チャンネル。
トヨシマ ユタコ 十四歳
トヨシマグループ総裁の長女
家族構成:父、母、自分、妹の四人家族。
性格:傲慢、自己中、我儘。
見た目、黒髪眼鏡のドスコイ体型。
都内にある『帝統王西学園』中等部在籍、成績は下の下。
現在、学園で『帝王』の位置にある男子生徒の親衛隊長を務めている。
「……はあ」
まず集めたこの情報に、嫌気の混じるため息しか出ない。
何だこれ。
そう思うのも仕方ない。何を隠そう……いや隠す気は無いがこのトヨシマ ユタコこそ、自分の事なのだから。
「……はあ」
広い部屋の中、もう一度息を吐き出した。
◇◇◇◇
キッカケも何も、何かのスイッチが切り替わる感じとしか言えない。
テレビに例えたらいいのか?今まで同じチャンネルを映してたのに、違うチャンネルに変えた感じ。テレビ本体はそのまま、違うのは映すチャンネルだけ。
つまり、トヨシマ ユタコ本体の中身が、ユタコからウチに変わった。
今まで仕事してたのに、いきなりどこかの学校の教室にいて、授業を受けてた。
「ゥえ!?」
「トヨシマさん、どうかしましたか?」
思わず変な声を上げ、勢いで上がった体勢は中腰になってしまったが、教師に声と目線を向けられ、トヨシマと呼ばれたのは頭の隅で自分の事かと思い、何となく濁して席に着いた。授業中に声を上げ、立ち上がった自分を笑う人間はいたが、その時はどうでも良かった。
これは一体何なのか、混乱していた頭に思い浮かぶのは、過去に戻ったのかという事。しかし、自分はこんな学校に通ってなかったし、トヨシマという名前でもない。
これは一体……?と、机を見たところで、広げられたそれにまた変な声を上げそうになった。
今は授業中の筈なのに、開いているのはノートでも教科書でもない。
スクラップブックがバン!と開かれ、そこに貼られているのは同じ美少年の写真やら雑誌の切り抜きやら。
一瞬、まさかこういう授業!?と、目だけ動かし周囲を見てみるが、他の生徒はちゃんと教科書やノートを開いている。黒板には数式が書かれているから、今は数学の授業なのだろう。
授業中に何してんだコイツ……と呆れ、スクラップブックをしまい教科書を出そうとするが、机の中は同じようなスクラップブックしか入っていなかった事に頭が真っ白になった。
とりあえず、何も書かれていないノートがある事にホッとして、それだけ広げてノートに数式を書いていく。学生を卒業してから十年以上経っていたが、教師の説明を聞き、忘れていた解き方を思い出す。
懐かしー。と、黒板に書かれていた数式を解いていけば、教師に当てられていたことに気付いた。
「今日は、別の勉強をしないんですね。では、この数式を解いてもらえますか?」
授業に関係無い物を見ていたコイツも悪いが、目の前の教師の何て意地の悪そうな顔。教師の言葉にクスクス笑っていた生徒たちは、答えられないと思っているのだろう。
「8y-40です」
まさか答えるとは、それも正解するとは思わなかったのだろう。教師も生徒も同じ顔をしている。
じゃあ、これは?これはどうです?と、次々と数式を書いていく教師は、最早意地になっているのだろう。段々とそれを習う学年が上がっていくことに気付いているのだろうに、大学で習うだろう数式の答えが解らないと言えば、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべていた。
「ていうか、子ども相手にムキになって馬鹿みたい」
ポツリと呟いたつもりが、静かな教室内ではよく聞こえたのだろう。
その教師はギっとコチラを睨み、頭に血が上り過ぎたのか、そのまま倒れてしまった。
教師が倒れた事で生徒達が騒ぎ、他のクラスにいた教師がやって来て、授業は中断。その日は自習になった。と言っても、数学が5時限終わり頃だったから、次の授業だけだったが。
放課後、指導室に呼び出され、ウチを待っていたのは担任と生徒指導の教師。
担任は、乙女ゲームに出てきそうな若い教師、もう一人も生徒指導と聞くまでは副担任か何かかと思うくらいに若かった。
