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ベジタブル・ラヴァーズ

作者: 霧咲悠

 俺の名前は「カボチャ人間」。栄養たっぷり、子供達の健康を守る正義のヒーロー!

 ハロウィンの時期になると、俺の中身をくり抜いてジャック・オ・ランタンにしようとする人々に追いかけられるが、その危機をなんとか回避し、今日まで生きながらえてきた!

 そんな俺だが、なんと最近恋に落ちてしまった。相手はかの麗しき「メロン嬢」だ。出会ったその瞬間に一目惚れした俺は、これまであらゆる手を尽くしてアプローチをしてきた。しかし、彼女には既に「イチゴ男爵」と婚姻関係にあるというではないか! 野菜でありながらも甘く人気がある二人はお似合いのカップルだ、しかし……カボチャだって甘みのある野菜である。果物のように瑞々しい甘さという訳ではないが、それでも栄養満点なカボチャなら、メロン嬢と生涯を共にするのに不足はない筈だ!

 確かにイチゴ男爵は人気が高い。酸味がありつつも甘く、ジャムをはじめとする様々な分野で活躍している秀才だった。そのポテンシャルの高さに、俺の心は早くも挫けそうである。ライバルに据えるにはあまりにも強大な敵、その甘さで数々の婦女子を虜にしてきた男。

 しかしこの俺、カボチャ人間もただの野菜では終わらない。パンプキンパイやケーキ、プリンなど、スイーツとしての可能性も充分に秘めているのだ! 俺にだってそれだけのカードがあるというのに、どうしてイチゴ男爵を恐れる必要があろうか! いや、ない!

 再び取り戻した自信、ライバルの強大さに落ち込みかけた心など一瞬の気の迷いでしかない! 俺には俺の戦い方がある。待っていてくださいねメロン嬢、そして首とへたを洗ってまっていやがれイチゴ男爵! 必ずや彼女のハートを射止めて、華々しいイチャラブ生活を――


「――ねーねー、カボチャにんげんさん。どうしてお空を見上げて叫んでるの? さっきからうるさいよ?」

「止めてくれるな少女よ、男には叫ばなければならない時も存在するのだ」

「なに言ってるのかわかんないよう。もうなんでもいいから、そこどいてよカボチャにんげんさん」

「……ああ、すまなかった。すぐにどこう」

 せっかく俺が決意を新たにして覚悟を決めていたというのに、まったくこの子供は……

 しかし少女の純真無垢な瞳で責めるように睨まれてしまっては、紳士たるこの俺も従わざるを得なかった。いかに若く小さかろうと、立派なレディだ。やはりメロン嬢に好かれようと思うのであれば、まずは俺自身が女性に対する心の持ちようというものを改めるべきだろう。目の前の少女にすら睨まれるようでは、メロン嬢を口説き落とすことなど夢のまた夢ということだ。

 俺は少女に足がぶつからないよう慎重に迂回しながら、ジャングルジムの天辺から降りた。そしてレディのスカートを覗かないよう視線を落とす紳士な俺は、拳を握り締めて児童用の遊具が立ち並ぶ小さな公園を後にした。

