最速の魔法
闇魔法に催眠魔法というものがある。
相手を操り手駒にするという戦い以外にも非常に有能な魔法だが、1つだけ欠点があり、それは自分よりも弱い存在にしか効果がないというものだった。
ダンジョンに入ったばかりのセーラのレベルは5だったが、階層内の敵を狩りつくしたことでレベルがたった数時間で28にまで上昇した。
驚くべき上昇速度だが、まだダンジョンのモンスターで一番低いレベルでも40を超えている。相手を洗脳するには、まだ力が足りない。
ダンジョンの攻略を計画した時、催眠魔法の使い道がないと思っていたが、世界に流れるシステムを読み取り入手したモンスター図鑑に乗っていたヴァイオレンスウルフの図鑑を見たときに考えが変わった。
ヴァイオレンスウルフの欄には、『狼のモンスター。ヴァイオレンスウルフが長い年月をかけて進化した姿。非常に凶悪だが群れのボスには忠実』と記述されており、この特性が使えるのではないかと思った。
セーラの計画はこうだ。
最初にボスが攻撃してくる技は距離の関係上、初手は毛の針を飛ばしてくるのは確定しているので、それを水と闇の複合魔法によって催眠の力が込められていたスライムを発動し絡めとることで体毛を入手、その後、敵が眷属のモンスターを召喚を召喚した時、体毛入りスライムをそれぞれの口の中にそそぐ。
そして催眠の命令を体毛を通して行うことで、自分たちのボスからの命令であることを錯覚させた。
また、深くて要素が高そうに見えるが、初手と次の行動は設定上確定していたり、召喚するモンスターは8体で、針の数は10から15のランダムと世界の基になったゲームの設定にあるので体毛の数が足りなかったりすることもないと分かっていた。
「『ロード No.1』」
そして、セーラは数少ない魔力を使った最後の魔法を発動する。
「怨嗟の大鎌――これならダメージを与えられる」
刃はもちろん柄まで黒く染まった、装飾品のない武骨で片手で持てないような大きな鎌が魔法陣より出現する。
手に取ったセーラは、僕たちに拘束されたジェネラルウルフに駆け寄り躊躇いなく振り下ろす。
ギャオンという悲鳴が上がる。
ボスは高速を振りほどこうとするも無駄なあがきとなる。
「知ってるわよ。体毛攻撃は味方が近くにいるときは使えないのでしょう。この狼たちは私の僕であると同時にあなたの命令にも忠実な僕なのだから、私に対しても放つことはできないのよね」
ヴァイオレンスウルフはセーラの意思通りになるが、それでもジェネラルウルフの命令には忠実なままなため、味方という判定をしていた。
再び大鎌を振り上げたセーラは、刃先に僅かに付着した血を見て、少ないながらもダメージを与えられたことを確認すると、すぐさま振り下ろす。
何度も何度も繰り返す。
グチュという肉が裂け出血する音とボスの悲鳴だけが部屋に鼓動する。
それが10分続いた。
ジェネラルは全身に裂傷ができ灰色の体毛を血で赤く染めていた。また武器を近距離で放ち続けていたセーラも同様に真っ赤だった。
残りの体力が2割もないだろうと考えながら、鎌を繰り出す。
「来たわね」
幾度目かの一撃を食らったジェネラルウルフは体から赤いオーラを発する。
危機を感じ後ずさったセーラ、そしてわずかに遅れて、ボスは8体のモンスターの拘束を力任せに振りほどく。
「バーサークモード。HPが15%以下になると発動し、攻撃力と速さが2倍になるというメリットと理性消失のデメリットがあるスキル」
図鑑に載っていた情報を口に出しながら、攻撃し続けていた10分間で僅かに回復した魔力を用いて無詠唱での準備を始める。
倍加した速度でセーラに突き進もうとするのに対し、催眠化にある8体を配置することで妨害する。
だが、バーサーク化したことにより敵味方の判断をしなくなったジェネラルウルフは自らの僕達にも容赦なく、攻撃を加える。
爪で切り裂き、かみ砕き、尻尾で打ち付けられて、1体ずつ確実に命が奪われていく。
「酷いことするわね。でもこちらにとっても、これは好都合。おかげで『怨嗟の大鎌』の威力が強くなるわ」
両手で持つ鎌が強烈な光を発する。それはヴァイオレンスウルフが死ぬごとに輝きを増していた。
『怨嗟の大鎌』は仲間が倒れていく度に力を増していく武器。催眠化にある狼たちも味方に含まれており、強化のために利用することができた。
準備をしていた魔法が完成したのと同時に、最後の僕が倒された。
「さあ、これで最後にしましょう」
身をかがめ跳躍態勢に入るジェネラルウルフと、大鎌を右上段に構えるセーラ。
両者がにらみ合い、わずかな静寂が訪れる。
先に動いたのはジェネラルウルフだった。
スキルにより2倍にまで高められた速度し前足の腕を繰り出す。
達人たちの技術を受け継いだセーラでも対応できないスピードに対し、
「『スキップモード――4times!』」
セーラも早さで勝負する。使ったのは自らの動作や思考を倍加させる魔法。狭い通路では壁に激突する恐れがあり使えなかった。
奥の手である加速魔法により4倍のスピードになったセーラは駆け出し、大鎌を全力で振るう。
両者が交差する。
相手の急激な速度の変化に対応できなかったジェネラルウルフの攻撃は空を切り、セーラの一撃はジェネラルウルフの胴体を両断した。
「はあ、はあ……な、なんとか勝ちましたわ」
ふらつきながらも立ち上がるセーラ。
結果を見れば、一度も攻撃を食らわなかったが、それでも余裕など全くなかったぎりぎりの戦いだった。
ボスモンスターが倒されたことで、次の階層へ下りる階段につながる通路の扉が開く。
セーラは途中にあるセーフティールームを目指し、足を進めた。
恋愛ゲーム要素が足りないとふと思いました。
この話だと『スキップモード』の魔法しかないような……。
ジャンルを恋愛にしないでよかったです。




