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ちいさなおうさま  作者: 福島信夫(ふくしましのぶ)
8/21

ちいさなおうさま07 ライダー

見栄は見え見えです。

 青い空を目指して緩いカーブは途中から急な上り坂になっています。

 峠道を登り始めた時はまだ蝉の声が聞こえていましたが、今は全く聞こえてきません。

 ジャケットに図々しく入り込む風は、水のような冷たさで染み込んで来ます。

 白い砂浜のような山肌、外国のような茶色の岩肌、吹き出す蒸気は時折勢いを増します。

 蛇がのたうちまわったような峠道を、小さなバイクがおもちゃのマシンガンのような排気音を立てながら登っています。

 黄色いナンバーが付いた小さなバイクに小柄な女の子が乗っています。

 丸いライトに、角が取れた長四角のガソリンタンク、茶色の二人座れる平らなシート、黒で統一したカラスのようなバイクです。

 銀色に光る中抜きをしたマフラーはお気に入りの部品です。


「お前さんはさすがに登りはキツそだね」

 ライダーはバイクのタンクをポンポンと叩いてやると、エンジンを止めました。

 冬は来れない山の上の休憩所。

 有名な峠道で、バイクの広告や雑誌等の背景に使われているのを見かける事があります。

 平日だと言うのに、県外ナンバーの車がズラリと並びます。

 バイクのスペースにも、他県から来たバイク達がお休みしています。

 ゆったり走れるアメリカンタイプ、長旅にもってこいなツアラータイプ、スピード重視のスポーツタイプ、山道や悪路が大得意なオフロードタイプ等、たくさんのバイクが並んでいます。