 たとえ子供に大人気のカボチャ人間といえど、調子に乗ってしまってはいけない。俺は憧れのメロン嬢の心を射止めるべく、計画を一から丁寧に練り始めるのだった――




「うむむ……ここをこーしてこねくり回して一回転からの逆回転……うむむ」

「さっきからいったい何を唸っているのだ、カボチャ人間殿よ」

 俺がベジタブル・ヒューマンの集うハウスへ帰り、素晴らしい計画を練っていると、後ろから声をかけられた。この、何とも言えぬ渋いヴォイスは……。

「これは、トウモロコシ教授」

 振り向くとそこには、艶やかな粒に覆われたトウモロコシ教授が立っていた。

 彼は、俺の手元を覗き込むように体を傾けている。

「いえ、少し考え事を……」

 と、そのとき俺の脳裏に名案が閃いた。メロン嬢の心を射止めるのになにも俺一人で悩む必要はないはずだ。ここは聡明なトウモロコシ教授にも協力を仰ごうではないか。

「教授、お話が」

「む、なにかね?」

「実は、協力してもらいたいことがありましてね……カクカクシカジカ」

「四角いムーブ……なるほどね、メロン嬢の心を射止めたい、と」

 流石、理解が早い。教授は自慢の粒を撫でながら少しの間考え込むと、やがて口を開いた。

「気持ちは分からなくもない……が、そんなに念を入れて練った策が必要なのかね」

「教授……いったい、どういうことです?」

 俺はその含みのある言い方に疑問を感じ、問い返す。

「いやなに、難しいことではない。ただ、君も甘いのだろう、というだけだ」

「甘い?」

「そう。確かにライバルのイチゴ男爵は強力なライバルだがね、なにも気後れすることはない。変な策を練らずともそのままの君でぶつかったほうがメロン嬢にとっても好印象を与えられるのではないだろうか……素材の味を、活かしなさい」

 ――素材の味を、活かす。

 確かに、無駄に小細工をするよりかは、直接決闘を挑むほうが男らしく好印象なのかもしれない。

「甘いということはね、お互いに大きな武器なんだよ……見たまえ」

 そう言うと教授は、くるっと後ろを振り向いた。俺も教授の言葉に従い、体を後ろに向ける。

 そこには……。

「クソガキどもがっ、クソガキどもがぁッ! 舐め腐りやがって、栄養満点なんだから食えよ……食えよ、ボケが! マジでファッ……ク、ファック……ケケケ、ケケケ、ひひ、ひぃ」

 怒り狂い物を蹴り飛ばしたかと思えば、途端に笑い出す。すると今度は涙を流し、床を叩く。そんな奇行を繰り返しているベジタブル・ヒューマンがいた。

「ゴーヤ誠二くんだ」

「ゴーヤ誠二……」

「彼はもともと真面目なベジタブル・ヒューマンだったのだが、あまりの苦さに子供達からは大不評を買い……ストレスを溜め込み、ああなってしまったのだ。今度、チャンプルーに調理されて沖縄に強制送還の予定だそうだ」

 そんなことが……俺は、少し心が痛んだ。

「他にも、トマト花子さんはトマトソースに、ゴボウ正雄くんはきんぴらごぼうに転職……キャベツ太郎くんは来週末、駄菓子に転職予定だそうだ」

 そうゆっくりと呟く教授の姿は、どこか寂しい。

「今、我々ベジタブル・ヒューマンには冬が訪れている。私は、甘かったからまだ子供たちからの人気も一定数得ることができている……幸せなことだ」

 そこまでいうと教授は再びこちらを振り向いた。

「カボチャ人間くん」

「……はい」

「君もその恵まれた味を活かし、頑張りたまえよ」




「ありがとうございます、トウモロコシ教授! 俺……俺、今までは女性受けが良いスイーツ路線で、彼女のハートを掴もうと必死でした。けど、今度は何だか上手くいきそうな気がします!」

 俺は感謝の言葉と共に頭を下げる。トウモロコシ教授はふさふさと蓄えた髭を撫でると、満足そうに笑った。

「力になれたようでよかったよ、カボチャ人間殿。さあ君の目指すべき明日はすぐそこだ、行ってきたまえ!」

「はい! ありがとうございました!」

 そう言って俺は駆け出した。下手な小細工は必要ない、ありのままの俺をメロン嬢にぶつければそれで良いんだ。彼女がそれを受け止めてくれるかは分からない、イチゴ男爵という婚約者がいる中で、俺の気持ちに応えてくれる可能性は低いかもしれない。だがそれでも、男は第一に誠実であるべきだろう! 

