステムだからである。セーラは、邪神を倒し存在に割り込むことで、世界から彼女がラスボスであると扱われていた。そして、ラスボス戦には逃げるというコマンドはないので、逃げるという選択を王子たちはできなかった。
彼らは全力を出す。
リックは絶対零度の氷結魔法を、ルーカスは肉体強化の魔法を発動させる中、一番驚異的な力を使ったのは王子だった。
「第三開放『光体化』」
体が徐々に光そのものになっていった。
『光体化』は自分を光の化身と化し、第2開放であった光と同等の移動に追加して、さらに思考や動体視力までも光の速度に応じたものになり、事前に移動する場所を決める必要がなくなる。
この状態になれば、1秒間に100万回の斬撃を放つことすら可能だった。
「これからは出し惜しみは無しよ。知られてようが防ぎようのない圧倒的な力というものを見せてあげる」
そしてセーラは真の全力を発揮する。
対する王子たちは全力の攻撃を放つ。
聖女は仲間たちの力を限界まで強化させた。そして、騎士の生涯最高の一撃が、木でできた巨大な竜が、絶対零度の冷気が、光の攻撃がセーラを襲う。
「『一時停止』」
その一言が勝負を決した。
ボスの部屋の隅々にまでセーラの力が及び――全てが止まった。
鎖を生身を引きちぎる騎士の肉体も、万物を氷結させる冷気も、光の速度で移動する者までもが動作を停止させていた。
これこそが、アングラス王国が考案したシステム魔法の中でも最強に位置する『一時停止』の効果だった。
「光で動けようとも、こうなったら形無しね 」
己以外のすべてが止まった空間の中、
そして今度は、自らが編み出した最強の黒魔法を使う。
「『ブラックホール』」
ようやく、中ボス戦の終わりが見えてきました。
リメイク前なら1話で終わってとても短かかったのですが、ここまで長くなったのは驚きでした。