 小型のバイクはライダーのバイクだけでした。

 みんな大きなバイクばかりです。

 ライダーは邪魔にならないように、隅っこで自分のバイクを休ませました。

 リアキャリアに載ったボックスにヘルメットとグローブを仕舞います。

 ボックスはホームセンターで買った箱の蓋に穴を空けて、南京錠を付けられるようにしておきました。

 自分の県のお土産をみても仕方がないので、休憩所のレストランでコーヒーを飲んで、本を読むのがいつもの過ごし方です。

 しかし今日はたくさんのお客さんがいるので、コーヒーだけ飲んで帰る事にしました。


 数台のバイクがエンジンを温めています。

 色んな音が混じって、大きな音になっています。

 お腹に響く程の音です。

 ライダーは自分のバイクのそばに来て準備を始めました。

 ヘルメットを被り、グローブを嵌めました。

 キックスターターを蹴り下ろすと、相棒は小さく吠え、アイドリングを始めました。

 エンジンが冷めきっていなかったので暖気の必要は無さそうです。

 バイクに跨って出発しようとすると、横から連続して聞こえてきた音でビックリしました。

 まるで雷です。

 さっきの数台のバイクが、一斉に走り出したのです。

 等間隔で数台のバイクが一列に並んで走って行くのが見えます。

 ライダーが登ってきた道をツーリングチームは走って行きました。

 ライダーは同じ道を帰るのが嫌いです。

 このまま進めば家に近い出口から出られます。

 ライダーは一捻りスロットルを煽るとバイクを走らせました。


 ライダーはのんびり走る事にしています。

 火山ガスや排気ガス、草や花、木や土の匂いを自分がそよ風になって運んでいるようだからです。

 良い匂いばかりでは無いけれど、小さなバイクで手の届く自然を体中に感じる事が、ライダーの楽しみになっていました。

 町の中では感じる事の出来ない風が、ヘルメットに収まらないライダーの長い髪を撫でて行きます。

「良い匂いだなぁ」

 深呼吸をしたり、景色を楽しみながら走っていました。

 バイクも小さな鼓動を続けています。

 天気が良く、遠く下の方を見るとライダーの町が見えます。

 望遠鏡があれば自分の家まで見えそうです。

 右カーブ、左カーブ。

 次は右カーブ。

 車線の左側に沿って、のんびりと坂道を下って行きます。

 何台か車やバイクに抜かされました。

 曲がるとすぐに次のカーブが迫って来る急な下り坂です。

 危ないので、途中で止まって道を譲ってあげたりもしました。


 また一台の車を先に行かせて、ゆっくりと走り始めました。

 右カーブ、左カーブ。

 次は右カーブ。

 のんびりと下って行きます。

 下りの峠道も中盤に差し掛かった頃。

 左カーブを曲がっていると、金属を擦る音が後ろから聞こえてきます。

 目だけを動かして右側のミラーを見ると、大型のスポーツバイクが後ろに急接近していました。

 ライダーは少しだけスピードを上げてカーブを抜け切る事にしました。

 この左カーブを越えれば、ちょっとだけ真っ直ぐの道があります。

 そこで抜かさせようと考えました。

 ライダーはスロットルをゆっくり開けました。

 後ろから押されるようなトルクを感じながら加速をしていきます。

 後ろの大型スポーツバイクもスロットルを開けて付いてきます。

 真っ直ぐな道になると、左側に寄ってスピードを落とし、抜かれるのを待ちました。

 スロットルを何度も煽って空ぶかしする音が真後ろから聞こえます。

 抜かすのかな、と思っていましたが、大型スポーツバイクはなかなか抜かそうとしません。

 ミラーを左右交互に見て後ろの様子を確認しました。

 すると後ろの大型スポーツバイクは抜かすどころか、後ろで蛇行運転をしています。

「ふ〜ん。マジかぁ。おもしろいじゃない」

 ライダーは左側のウインカーを出し、右手のブレーキレバーで前ブレーキ、右足のブレーキペダルで後ろブレーキを一気にかけました。

 タイヤが鳴る寸前の力具合で道路脇に急停車しました。

 タイヤが鳴る音が横で聞こえます。

 大型スポーツバイクはすぐ後ろにいたのでブレーキが間に合わず、とっさに避けましたがライダーの真横から少し行き過ぎた所まで行ってしまってから停車しました。

 とてもピカピカに磨かれたバイクです。

 流線形のデザインに、昆虫の顔のようなヘッドライト。

 大きなディスクブレーキが二枚ずつ前後に付いています。

 マフラーは二本、上に向かって口が開いています。

 大型スポーツバイクのヘルメットがライダーの方を向きました。

 中の表情は分かりません。

 降りて来て何か言ってくるのではないかと、ライダーは用心しました。

 ライダーのヘルメットはシールドが透明なので、大型スポーツバイクのヘルメットを睨み返しているのは分かるはずです。