 目指すはメロン嬢の待つ邸宅。俺は自分の想いを再確認しながら、その道を走っていく。

「――ほっほっほ……頑張りたまえよ、カボチャ人間殿。若さとはまだ青く渋いものだ。しかし甘さを備えた彼ならば、きっと上手く……いや美味くやれるだろう」

 俺の去った後のその場所で、トウモロコシ教授はどこか遠くを見つめるように呟いた。

「私にも愛する人がいたが、彼女は爆裂種となって世に羽ばたいていってしまった……スイートコーンとポップコーンという品種の違いに気付けなかった私もまた、若かったということだろうな――」


「はあっ、はあっ……メロン嬢さん!」

 彼女の家にたどり着いた俺は、呼吸を整える時間すらもどかしく、あらん限りの声で叫んだ。しばらくして二階の窓が開き、愛しい人が顔を出した。

「あら、カボチャ人間様。どうしたのですか、そんなに息を切らして……」

「き、聞いて欲しいことがあるんだ、あなたに!」

 そして呼吸を一度整えると、俺は目を閉じた。大丈夫、ここへ来るまでに言うべきことはまとまっている。再び目を見開くと、俺はメロン嬢へ精一杯の思いの丈を伝えた。

「俺は、あなたの事が愛おしい! イチゴ男爵という婚約者がいるのは分かっている、それでも諦めることなんて俺には出来なかった! だから……」

「いけませんわカボチャ人間様! 貴方のお気持ちはとても嬉しいです、けれど私はもうイチゴ男爵様の婚約者なのですよ!?」

「イチゴ男爵なんて関係ない! 確かに俺はあなたのように瑞々しい女性とは釣り合わないかも知れない。パサパサしてるかもしれないし、煮崩れだってする! けど俺には『甘さ』がある、あなたにだってきっと認めてもらえる甘さが! それに同じ瓜科じゃないか、メロン嬢、俺と一緒に生きてくれ!」

「か、カボチャ人間様……」

 伝えたいことは全て言い切った。肩を上下させながら、俺はメロン嬢の答えを待つ。しかし返って来たのは、透き通るような彼女の声ではなく、凛とした男性の返事だった。

「やれやれ、他人の女性を奪おうとするなんて、君も隅におけないなあ」

「……イチゴ男爵!」

「思いを伝えるのは結構だが、ほどほどにした方が良い。じゃないと、近付いて怪我をするのは君だぞ?」

 そう言ってイチゴ男爵はそっとメロン嬢の肩を抱き寄せた。婚約者同士なのだから触れ合うのは当たり前だろうが、俺はそれを許せずに叫んだ。

「メロン嬢に触るな、イチゴ男爵!」

「ふふふ、彼女は私の妻になるんだ、これくらい構わないだろう、なあ?」

 メロン嬢の髪を一房手に取り、するりと撫でるイチゴ男爵。

「くそっ、やめろ、やめろおお! ううっ、やめてくれ!」

「……け、喧嘩はおよしになって、お二人とも! イチゴ男爵様、人前ですからこのようなことは……!」

「ああ悪かったよメロン嬢。カボチャ人間君も、すまなかったね、少々意地の悪いことをしてしまったようだ」

「くっ……!」

 やはり俺の想いは彼女に届かないというのだろうか。がっくりとうな垂れ、膝を突きそうになった俺の視界に、ある人物が現れた。

「あ、あなたは……」

「スイカお兄様!」

 やってきたのはメロン嬢の兄、スイカ兄だった。力なく立ち尽くす俺の前まで彼はやってくると、肩に手を乗せて二階の窓を見上げた。

「カボチャ人間君、君の告白は屋敷の中にまで聞こえていたよ。君の熱意は充分に伝わった。だから……メロン嬢、イチゴ男爵! こっちへ降りて来てくれ、カボチャ人間君とイチゴ男爵、どちらがメロン嬢の伴侶に相応しいか、今一度確かめてみようじゃないか」




