悪役令嬢VS攻略対象 その③ 終末の炎
物体が衝突したときの破壊力は、速ければ速いほど大きくなる。
セーラの体を覆う多重防御魔法『ファイアウォール』は、一層ずつが国を消滅させる魔法を防ぎきることができたのだが、それを全40枚中32枚を光速による一撃で破壊した。
(こんな技、普通なら世界を――アングラス王国でいうところの星を瞬く間に破壊してしまうのに、原形を保っているのは神が干渉しているからということね)
思考しながら、破壊された防壁の再構築をする。
王子が光速形態になった途端、神が星や物が壊れないように力を働かせているのを感じた。これは、好都合だと思った。王子に長く戦わせるほどに星を壊さないように神の力を消費させることになる。
また、反応できずに受けてしまったセーラだったが、
(幸運ね。いくら光の速さになったとしても、動こうと考えるのは人間とは変わらないことね)
人間が光速で動くのは大変危険だった。移動距離を間違えれば、壊れないように設定されているダンジョンの壁に激突し即死の恐れがある。使用している本人も移動中は周りのことを見ることなど到底できないので、動き出す前に方向や距離を選択する必要がる。
それならば、自分への直撃を避けることは可能である。
セーラには、まだ余裕があった。現状可能な最高倍率64倍での『スキップモード』を使用している。その速度は光と同等になる『ライト・スピード』には遠く及ばなかったが、『ライト・スピード』にはない長所があった。それは、動体視力や思考能力、反射等も加速することである。
彼女の目には、『ファイアウォール』が透明だったこともありまるでダメージが一切与えられないと勘違いして呆けている王子が、非常にゆっくりに見えていた。
「『ロード No.47』
保存していた魔法を放つ。黒い液状のそれは相手をスローにする魔法『スローモード』をスキップで加速させた二重魔法だった。
「くっ」
顔面に当たり、一時的に視界がふさがれる王子。
レイピアで刺そうとするも、光速の後ろ飛びで避けられる。
ここで、『スキップモード』の効果が切れる。
「もう一度行くぞ、『ライト・スピード』」
ゆっくりとした声で再び発動準備をする。
スローモードで数分の1になっているおかげで、距離・方向の設定が遅れている間に攻撃しようとしたところ、
「『オールレンジ・アタック』」
リックの声がダンジョンに静かにこだました後、ボスの部屋を埋め尽くさんばかりの魔法陣が宙に出現した。知恵の象徴である金の精霊の加護を持つ、最強の魔法使いが動きだす。
ステータスが上昇するごとに増すその数は三千。魔法陣から、火・水・風・雷といったあらゆる属性の魔法が放たれる。
単純な威力こそ、都市を壊滅させられる程度の威力だったが、全ての魔法にバリア貫通・防御力無視の効果が付与されていることを認め、撃ち落とすことを選択した。
「ッ!! 『オートモード!!』」
セーラは、迎撃のための自動戦闘魔法を使う。
自動戦闘が同数の魔法を『ロード』する。火属性には水属性といったように、それぞれの魔法を相性が優位なものをぶつける。
(これはあくまで時間稼ぎで、本命は別ね)
リックが無詠唱で魔法の準備をしているのを、体内の魔力の流れから察した。
妨害しようとしたセーラだったが――
「うおおお!」
背後からルーカスが接近してきた。
自動迎撃によって放たれた風の刃が当たるも、ダメージを与えられない。
「土の加護、第三段階の『絶対防御』か!」
あらゆる攻撃に対して一片の傷も負わない最強の守りが、魔法の連弾を突破する。リックの連続魔法が邪魔して回避はできない。
セーラはレイピアで受け止めようとするも、力負けして弾き飛ばされる。
さらに、叩きつけられた地面の周囲には木製のナイフがいくつも置かれており、そこから木の蔓が伸びセーラの手足を拘束する。
「く、速くしないと!」
防御壁の再構築と精霊の領域を探すことを急ぐという、二重の意味を持った言葉を発する。
「行くぞ」
そして、王子がセーラめがけて光速の一撃を放つ。
「きゃあ!」
作り直していた『ファイアウォール』をすべて粉砕する。大部分の威力は殺されていたもののセーラの全身に大きなな衝撃が襲う。
傷で立ち上がることができない。
「……はあ、はあ、あった。これで……全部の領域を見つけた。早く其処を破壊しなさい」
差し向けていた意識体達がようやく精霊の領域を見つけた。
セーラが命令をするまでもなく、破壊するべく行動を始める。
※
人類には到達できない精霊の領域――それは宇宙にあった。
「これが土の精霊の領域で通称土星ね」
遥か遠くにある恒星達がほのかに照らす宇宙空間を飛行していた。
ルーカスに加護を与えるために繋がっているパスを辿った意識体は、セーラと同じ姿をしていた。
これは魔法で生み出された分身であり、5つある精霊の住む星――セーラたちの住む水の星と認識可能な光の星に加え、普段は認識できない3つの星――を破壊すべく差し向けられた刺客だった。
今、王子たちと戦っている本体の力の大部分を分身たちで分け合う形になっており、一体で星を壊すことは可能だった。
「これで終わりよ。『ワールドラッシャー』」
水と闇の属性を複合した黒い魔法弾を放ち、瞬く間にに星の中心部に達す。
そして、魔法弾は破裂する。長きに渡り人を守ってきた土精霊の住む土の星は破壊され、星を構成していた岩石が宇宙空間に拡散される。
同時に金の星と木の星も、別の分身達の手により、命運を共にした。
※
加護の大本である星を消滅させたセーラ。だが、
「すでに供給された分は……なくならないか」
「これで終わりだ」
リックの魔法が完成した。
精霊を星ごと消して存在を食らいパワーアップした力は、分身達の方に蓄積していた。そして分身達を転移で呼び寄せて、セーラの魂が宿っている本体に還元するには、時間がわずかに足りなかった。
「『スーパーノヴァ』」
魔法陣より炎が出てくる。
それはあらゆるものを燃やし尽くす超高温の炎であり――温度は1兆度を超えていた。
地上で現出すれば、すべての生命が死滅するはずだが、それは見えない神の力で制御されていた。
石も鉱物も刹那で溶かすそれを見て、セーラは最初の死を思い出し、
「はは。火はとっくに克服しているのよ」
笑った。
光速で物体が動くとどうなるかとか、1兆度の炎が出現すればどうなるかとか、よくわからなかったので、神様に頑張ってもらいました。




