ちいさなおうさま06 回送電車 後編
線路の継ぎ目と車輪の奏でるリズムが、普段よりゆっくり聞こえて来ます。
運転時間を多く採ってあるダイヤだったので、ゆっくり楽しみながら運転をしていました。
運転席でこのリズムを聞く事が出来るのも今日で最後です。
窓からは心地良い風が頬を撫でて行きます。
今日も良く晴れていて、古いこの車両の冷房は頼り無く、窓を開けて運転した方が涼しく感じました。
一つ一つ駅を過ぎる度に様々な思い出が頭をよぎりますが、運転中なので思い出を締め出して集中しています。
トンネルを抜けると激しい振動と、乾いた破裂音が床下から聞こえました。
電圧計が何度か震えて見えました。
「非常! 防護無線発報!」
ブレーキハンドルを端まで回し、防護無線機のクラッカープレートを割りました。
けたたましく防護無線機の警音が鳴り響いています。
緊急停車すると、無線機に手を伸ばしました。
「こちら臨時回送列車運転士、十三時二十七分、床下より異音を感知! 緊急停車しました。原因は不明、防護無線発報中です。どうぞ」
「こちら輸送指令、十三時二十七分、異音感知で停車、防護無線発報中。了解。上下線抑止手配します」
「運転士了解」
高音の電子音が短く断続的に繰り返す防護無線機の音は、何度聞いても教導は嫌いでした。
乗務員の嫌な音ランキングをしたら一位だろうなと思いましたが、今考える事では無いと、雑念を掻き消しました。
「こちら輸送指令、抑止手配完了、防護無線を復位してください」
「運転士了解、防護無線復位しました」
「こちら輸送指令、それでは現場の確認へ向かって下さい」
「運転士了解、現場へ向かいます」
「最後の乗務でこれかよ」
電車から外に降りると床下から手歯止めを取出し、車輪にかませて運転台に戻りました。
手歯止め使用中札を運転台に載せてから、再び外に降りて現場に向かいました。
「あのトンネルを出てすぐだったな」
教導はトンネル手前まで走りました。
「これか」
持って来た無線機を取り出ました。
「こちら臨時回送列車運転士、異音感知現場に到着、レール踏面両側に二つずつ粉砕痕を発見、置石と判断。キロ程は不明、トンネルを抜けて五十メーター程です。どうぞ」
「こちら輸送指令、置石が原因了解、トンネルを抜け五十メーター程の旨、関係個所へ連絡します。運転士は運転再開準備を行ってください」
「運転再開準備、運転士了解」
列車の最後尾まで走って来ました。
下から見上げる列車は大きく、また恐ろしくもありました。
「もう点検する事も無いと思っていたけど、お前の点検するとはな」
教導は鼻で笑って、列車を見つめました。
「さて、下まわり一周するか」
床下の装置に傷が無いか確認をする為に、一つずつ丁寧に確認していきました。
「台車回り! 異常無し! 連結器、ジャンパ線異常無し!」
一周して最後尾に戻って来ましたが、傷や損傷は全く認められませんでした。
「異常ないな。手歯止め取って戻るか」
手歯止めを取り外し、運転台に戻りました。
「ブレーキ試験! ブレーキ緩解ヨシ! ブレーキ七ノッチ、通電試験! 一ノッチ投入!」
表示灯に何も表示されません。
何度か試して見ましたが、モーターに電気が通ると光るはずの表示灯が点きません。
「こちら臨時回送列車運転士、現場より列車に帰還。運転再開試験中、トラブル発生。四両二ユニット。二ユニットとも通電試験で通電せず。その他異常無し。どうぞ」
「こちら輸送指令、運転再開試験中、二ユニット共に通電しない旨了解。車両活殺を指示します」
「こちら運転士、活殺了解」
教導は運転台中央下部の凹みにあるボタンを長押ししました。
電圧計の針が何度か震えながらゼロを指し、蛍光灯も点滅しながら消えました。
天井からパンタグラフにロックが掛かった音が聞こえました。
ボタンを離すと鼻息のような空気の抜ける音が聞こえて来ました。
乗務員扉を開き、手すりに捕まって背中を地面に向けて反り、後方の車両を確認します。
「パン降下ヨシ!」
運転台に戻り電圧計の確認です。
「高圧電圧計ゼロキロボルトヨシ! バッテリー切り! 低圧電圧計ゼロボルトヨシ!」
完全に列車の電源が切れました。
車内は静まり返り世の中と縁のない世界に取り残されたような雰囲気がしました。
こんな静かな時間が有ったのかと、教導は思いました。
都会人ぶっているけれど、すれ違うのが苦手な地方都市民。