「……そんな面倒なことをしなくとも、結果は見えてると思うがね。そうしなければ納得しないというのならば、いいだろう――」

 イチゴ男爵は窓からスタイリッシュに飛び降りる。そして静かに拳を構えた。

「――完膚無きまでに叩きのめしてあげよう」

 俺の全身が小さく震える。これは、イチゴ男爵の「気」か。

 俺も負けていられない。

「それはこっちの台詞だぜ、イチゴ男爵」

 スゥ、と息を吐きヤツと同じ構えを取る。

「戦闘開始だ」

 そして、その言葉を合図に戦いの火蓋は切って落とされた。

「背後ががら空きだ」

「早い!?」

 イチゴ男爵は音もなく俺の背後を取り、なめらかな甘さが伝わる蹴りを入れる。

「このっ!」

「所詮、カボチャか」

 俺の体勢が整わぬうちにさらに数発の蹴りを続けて入れた。なんて紳士的じゃない戦い方だ……。

「くそ、カボチャだって甘くて栄養たっぷりなんだ……馬鹿にするんじゃねぇ!」

 攻撃を必死で凌ぎ、ようやく立ち上がった俺はイチゴ男爵の顔面を狙い、渾身のパンチを放つ。

 だが、現実は甘くはないようだ。

「――ふん、それが君の限界かな」

 なんと、ヤツは俺のカボチャ・ストレート・パンチ――通称KSPを直接食らっても、微動だにしていなかった。

「なるほど、確かにカボチャは甘くて栄養たっぷりだ。だがな」

 男爵は砂埃を払い、ゆらり、と俺に近づく。

「イチゴはそのさらに上に君臨する、謂わば野菜の頂点」

 そして、目にも止まらぬ速さで俺の首を掴み、強く締め上げた。

「イチゴを、甘く見るな」




「ぐうッ……!?」

 甘いだけではなく、ほのかに酸味のあるイチゴ男爵の攻撃に、俺はなす術もなく崩れ落ちる。首を掴む手の力が徐々に強くなり、口から空気が抜けていくのが分かった。

「ほらほらどうした、君のメロン嬢に対する愛とはその程度のモノなのか? このままじゃ私にやられてしまうぞ?」

「うぐぐ、ぐ……が、はあっ!」

 喉元にまとわりついた手を何とか引き剥がそうと必死にもがくが、イチゴ男爵の手は本気で俺の息の根を止めようとしているのか、まるで離れそうにない。それどころか、じたばた動いている俺の方が余計に息を吐いてしまっている気がする。

「ふふふ、そんなに顔を真っ赤にして無様だなあ、完熟でもしているのかい。どてかぼちゃとは、まるで今の君のことじゃないか」

 イチゴ男爵め、俺の声が出ないのをいいことに好き放題言ってくれる。しかし俺の身体からは徐々に力が失われていった。目が霞み、頭の奥から重くなっていく。俺も、ここまでか……

 いよいよ全てを諦めて命すらも手放しかけた俺は、朦朧とした意識と視界の中こちらを心配そうに見つめるメロン嬢の姿を発見した。

「メ……ロン、嬢……」

 塞がった喉から搾り出すようにして彼女の名前を呼んだ。最期の光景にしちゃあ上出来じゃないか。愛する人を見ながら、その名を呼んで息絶える。

 ――カボチャ人間様……!

 ふと、俺の名前が呼ばれた気がした。既に音さえも遠のいて聞こえていなかった耳だが、確かにその声を捉えた。紛うことなくメロン嬢の声だ。

 不意に首を絞めていた手の力が緩んだ。俺は何も考えず、無意識に、ただ生存本能に従って反射的にその拘束から逃れた。急速に戻ってくる世界。俺の意識は明瞭になり、新鮮な空気を求めて喘ぐと同時に咽返った。やがて周りの音が聞こえてくる。