 大型スポーツバイクのヘルメットは、急に正面を向くとスロットルを思い切り開けながら走り去りました。

「大した事なさそうだなぁ。でも、ちょっと遊んであげよう」

 先に見える右カーブから大型スポーツバイクの姿が消えるのを待つと、前傾姿勢になってバイクを走らせ始めました。

 スロットル全開です。

「頼むよ。相棒」

 一つ目のカーブを曲がると既にスピードメーターは振り切っています。

 メーターの針は九十の目盛を越え、何も書いていない所を示しています。

 この先は急な下り坂に急カーブの連続です。

「ちっちゃいけど、あたしの相棒をなめちゃいけないんだなぁ」

 左カーブが迫ります。

 ギリギリのところで、前後ブレーキを強くかけます。

 車体が前のめりになりました。

 左足の踵のシフトペダルを踏んでギアを下げると同時にブレーキをかけながらスロットルも開けます。

 左端の線に張り付いたようにライダーはカーブをクリアしていきます。

 カーブを曲がり終えない内に左足つま先のシフトペダルを踏み、ギアを上げます。

 一気にスピードメーターが振り切ります。

「さすが大型。すぐには追いつかないか」

 また右カーブです。

 体をカーブの内側に向けます。

「捉えた!」

 次の左カーブを曲がっている大型スポーツバイクの後ろ半分が見えました。

 距離を縮めます。

 ギリギリまでブレーキを我慢して左カーブを曲がり切ると、大型スポーツバイクの後ろに付く事が出来ました。

 タイヤ一つ分だけ離れて、ピッタリ張り付きます。

 先程やられたのと同じように、後ろで蛇行運転をします。

 相手は気づいたようです。

 大型スポーツバイクのヘルメットがミラーをチラチラ見ています。

「さてさて、大型バイクの力。見せてもらおっかなぁ。乗りこなせるから大型乗ってるんだもんねぇ」

 ライダーはヘルメットの中で笑っています。

 すぐに右カーブが迫ってきました。

 大型スポーツバイクは、スピードを上げます。

 カーブに差し掛かる前にはバイク二台分程、離されてしまいました。

 大型スポーツバイクは、カーブの外側から内側に向かってバイクを倒して行きます。

 足を載せるステップから金属を擦る音が聞こえて来ます。

 カーブの中心からはスロットルを開け、カーブの終わりには、最高速度到達です。


 大型スポーツバイクのヘルメットは、左側のミラーを見ていました。

 後ろに張り付いていた小さなバイクは居なくなっています。

 安心してスロットルを緩め、上体を起こしました。

 一瞬、光が視界に入りました。

 右側のミラーを確認します。

 しかし、何もいません。

 左側のミラーを確認します。

 やっぱり何もいません。

 体を少しずらしながらミラーを見ると……。

 いました。

 真後ろです。

 小さなバイクが、張り付いています。

 大型スポーツバイクは再びスピードをあげました。

「こんなもんかぁ」

 ライダーは器用に眉毛を動かしてため息をつきました。

 冷静に前方を注視し、操作にも無駄がありません。

 カーブのギリギリまで待って一気にブレーキをかけ、カーブに入り始めると全ての手足を使ってコントロールを始めます。

 右手はブレーキをかけながら、スロットルの操作もしています。

 大型スポーツバイクは、少し動きがおかしくなり始めました。

 カーブの度に反対車線に少しはみ出す回数が増えて来ました。

「あきらめりゃいいのにぃ」

 小さなバイクは反対車線まではみ出した大型スポーツバイクの内側に入ります。

 二台並んで走っているように見えます。

 大型スポーツバイクがカーブを曲がり切る頃にはその後ろに戻ります。

「いつだって抜かせるんだよ〜」

 ライダーの光る唇の両端は上向きです。

 最後のカーブが終わると真っ直ぐな道路になりました。

 大型スポーツバイクはここぞとばかりにスピードを上げました。

 しかし前方に自動車が二台連なって走っています。

 追い越し禁止車線です。

 真後ろには小さなバイクが張り付いています。

「あ〜あ、大型が原付二種に張り付かれるなんて、は〜ずかしぃ〜」

 小さなバイクはピッタリ張り付きます。

 大型スポーツバイクは急に右にウインカーを上げると、反対車線に飛び出して行きました。

 大きなブレーキ音とクラクションが前方から聞こえて来ました。

 この先は少し左カーブになっています。

 対向車が来ていたのです。

 大型スポーツバイクは前の二台を抜かしたけれど、対向車にぶつかりそうな程ギリギリでこちらの車線に戻って列の先頭になりました。

「ちぃっ、ぶつかりゃ良かったのに」

 ライダーは笑いながらその様子を見ていました。

 大型スポーツバイクは更にスピードを上げ、見えなくなりました。

 ライダーは前を走る車の後ろに付いてのんびり帰る事にしました。

 