都会の真似ごとのように列車本数だけは増やすけれど短い両数。
そこで働く自分。
平気で不正乗車をする客。
対策をしない会社。
許さない乗務員。
そこで働く自分。
ゴミをちらかして置いて行く客。
汗を流し片づける掃除員。
見て見ぬふりの乗務員。
そこで働く自分。
安全を優先に、これより先は行けないと言う乗務員。
運行を優先し、そこより先に行けと言い張る司令員。
立場を優先し、いつから先に行けるか言い募る客。
教導は自分がやりたかった事が何なのか、何が正しいのか分からなくなっていました。
大雪で運休列車が相次いだ前回の冬を思い出していました。
折り返し駅に着くのでさえやっとの状況でした。
踏切の障害物検知装置に雪が入り込み、障害物が無いのに緊急停止の信号を出してしまっていました。
指令から指示を受け、膝まで埋もれる湿った雪の中、障害物検知装置に着いた雪を掻きだしに向かいました。
閉まったままの踏切で待たされている人へ説明をし、その度に怒られ、頭を下げました。
このまま運行を継続するのは、危険だと指令に報告をしました。
「分かっている。今は手が回らないんだ、とりあえず折り返し駅まで行ってくれ」
無線機の相手は、教導の先輩でした。
信号機にも雪がへばり着いています。
近くまで行かないと、どんな信号が出ているか分かりません。
スピードを落として運転していた為に、一番低い速度で走る指示の信号が出ていましたが、対応する事が出来ました。
折り返しの駅までもう少しの所で再び踏切の停止信号が出ていました。
一つ先の踏切の停止信号も出ています。
再び列車から降りて雪の掻きだしに向かいました。
湿った雪は列車の連結器付近まで積もっていました。
行く手を阻み、靴に入った雪は足の感覚を無くしました。
折り返し駅に着いたのは、通常より二時間程遅れてでした。
駅に着く前から、パンタグラフに着いた雪のせいで、電源が度々切れる現象が起きていました。
指令に報告するとパンタグラフの下げ上げで、雪を落とすように指示を受けました。
しかし、水分を多く含んだ雪は、パンタグラフから落ちるどころか、パンタグラフを下げようとするばかりで、上げようとしても上がりにくくなっていました。
雪は落ちないだけで無く、益々積もっていきます。
指令にパンタグラフの雪が落ちないと連絡すると、それでも折り返し発車させると言いました。
教導は、危険だと言いました。
「どうなっても知りませんよ。それでも行けと言うんですか?」
相手の指令員が返答に困っていると、声の相手が教導の先輩に変わりました。
折り返し発車させろとしか教導の先輩は言いませんでした。
教導の主張が聞き入れられる事も無く、教導は仕方なく折り返しの準備をすると、直ぐに電車を発車させました。
しかし、電源が切れたり入ったりを繰り返していました。
後から外で見ていた除雪作業員から聞いた話では、激しいスパークが発生していたそうです。
四両中後ろの二両は、完全に電源が切れた状態になってしまいました。
指令に連絡すると、次の駅で再びパンタグラフの下げ上げをするよう指示を受けました。
しかし、結果は同じで後ろの二両のパンタグラフは上がり切りませんでした。
「勢いよくバーンとパン上げて雪落としてよ」
「だから、雪の重みで上がらないんです」
教導は先輩が現場の想像が付かないはずは無いと疑問に思っていました。
それから何度も試してみました。
しかし、パンタグラフから雪が落ちる事はありませんでした。
そして後ろの二両のパンタグラフは下がったままになってしまいました。
教導は指令に指示を仰ぎました。
「それでは、パン下げ、バッテリー切り、留置を指示します」
「ちょっと待って下さい、お客さん乗ってるんですよ! だめですって本当に。今も雪凄いんですよ!」
「パン下げ、バッテリー切りを指示します!」
「お客さん救済の方が先でしょ? 片方のユニット生きてるんだから、このままで良いじゃないですか!」
「パンの除雪作業の為に停電させます。パンを下げて下さい」
「何分で来るんですか?」
「お客さま救済の手配はしています。パン除雪作業も手配中、何時間になるかは予想できません」
「もう、パン下げましょう。折れる事も必要ですよ」
いつの間にか隣に来ていた後輩車掌が、呆れた様子で教導を見ていました。
「人殺しですね。どうなってももう知りません」
