初のボス戦
セーラの眼前には、金色の扉があった。これはボスがいることを示す目印になっている。
「ねえ、分かるかしら?」
ボスの間に入るのに邪魔する者共に問いかける。
「私はここに来るまで、ダンジョンの端々まで歩いたの。マップを熟知しているのなら、通る必要が全くない行き止まりまで通ったのはどうしてだと思う?」
扉を守護するように立ちはだかるのは、筋肉隆々のゴブリンが4体、迷路の天井にぶら下がる血を吸う凶悪なコウモリモンスターが9体が待ち構える。
地と空からの多重攻撃は、レベルが急上昇したセーラでも苦戦する相手のはずだったが、
「なぜなら強くなるためにたくさんの敵を倒したかったからよ。そうボス以外のモンスターはこれで最後! つまり、この魔法を取っておく理由はもうないのよ『ロード2!』」
使わずにいた魔法を使う。
あらかじめ発動直前の状態で『セーブ』されていた魔法を『ロード』を用いて発動。長い詠唱時間を無視して一瞬にて放たれる。
掌大の水が手から放たれ、敵たちの傍まで接近しだす。
「『シールド』」
攻撃をする前に、セーラの眼前に全身を守ることができる魔法の盾を作り、
「弾けなさい!」
圧縮されていた魔力が破裂し周囲に放たれる。
そして、目に映るモンスター全てを飲み込み、全滅させた。
※
肉体的ダメージこそなかったものの辿り着くまでかなりの魔力を消費していたこともあり、セーラは休息をとることにした。
ダンジョンのモンスターは再出現するが、一定の時間経過が条件であり、敵が出るにはまだ時間があった。
といっても長く休憩するにしては短い時間で、潤沢でない魔力の運用を考える必要がある。
『セーブ』で魔法を保存するのは、追加の1つだけに留めていた。
今のセーラに使えるセーブ枠は合計3つで、ここまでの探索で2つ使用していた。残った1つは防御用で、追加したものを合わせて2個ある。
また他のシステム魔法に関しても、通常よりも魔力消費が大きいので多用は控える必要がある。
初期レベルのまま、中級ダンジョンに挑むのが無理のしわ寄せが、ここに来た。ボスを倒すには、敵の存在を食らいレベルという位階を上げることが必須だったが、それでも魔力の消耗が大きい。
いったん退却するか? という考えが浮かぶがすぐさま否定する。
外は神の領域で見られる可能性があるのだ。この階層のボスを倒せば、モンスターが入ってこないセーフティールームが解放される。
またこのままボスの部屋に入らず、再ポップするモンスターたちを倒しレベル上げをするにしても、長時間同じ場所にいるとペナルティーモンスターが現れる。
それは出現する地点のボスが持っているレベルの10倍という理不尽なステータスになるので、レベル上げもできない。
「ふぅ……」
大きくため息をつく。
初めての戦闘、それもレベル差からくる格上ばかりの相手をしていたことが、セーラの精神にも疲れを及ぼしていた。
だが復讐の期限は有限ではない。
もっと休んでいたい気持ちを抑え、ボスの部屋の扉を開いた。
セーラは、暴れても問題のない広さを確認しながら、中央にいるモンスターと相対する。
灰色の毛を持つ一般的な男性8人分の体重はあるだろう巨大な狼だった。
それは最初に遭遇した魔物の上位種であり、この階層のボスだった。
没になったということもあり、ボスが存在していないのではないかという不安もあったが杞憂だった。
「ジェネラルウルフ、情報通りの敵ね。私の力の礎になりなさい」
無詠唱で水圧の刃を放つが、余裕をもって避けられる。
また突進かと身構えたが、その予想は外れ、狼は自らの体毛を複数、射出する。
高速で飛来する針のようにとがった毛は、当たれば人体を貫通するのには十分な威力を秘めていた。
「スライムウォール」
粘着性のある水を縦の形状で作り出し、体毛を絡めとる。
そして、すかさずセーラはムチの形に構成を変えて、反撃に転じる。
それに対して、ジェネラルウルフは、魔法を発動、両者の中間地点に魔法陣が現れ出す。
それは最初にセーラが戦ったヴァイオレンスウルフ、その数8体。
「読めてたわ!」
事前にボスの行動パターンについて把握していたセーラは、ドロドロした水の鞭が分裂し、召喚途中で身動きの取れない魔物たちの構内に入り込む。
苦しみだす8体の狼。召喚が終了し全身が魔法陣から現れるも、すぐさま倒れこむ。
死んではいないが、意識はなかった。
(殺せば、また召喚される。気絶状態ならこの部屋に8体という設定上の上限だからこれ以上はない)
セーラはレイピアを振りかぶり、思い切り投げつけた。
あくまでこれは揺動に過ぎず、攻撃が当たるのを確認する前に駆け出した。
「アイスアックス」
氷の両手斧を形成し、助走の勢いのまま切りかかる。
狼は腕を振り上げ爪で迎え撃つ。キィンとぶつかり合う音がする。
拮抗は一瞬だった。
弾かれ吹き飛ばされるセーラ。氷の鎌はところどころにひびができていた。
それをすぐさま追いかけるジェネラルウルフ。
地に足をつけ体勢を立て直した彼女は、
「『ロード3』」
声と共にボスに匹敵する大きさの氷でできた亀が出現し、巨体で受け止める。
「く、あとロード一回分だけしか残ってないわね」
『ロード』で再生された魔法は、過去に事前に魔力を込めているので、現在のセーラの魔力を消費することはない。
だが、『ロード』という魔法自体を発動するのには、魔力が必要だった。
ジェネラルウルフが鬱陶し気に氷の亀を徐々に砕いていく。完全に壊れるのに20秒もかからない。
ここで、ザザっと複数の音が別の所からする。
セーラが視線を向けると、倒れていた8体のヴァイオレンスウルフが全員、立ち上がる。
そして氷の亀が完全に砕かれる。
「ウオオオオオオオン!!!!」
命令のための雄たけびをあげる。
それに反応した8体のモンスターが一斉に突撃する。
システム魔法1回分の魔力しか残らず、絶望的な状況のはずのセーラだったが、
「ふふ……」
思わず笑ってしまった。
それに訝し気に見るジェネラルウルフだったが、
「ギャッッ!!」
悲鳴を上げる。
「ふふ……こうも計画通りだとこみ上げる笑いを抑えることができないわね」
そこには、8体の狼が自らの主に噛みついている姿があった。