「メ、メロン嬢……どうしてこいつなんかのことを……」

「イチゴ男爵様、なんてことをなさるのですか! こんなに苦しそうで……大丈夫ですか、カボチャ人間様?」

 背を丸めてひたすら咳き込んでいた俺に近付き、メロン嬢は労わるように俺の背を撫でた。その手は涙が出そうなほどに暖かく、優しさと慈愛に満ち溢れていた。

「ゴホッけほっ……大丈夫です、ありがとうございますメロン嬢」

「いえ、そんな。それよりももうお止めになってください」

「良いんです、止めないでください。これが男の戦いってやつですから」

 そして俺は立ち上がった。そうだ、この程度で諦めてどうする。イチゴ男爵の言葉を借りれば、俺の想いはこの程度だったのか? だ。

 俺は子供に人気の、正義のヒーローカボチャ人間……簡単に挫けそうになって、何がヒーローだ。

「イチゴが何だ、甘さが何だ! 俺には俺のやり方がある、カボチャ舐めんな!」

 そう、それに俺のことを応援してくれた人がいる。

 公園で出会った小さなレディ、彼女は俺に紳士としての心構えを再確認させてくれた。トウモロコシ教授、彼はそのままの自分でぶつかることを俺に教えて、背中をそっと押してくれた。

 他にも苦味が特徴的な……いや、苦しみのあまりオカシクなってしまったゴーヤ誠二。そしてそれぞれ転職していったトマト花子、ゴボウ正雄、キャベツ太郎も。

「いくぜイチゴ男爵ッ! これがカボチャの……俺の戦い方だあああああ!!」

 腹の底から叫び声を上げ、俺は力強く構えた。小細工はいらない、シンプルにいけばいいんだ。迷うな、俺ならできる、きっと上手くいく!

 俺は拳をぐっと握り締め、イチゴ男爵を見据えた。彼はメロン嬢の意外な行動と、俺の気迫に気圧されているようだった。やれる、今の彼なら俺でも倒せる筈だ!