担任の見た目は、おっとりした優しげな感じのお兄さん。生徒指導はシュッとした厳しめの日本男児系。どちらもタイプの違う美形だった。
「お前が呼ばれた理由は、もう分かるだろうが……」
「その前に、あの(倒れた)先生から何て聞いてます?」
途中で遮られ、生徒指導はムッとした表情を隠さず、担任は生徒指導をチラリと見たが、次に口を開いたのは予想していた答え。
「トヨシマさんが、授業妨害をした……と」
困ったように笑う担任に、生徒指導の目がキツくなる。目は口ほどに物を言うと言うが、「また問題起こしやがって」と言いたげな視線は分かりやすかった。
「先生に当てられて答えるのが授業妨害なら、とっくに学校崩壊しとりませんか?」
「ふざけるな!他の生徒も証言しているんだ、お前がアオシマ先生に暴言を吐いたとな!」
アオシマとは、あの倒れた数学教師だろう。若い女教師で、美人で男子生徒に人気がありそうな感じだった。
どうせこの調子だと、コチラの言い分は信じてもらうどころか聞いてもらえなさそうだ。
「じゃ、百聞は一見に如かずってやつでー」
カバンから出したのは、痛スマホ。最初に見た時は趣味じゃないそれに「うわ」と言いたくなったが、元の自分が持っていたスマホより高性能なそれは、カメラも良いものだった。
「あ、これ最新機種でしょ?イイなあ。僕、コレが出る前に機種変しちゃったから」
「ニシダ先生!今はそんな話してません!」
「あ、スミマセン。トウドウ先生」
ニシダと呼ばれた担任に軽く謝られ、生徒指導のトウドウは学校にスマホを持ってくるな!と、怒りをコチラに向けてくる。
八つ当たりじゃねえか。とは思ったが、パターンを解除してギャラリーを開く。何でスマホのロックが解除できたか?真っ黒な画面で角度を変えれば指紋の跡っての?なぞった跡ってのはよく分かる。パターンロックで助かった。
動画ファイルを開けば、先ほどの授業風景が途中から映し出される。
悪趣味だと言われそうだが、アオシマとのやり取りが面白く、スマホで録画していたのだ。別に動画サイトにアップする気も無いが、ただ何となく。スイーツやら何やらをスグに写メる感覚と一緒だ。
そこに映し出されるアオシマとのやり取りを、ニシダとトウドウは信じられないものを見る目で静かに見ていた。
「……これ、最後のは僕でも解けないんですけど」
「……」
黙ってしまった教師達。誰も何も喋らないから、扉に向かえば呼び止められる。
「トヨシマさん……あの」
「もっかい、話聞く必要あるんじゃないっスか?アオシマセンセーと、"証言者"らに。それでもウチが全部悪いッつーなら、第三者に判断してもらいましょうや」
カッコつけた様に出てきたが、廊下に立っていた美少女に気付き、首をかしげた。
「お姉ちゃん」
泣きそうになっている美少女は、不安げにコチラを見ている。
自分にとっては爆弾発言。誰と誰が姉妹だって?
またもや頭が真っ白になりかけるのを抑え状況を整理しようとしたが、妹らしき美少女に抱きつかれ、もうどうしていいか分からない自分を、どうか責めないでやってほしい。
ただ、一つ分かった事がある。
この子、スゲー良い匂い。
◇◇◇◇
妹と家に帰る道中、わかった事を整理しよう。
まず、自分は本当にトヨシマ ユタコという人物になってしまったらしい。どこかの会社やお店のガラス部分に映る自分を見て、ああ、別人になってる。と理解も納得もせざるを得なかった。
元の年齢は二十代後半だったのに、気づいたら十代の他人になってた自分の気持ちが分かってもらえるだろうか?羨ましい?じゃあ、代わってくれ。
家は超お金持ちらしいが、両親は海外やら会社やらを飛び回っていて家にはいないらしく、妹のアイカと二人暮らし。
この妹が本当に良い子で、何コレ天使?と、何度思った事か。
ホント、何でユタコとアイカって姉妹なの?腹違いか種違いの子なの?
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「ああ、いや。何でもない」
コテン。と、首を傾げるこの天使の愛らしさよ……!
