壊れゆく心
乙女ゲームが舞台のはずなのに、10話以上出番がなかったヒロインや攻略対象達がようやく登場します。
――5年後、あれから修行をし続けたセーラは現在、とあるダンジョンのセーフティールームの中にいた。
おいてあるベッドの上に座り、宗教者が瞑想で精神統一を図る姿にとてもよく似ていた。もっとも、セーラの慎ましな胸の中にある思いは、世界への博愛ではなく神への憎悪だが。
初めてダンジョンを攻略してそれなりの時間が経過して何十倍も強くなったものの未だ神を倒せる見通しは立たず、力の全容を把握することすらできなかった。
それはまだ隔絶した力の差があるという証拠だった。地を這う虫けらが星の大きさを理解できないように、神に比べてちっぽけな自分ではまだ知ることもできないのだろう。
「茶番劇が始まったわね」
忌々しげにつぶやく。動ける時間はすべて鍛錬に費やしているセーラが、一見何もしないようにいるのは訳があった。
まぶたを閉じているセーラには王都にある学園の光景が目の前に映っていた。
それは、本体の肉体が見ている光景であった。
※
「セーラ・マルウス! 貴様が悪魔と契約して国に害を及ぼそうとした証拠は明らかになった!」
「くっ……」
王家主催のパーティーにおいて、セーラは、この国の第一王子兼婚約者のマルクから罪を暴かれていた。
本来、この場はセーラとマルクの婚約が正式に成立する場であったが、王子とその仲間たちによって阻まれた。
悪魔と契約したのは去年からだ。婚約破棄をされそうになったセーラは苦肉の策として、悪魔を使役して王家と貴族を洗脳した。
本来なら神々の加護は世界全体にいきわたっており、悪魔は地上に現れることはできなかった。
だがセーラは公爵家にあった太古のマジックアイテムの力を使い、悪魔を現世に留めることに成功した。
その結果、契約の対価として1000人を超える町民の命が犠牲になった。王都を騒がした怪奇現象や事件の多くの原因が悪魔の手によるものだった。
悪魔の力を借りたセーラは欲望のままにあらゆるものを手に入れた。
遂には王妃の座まであと一歩の所で悪魔契約のことを暴露された。
その立役者が、光の神の加護を持ち、治療魔法で多くの人間を治して市井からは聖女と呼ばれているファリーン伯爵家の令嬢、キャロルだ。
強力な加護は悪魔の洗脳をはねのけることができ、また洗脳にかかった人の状態を解除した。
そしてこのパーティーの場で仲間達と協力して悪魔の正体を暴き討滅、セーラを追い詰めた。
「残念だったよ。僕は君のことは友人だと思っていたんだけどね」
ローブをまといメガネをした細身の少年が言う。
共に同じ学園で学んだことを思い出し胸を痛める。
「だがその思い出もすべて操られたものだった。もはや同情はやめた方がいい」
甲冑と大剣という騎士の姿をした筋肉質の少年が怒りの形相で言う。
「リック様……ルーカス様……」
聖女と呼ばれた少女はその二人の心内を察し、胸を痛める。
同級生と衛兵たちに包囲され逃げ場を失ったセーラは、有らん限りの声で叫ぶ。
「こんなところで死んでたまるか! 悪魔よこいつらを皆殺しにしなさい!」
彼女の陰から巨大な体躯で2本の角を持つ禍々しい怪物が現れる。
「皆、注意しろ。」
マルクが決心し、
「セーラを捕縛せよ。油断はするな!」
命令を下した。
※
「ぐぅ……があっ!!」
肩を抑えダンジョンルームにて蹲るセーラ。
いま彼女は、本体の肉体が受けてた痛みを自分も同様に受けていた。
魂を複製した体に入れているものの本体には繋がりがあり、その欠点を克服することはできなかった。
悪魔の力が働いており頑丈になった身に対し、数十人の人間が魔法や剣で攻撃される。
「この……神め」
忌々しげに吐き捨てる。そして何もできない自分に腹が立った。
婚約破棄の場に乗り込んで本体を救出することはできるかもしれない。
だがそれをすれば神に露呈し、これまでの努力が無に帰すだろう。
セーラにできるのは、痛みを耐えることだけだった。
『これで終わらせてやる』
『きゃああああああああああああああ!!』
「ぐぅ……ああ……うぅ」
王子の聖剣が胸に突き刺さる。
そしてこれまでよりも強力な痛みを感じた。
「許……さないんだから……」
まただ。また神の描いたシナリオで苦しめられる。
なぜたかが婚約破棄されたくらいで悪魔を呼び出すなんてことをする?
確かに王妃となるために受けた教育の数々が無駄になるというのは釈然としないものがあるが、人々の命を奪うまでのことか?
この世界を描いたシナリオライターは馬鹿か? 神はこんなストーリーのゲームを現実に想像してどうして楽しめるんだ?
「絶対に、これを貴様にも味わわせてやる」
再び死の苦痛を受けたセーラ。
彼女の狂気はより深くなり、その心はさらに歪んでいく。
※
それからもセーラは強くなり続けた。モンスターを殺し、その存材を食らう日々。
幾度となく魂が砕かれるほどの痛みが襲った。強敵に挑み四肢がもがれるような戦いもあれば、別のルートで殺されることもあった。何度も生を諦めようとしたが、神への憎悪を糧に突き進んだ。
そして――世界最後のシナリオであるトゥルールートになった。
次話からは一気に物語の時間が進みます。3週目や4週目とかはひたすら修行するだけで、ただのダンジョン探索の話になってしまいますので飛ばします。次回からは当初描いた作者の予想を斜め上に飛びまくったハイパーインフレのあらしが吹き荒れますのでお楽しみに。