 大きく深呼吸し、腰を落とす。そして俺は、全身全霊を込めて――


「スイカ兄さん、さっきのイチゴ男爵、マジで俺のことを殺しに来てましたよ! 本当に良いんですか、メロン嬢をあんな野蛮で凶暴な男と結婚させるなんて!」

「はっ……はあああああああっ!?」


 ――この場で最も頼りになる人物に縋ったのだった。




「お、おい! カボチャ人間よ、貴様はなにを……」

「ふむ……確かに先ほどのイチゴ男爵君の行動は少し目に余るね」

「そんな、スイカ兄さん!」

「そうです、あまりに惨い仕打ちですわ、イチゴ男爵様……」

「メロン嬢まで!」

 イチゴ男爵はついさっきまでとはまるで変わった場の空気に、ついていけずに狼狽えているようだった。

 かくいう俺もこの作戦がここまで功を奏するとは思わず、驚いている。

「そ、そもそも、私とカボチャ人間のどちらがメロン嬢の伴侶に相応しいか決めようと言ったのはほかでもない、スイカ兄さんではないですか!」

 納得がいかない様子のイチゴ男爵。

 しかし、スイカ兄さんはあくまで冷静に返す。

「僕はなにも殴り合いで決めろとは言っていないし……話し合いでもしようと思っただけなんだけどなぁ」

「そうだそうだ! スイカ兄さんに責任を押し付けようだなんて、卑怯だぞ!」

「えぇい、貴様は黙っておれ、カボチャ人間!」

 俺の煽りに顔を真っ赤にさせて、イチゴ男爵は拳を振るう。

「ひぃっ! スイカ兄さん、アイツまた俺に暴力を……!」

「イチゴ男爵君」

「なっ、これは、その……くそ、貴様こそ卑怯者ではないか! 男のプライドは捨てたのか!」

「男のプライドもなにも、俺だって話し合いでもするのかと思ってたのに……」

「なにを言うか! やる気マンマンだったであろうが! 打ち首にされたいか!」

「……イチゴ男爵君」

「えぇい、誰か刀を持ってまいれ! この男、晒し首にしてくれる!」

「なんかキャラがブレてないか?」

「黙れ、黙らんかー! 訳の分からぬことを言いおってからに! この、覚えておくがいい、この仕打ち、いつか……」

「イチゴ男爵君!」

「ひっ」

 話を聞かずに暴走をしていたイチゴ男爵を、スイカ兄さんが一喝する。

 その迫力に、俺も思わず身を強ばらせた。

「さっきから聞いていれば、君は言い訳ばかりだね」

「あ、あの、それはむしろカボチャ人間のほうじゃ……」

「黙って聞きたまえ」

「はい」

「僕は君にはほとほと愛想が尽きた。婚約は破棄させてもらう」

「えっ……」

 その言葉にイチゴ男爵は唖然とし……数秒後、大声を上げた。

「そ、そんな……そんなのってないですよ、スイカ兄さん!」

「いや、そんなのってあるぞ、イチゴ男爵」

「カボチャ人間は黙れ! スイカ兄さん、お願いですから、考え直してください、本当にお願いですから……」

 泣いて縋り付くイチゴ男爵。ケケケ、ざまぁみろ!

「なら君にもお願いしよう。お願いだから、僕の前から消えてくれ」

「そんな、酷い!」

 ばっさりと切り捨てられたイチゴ男爵を見て、俺の心は満たされていく。

「メロン嬢も、この男との婚約は破棄ということでいいね?」

「メ、メロン嬢……」

 最後の希望を託すようなその眼。

「はい、構いませんわ、お兄様」

 しかし、あっさりと裏切られた。

「そんな、そんな……あああ! お願いです、なんでもしますから、それだけは! なんでもしますからぁああ!」

「そうか、だったらジャムにでもなるかい?」

「スイカ兄さん、こんな男をジャムにしても産業廃棄物以下ッスよ!」

「おい、貴様もしれっと会話に混ざるな!」

「うふふ、二人とも酷いわ! ジャムや産業廃棄物に失礼よ!」

 無様なイチゴを尻目に、俺たち三人は既に和気藹々とした談笑に入っていた。

「く、くそ……こんな侮辱、生まれて初めてだ……! いつか、いつか、この私をコケにしたことを後悔させてやるからなぁ!」

 結局イチゴは、大声で喚き散らして森の奥へと去っていった。


 ~HAPPY END~




 ~エピローグ~


 あれから数日が経った。

 かくして俺、カボチャ人間は晴れてメロン嬢の婚約者となるチャンスを得たのだった。……そう、チャンスだ。イチゴ男爵を退けたとはいえ、決してメロン嬢の心まで射止めた訳ではない。

 しかし最大の障害が排除された今、俺は今までにないほどやる気に満ち溢れていた。少なくとも、婚約者という圧倒的有利なライバルがいなくなった。叶わぬ恋に身を焦がし、そして理不尽な現実に枕を濡らすことも無くなったのだ。

 これからは、より積極的にメロン嬢へアプローチをしていこうと思う。婚約者の不在という報を受けて、今まで俺と同じように自分の気持ちを押し殺していた男共が、彼女に迫っていると聞く。しかしそれがなんだ、横一列に同じスタートラインに立ったというだけではないか。自分の努力が報われる戦いだ。それならば、俺があの日勇気を出してメロン嬢に気持ちを告げたのは無駄ではなかったのだと思い知る事ができる。


 イチゴ男爵はというと、ブルーベリー伯爵やラズベリー子爵といった人たちとコネクションを作り、ベリー同盟への参加を果たして、何やら画策しているようだ。今はまだ何もしてきていないが、もしかしたらその内復讐とばかりにイチゴ男爵が現れるかもしれない。用心しておこう。

 彼が次に現れる時は、きっと果物としてやってくる。ただでさえ歯が立たなかったのに、その時になって俺が彼に勝てるかは分からない。それでも愛する人の為ならば、俺は果物相手にだって戦ってやる。