「うわ、見てみアレ」
「すっげーデブス。隣の子と並ぶと、更にデブスが際立つな」
すれ違いざまに、男達が聞こえる声量で言ってくる。アイカは男達を睨むが、それは睨んでる内に入らない。怖くない。男達も逆にデレデレしている。
「なあ、今日の晩ご飯は何食べたい?」
「え?」
「今日はウチが作るわ」
「え、お、姉ちゃんが?」
ああ、妹のこの態度で分かる。コイツ、家事一切を妹に押し付けてやがったな。と。
小さな声で「卵かけご飯……」と、答える妹よ。それは料理じゃない。
この小さな妹の大きな気遣いが、ユタコに対しての怒りを覚えさせ、同時に物悲しくなった。
途中、スーパーに寄って必要な物を買う。アイカからは寄り道しちゃいけないんだよ。なんて言われるが、バレなきゃいーんだ。で通した。
帰ってきた我が家というのは、とても大きな家だ。豪邸と言ってもいい。こんな大きな家に、子ども二人で住んでんのか。1LDKに住む元の自分と、比較したら悲しくなる……。
中に入れば、これまた「お高いんでしょう?」と言いたくなる調度品の数々に気後れする。
「お姉ちゃん、何か手伝おうか?」
エプロンを手早く身に付け、手伝う気満々のアイカ。
それは家事したことの無い人間に対する心配か、姉と料理できる嬉しさか。
恐らく前者だろう。
「あー……じゃ、野菜の皮むきと道具出して」
「うん!」
~本日の献立~
白飯
豆腐とネギの味噌汁
野菜コロッケのキャベツ添え
筑前煮
ほうれん草としめじの和え物
漬物
これまたお高そうなテーブルに並べられた皿に、アイカは目をキラキラさせている。
「お姉ちゃん、美味しそう!」
「……そ、そうか」
正直、一人暮らしの自分より手際が良いアイカ。どっちが手伝いなんだか分からなかったが、これが経験の差なんだろう。前は、手抜き多かったしな。これから頑張ろう。
「でも、お姉ちゃんお肉少ないよ。私のあげるね」
「わーッ、ちょちょちょ、まて!」
「?」
肉と言ったって、筑前煮に入ってる鶏肉ぐらいだ。コロッケは挽肉無し。しかもナチュラルに自分の分の肉を姉に渡すって、コイツ、どんだけ肉食ってたんだ。
「あー、えっとな。ウチ、ダイエットしようかと……」
「そうなの?」
「ん。だで、それはアイカが食べ」
「…………ッ!お姉ちゃんが、名前で呼んでくれた……」
いきなりポロポロ泣き出したかと思いきや、アイカがまた抱きついてきた。どうやら、いつもは「おい」「アンタ」ぐらいでしか呼ばれなかったらしい。
自分の中で、ユタコに対するギルティ値が上がっていく。
一度呼べば欲が出てきたのか、時折「アイカって呼んで!」とねだられる。片付けも一緒に終わらせ、テレビを見る頃にはアイカはウチの隣でベッタリとくっついてくるようになった。
「ご飯終わったら、お姉ちゃんすぐ部屋に戻っちゃうもん。今スゴく楽しい!」
テレビを見てるだけなのに、本当に楽しそうなアイカ。まあ、この広い家で一人ってのは寂しいわな。
一度アイカの方に向き直れば、不思議そうにコチラを見てくるアイカ。
「……今までゴメン。昨日までは、悪いお姉ちゃんやった。これからは、ウチも家の事はしていくし、悪かった所は変えていこうと思う。スグに全部は変えることはできんし、自分じゃ気付かん部分もある。……悪いとこ見つけたら、教えてくれると嬉しい」
「お姉ちゃん……」
まあ、中身が丸ごと変わった部分に関しては、ある意味全部変わったと言えるだろうか?
そんな事を考えてれば、また首を傾げる妹。
「そういえば、何で関西弁で喋ってるの?」
早速自分で気付かなかった部分を指摘され、どう答えていいか詰まってしまった。
◇◇◇◇
あの後、何とか誤魔化して標準語で喋ろうと努力した。が、イントネーションの違いってのは何処かしこで出る。
それでも、ユタコはアニメや漫画に影響されやすいらしく、関西弁で喋るのもその一貫なんだろうという納得をされた。そんな納得のされ方も微妙だが、それで納得してくれた純粋な妹に感謝しておこう。
お風呂に入り、戸締りを確認して部屋に戻ろうと二階に上がれば動悸息切れ。おい、中学生!