「げっ!」

 気がつくとミラーに白黒の車が映っています。

 慌ててスピードメーターを確認します。

「あぶねあぶね」

 ぼーっと運転していたので、法定速度以下で走っていました。

 ライダーが後ろの車に気がついたと同時に、車の上に載ったスピーカーから声が聞こえて来ました。

「お〜い。そこの、おチビのライダー、と〜まれ〜」

 ライダーは、顔が熱くなりました。

「あ、あいつかぁ〜!」

 仕方なくバイクを左に寄せて止まりました。

 その後ろに白黒の車も止まります。

 ライダーは車から人が降りてくる前に車のドアに近づいて窓を叩きました。

 ゆっくり窓が開きます。

 頭が天井に付きそうな背の高い婦警さんです。

 肩まで伸びた黒く輝く髪、ウエストは引き締まり、足が長く、座っている姿だけでも絵になりそうです。

「ちょっとぉ。恥ずかしいでしょうが!」

 婦警さんは、手を叩き笑っています。

「いやぁ、あんたなかなか気づかないからさ〜面白かったよ〜」

「いつから後ろにいたの?」

 ライダーはプリプリしています。

「あの大型と競争を始めたとこから、ちゃ〜んと見てたよ〜」

「ま、まぢで?」

「そう、まぢで。山の上の休憩所で、あんた見つけて、コーナー一個遅れて付いて行ってたの。でもさすがに、スポーツバイクと始まった時は追いつけなかったよ。その小さいナリで大した能力だよ。腕、鈍ってないんだね?」

「え? 珍しい〜私を褒めるの? なんか気持ち悪〜い」

「うっさいな。で、あんた、さっき何キロ出してたのかなぁ?」

 婦警さんが顔を近づけてきました。 

「てへっ」

 ライダーは首を傾げ、片目を瞑って舌を出しました。

 婦警さんは目を輝かせましたが、すぐ真面目な顔になって。

「あのさぁ何でも許されると思っちゃだめだよ? ここはサーキットじゃないんだからね」

「は~い」

「まぁ、今日は私一人だから良いけど次は切符切るからね!」

「むぅぅぅ」

「むぅぅぅじゃない! さっきの大型みたいな追い越しは対向車の迷惑になるし、事故を起こされたりしたら私たちが苦労すんだよ?」

 婦警さんは車から降りて来ました。

「でもさでもさ。使いこなせないくせに大きなバイクに乗って、しかも煽って来るやつが悪いんだよ?」

 ライダーは婦警さんを見上げて、困った子犬のような顔をしています。

 婦警さんはまた目を輝かせましたが、真面目な顔に戻ると。

「一緒に走ってた頃、懐かしいよね。私はいつも入賞出来なかったな。あれから、旅してきたの?」

「うん。なんか、レースで優勝してからスピードを出す事に興味が無くなったんだぁ。もちろんもっと上のレースを目指すってのもありだったけど、私はそういう気になれなかった。それから半年、この国を走り回ってね、なんか大型バイクって私に必要なのかなぁってなったんだよ」

「でも、こんな小さなバイクにするなんてね」

「いろいろ迷ったんだけどね。この子みたいにのんびり走れる相棒の方が私に向いてるって思ったんだぁ」

 ライダーは相棒を見ました。

「そっか、私はバイク辞めちゃったけど、あんた乗り続けてるもんね。いろいろ考えちゃう事もあるってわけか」

 婦警さんは優しい表情でライダーを見ています。

「あんたは、見た目じゃなく本当の能力を持っている。だから小さなバイクでも使いこなせる。でも、そうじゃない人の方がたくさんいるんだと思うな。煽られたからって相手していたらキリ無いし、そういう奴らは能力、NO力! って思えばいじゃない」

 婦警さんは手でバッテンを作りました。

「能力、ノーリョクぅ? あんまりおもしろくないね」

 ライダーも手でバッテンを作りました。

「悪かったね! 面白くなくて!」

 婦警さんは腕を組んで横を向いてしまいました。

「へへ。煽るのは許せないけど、煽られても相手しない事にするね」

 ライダーはうむうむと頷いています。

「そうそう、どうせやりあったってお互い話をするわけでも無いし、ただの見栄の張合いなんだからくだらないって思えば良いんだよ」

「私は、見栄じゃないもん」

 ライダーはまたプリプリし始めました。

「まぁまぁ。速さだけがバイクじゃないでしょうが」

 婦警さんはやれやれと言った感じでライダーの頭を撫でてやりました。


 もしかしたら、ライダーはライダーの創りあげた、ちいさな世界のちいさなちいさなじょおうさま。

 だったのかもしれません。

安全運転が一番ですね。

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