 ある時スイカ兄に、イチゴ男爵と(一方的な)話し合いをして追い払った時のことを訊ねたりもした。

「あの時イチゴ男爵が野蛮な振る舞いをしていたとはいえ、どうして俺に味方をしてくださったんですか?」

「ふむ、私もなるべく公平でありたいと思っていたのだがね。……しかし彼の行為は、私としても許せないものがあった。だって下手すれば君は命を落としていたかもしれないだろう? あまりに目に余る振る舞いに、実ははらわたが煮え繰り返っていたのだよ」

「そ、そうなんですか……」

「ああ、そうさ。といっても露骨に態度に出しはしなかったけれどね。男というのは、見た目はクールに、そして心は熱く内側で真っ赤に燃えているのさ」

 そう言ってスイカ兄さんは自分の胸に拳をぶつけた。その姿に俺は、言い知れぬ頼もしさを感じる。そしてスイカ兄さんは、その拳を今度は俺の胸へと持ってきた。

「そしてカボチャ人間君、君もまた、内側に熱いハートを持っている男だと私は思っているよ」

 思っても見なかった言葉だ。メロン嬢の兄であるスイカ兄さんから励ましの言葉を受け取って、俺はより一層頑張ろうと思えたのだった。


 ――そして現在。俺はメロン嬢を散歩に誘い、二人並んで穏やかな草原を歩いていた。

「綺麗な景色ですね」

「ええ、本当に。風も優しくて気持ちいいですわ。連れて来てくださってありがとうございます、カボチャ人間様」

「いえいえ。俺の方こそ、誘いを受けてもらえて嬉しいです。あなたとこうして一緒に歩けるなんて……」

「あら、カボチャ人間様、もしかして緊張なさってるのかしら?」

「……そうかもしれないです」

 他に誰もいない場所で二人きり、手も繋がずただ歩いているだけだったが、俺はとても緊張していた。そんな俺がぎこちない声色で答えると、メロン嬢はふふっと優雅に笑うのだ。

「わ、笑わないでください」

「申し訳ありません、けれど……あの時とは全然様子が違っているもので……ふふ」

「あ、あれは……その、もう今を逃したら一生気持ちを伝えられないと思っていたので、勢いに任せてつい――」

 俺がそこまで言ったところで、メロン嬢はぽつりと呟いた。

「あれはただの勢い任せだったのですか?」

「え?」

「あの時の言葉は、勢いに任せただけの言葉だったの? カボチャ人間様にとっては、どうにでもなれと、自暴自棄になって放っただけの言葉なのかしら?」

「いや、そんなつもりは……」

「私はそんなの嫌ですわ」

 メロン嬢の言葉に、俺ははっと顔を上げた。彼女はこちらに背を向けていて、その表情までは分からない。けれど今の俺には彼女がどんな顔をしているのか分かる、そう思うのは自惚れだろうか……

「ほ、本心ですよ、決して自棄になんてなっていませんでした」

「でしたら、今ここで改めて伝えてください」

 そしてメロン嬢は振り返る。その目は俺の目を見て放さない。俺も目を逸らさない。

「勢い任せなんかではなく、そして緊張も解いたあなた自身の言葉で、もう一度聞かせてくださいな」

 その頬が急速に赤らんでいく。もしかしたら俺も似たようなものかもしれない。そして俺は口を開いた。

「分かりました。もう一度、言います」

 草原を風が撫でていき、花たちを揺らす。甘い香りの中、俺は彼女を真っ直ぐに見据え、素直な気持ちを伝える。

「……メロン嬢。俺は、あなたのことが――」


 ~END~

書いた感想それぞれひとこと


霧咲悠:最後の最後で果物を出してしまった……不覚

阿部 ベア:書いてたらお腹空きました

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― 新着の感想 ―
[一言] 伊坂幸太郎さんの『ガソリン生活』みたいに非常にユニークで楽しく読み進められました。イチゴ男爵とメロン嬢がどうやって出会ったのかも知りたくなった。
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