それでも何とか上りきり、痛々しいプレートを冷めた目で見つつ、部屋を開けた。
壁や天井にビッシリ貼られた、美少年の写真。そんなものに出迎えられた自分の顔は、向かいにある窓に映り、よーく見えた。
とりあえず、視線が気になるから写真は全部剥がし、その辺にまとめておいた。
改めて部屋を見回せば、これでもかというお嬢様みたいな部屋。とことん自分とは趣味が合わない内装に、嫌気が差す。
勉強以外にしか使ってないだろう勉強机と椅子。それに腰かければ、ギシギシと嫌な音がして、明日からのダイエットの決意を強化させた。
「パソコン?」
とりあえず、今の状況を少しでも知りたい。そんな思いで机にあったパソコンを起動させ、パッと最初に映ったデスクトップは、またもや美少年のドアップに、思わず目線を下げた。
「ええ加減にせえよ……」
ネットで検索をかければ、この世界は元の世界とあまり変わらないようだ。地球にある日本。しかし、部分的に違う箇所がある。
歴代の総理大臣が、ほとんどロマンスグレーなおじ様だったり、有名メーカーの名前は一切無く、パロディにしたかのようなメーカー名ばかり。
自分の両親を検索してみれば、出てきた顔写真はアイカにそっくり……いや、アイカがこの二人に似てるのか。ますます自分だけ違うじゃねえか。なんて思わせる美形一家に、もしかしたら……と、橋の下の子疑惑が出てくる。
次に自分が通う学校を検索すれば、日本でも有名なお金持ち学校らしく、学校HPを見れば漫画でしか見ないような立派な建物やプール、体育館の写真があった。しかし、頭の良さは特に求められていないらしく、お金を払えば通える学園という部分も、とある掲示板では有名になっている。
校長を始め、教員たちの写真も出てきたがアオシマやニシダ、トウドウを含めてほとんどが美男美女で占められている。一人二人とおじいちゃん先生や、ずんぐりむっくりな教師がいたが、影が薄い感じがした。
更に学校名を含めた検索ワードを追加して潜れば、いつの間にやら学園裏サイトと呼ばれる所に来たらしい。
パスワードも何も無かったし、ドラマや小説等で見る学校裏サイトなんてのは創作で出てきたものしか知らない。ホントにあるんだ。というちょっとした感動は、『ブタコ』というタイトルをクリックした後、どこかに消え去った。
[ブタコむかつく]
[ブタ氏ね]
[ブタコ、今日もブヒブヒ言いながら歩いてた。きっしょ!]
[妹ちゃんかわいそう、今日もブタのエサ用意しなきゃなんねえなんて]
ブタコと名前をもじられてはいたが、落書きされまくったユタコの写真がアップされていたから、このブタコは間違いなくユタコだろう。
見てるだけで胸クソ悪くなるが、これも情報収集だ。と、スクロールして文字に目を滑らせる。
ある程度見たところで気になったのが、『帝王』という文字。
ユタコは、これの親衛隊長らしい。学園の名前が帝統王西学園。そこから帝王学園と呼ばれてるが、その帝王(ミスター〇〇みたいなもの)に君臨するのが、ユタコと同い年のナンジョウ シンノスケという少年。掲示板のスレッド一覧に戻り帝王の文字をクリック。
賛辞や賞賛といった言葉で埋め尽くされたそこは、ユタコとは大違いだ。これまたキラキラに加工されてアップされた写真。見た目は帝王というに相応しく、俺様タイプの自信家を連想させる。
そういえば。と気づいたのが、天井と壁に貼られた写真、デスクトップの画像は全てコイツ。
「なんと、まあ……めんどくせえ」
何度かため息を吐き出し、パソコンを閉じる。久しぶりの宿題をさっさと終わらせた。
さあ寝ようと思ったのに、特注したのだろうかナンジョウがプリントされたシーツを見て、本日最後の仕事とばかりに乱暴にシーツを剥がした。
(落ち着かねえ)
登場人物
【ユタコ/?】
中身の名前は、まだ無い。
ある日突然『自分』が、中身以外別人になってしまった。
冷静に見えるが、混乱もしている。理解はするが、納得はもっと後から。
別人で若返った!ラッキー!ではなく、元の自分のほとんどを納得して過ごしてきたから、元に戻れるなら戻りたい。でも、アイカは天使だと思ってる。
【アイカ】
ユタコの妹。小さい頃からのお姉ちゃん子。どうしたらこんな天使が育つんですか?と、誰もが不思議がるくらいの良い子。
今回の件で、お姉ちゃん子→お姉ちゃんちょっと冷たい。寂しい。→お姉ちゃんがまた優しくなった!名前で呼んでくれた!→スーパーアルティメット(中略)お姉ちゃん子にランクアップ
【教師陣】
どこの乙女ゲーだ。と言いたくなるほどの美男美女率。ただし、全ての性格が良いとは言ってない。
【ユタコの両親】
忙しいのでいません。
【ナンジョウ/帝王】
何か、カッコイイ人。