そう無線機に言い放ち、教導は指示通りに全ての電源を切りました。
静まり返った車内では、お客さんが不安そうな顔をしているのが見えます。
「お前の言う通り、折れる事も大事かもしれない。けどさ、俺たちって何の為に運転してんの? 客を安全に運ぶ事じゃないの? これは安全なの? 下手すりゃ死んじまうかも知れないんだぞ! だから俺は行けないってさっき言ったんだ。そう簡単にハイそうですかってはならないんじゃないか?」
「は、はぁ。確かに折り返しの時に行けないって指令に言ってましたよね。で、でも、発車させちゃいましたよね?」
後輩車掌は、言いにくそうに指摘をしました。
「そうだな。結局は、出してしまった運転士の俺が悪いって事だよな」
後輩車掌は何も言えず、ただそこに立っていました。
日が沈みゆく中、二時間程待って除雪係員が到着しました。
その間、お客さんからの苦情は不思議とありませんでした。
あの時、折り返し駅で止めておけば、除雪係員を屋根に登らせて危ない作業をさせる事も無く、お客さんを危険な目に合わせる事も無かったと後悔しました。
この日、同じように寒い中で待たされた列車が数本。
翌日まで動けない列車も何本かありました。
しかし、会社はこう言ったのでした。
あの日、厳しい状況の中。
「最大限最善の輸送を行った」
「夢と現実は違う、と言うことか……」
逆の手順で電車の電源を入れていきます。
電源の入った列車は、コンプレッサーでリズムを刻み始めました。
元空気ダメのメーターが上がって行きます。
通電試験を行いましたが、やはりモーターに電気が通りませんでした。
「救援車両を向かわせます。救援を受ける準備を指示します」
指令の判断が、いつもより素早い事を不思議に感じました。
「いや、ちょっと待てよ。モーターに電気が行かないだけだろ? なんとか出来そうだな」
資料を鞄から取り出して、急いでページを捲りました。
「あった! 輸送指令こちら運転士、原因を探る時間を下さい。どうぞ」
「こちら輸送指令。指示に従って下さい。原因を探る必要はありません。救援を受ける準備をしてください」
「救援列車の乗務員を手配をしろ。俺は指令に救援列車を要求する」
区長は当直カウンターで声を張り上げました。
「しかし、まだ原因が判明していませんから、救援を出すよりも早く再開出来るかも知れませんよ」
区長の顔色を伺いながら当直助役は言いました。
「うるさい! お前も管理者なら分かるだろ? 俺の提案で、解決した事にすれば、職場のポイントアップになるだろ」
「床下に降りて確認すれば、救援が必要か判断出来るってのに」
教導は、考えました。
床下機器の蓋を開けて確認するには、再びパンタグラフを下げなければなりません。
教導は無線機に手を伸ばしました。
「お願いします。パン降下と主制御器箱点検を指示して下さい」
「救援を待つように指示します」
司令員から感情の無いロボットのような返答が来ました。
このまま救援を待つと言う事は、この列車が線路の障害物となります。
救援が完了するまで上り列車は、全て運転を見合わせ無ければいけません。
教導はパンタグラフを降下させました。
「こちら輸送指令、臨時回送列車運転士、救援を受ける準備をする旨、了解してください!」
無線機から、指令員が必死になって話かけているのを横目に、教導は外に降りる準備を始めました。
「俺が、お前を必ず工場に連れて行く。待ってろよ」
「運転士、応答してください! 運転士!」
指令員は指令室に響きわたる大きな声で無線機に話かけています。
もう一度呼び出しをしようとすると、指令員の肩に手が置かれました。
「待ちなさい。運転士からはどんな報告があったんです?」
「部、部長!」
指令員は驚いて無線機を落としてしまいました。
「あそこの運輸区長から連絡が有ったんですって?」
「はい。そのように指令長から伺っています」
指令員は緊張しているようで手が震えています。
「私が許可します。運転士の判断に任せなさい」
「は、はい! しかし、今は無線機に応答がありません」
「ですから、運転士は何と言ってました?」
「はい……主制御器箱を確認したいと」
「見所のある運転士じゃないですか。多分もう外に降りて作業してると思いますよ。プロってやつですねぇ。何故あの区長はこの運転士を転勤させようとしてるんでしょう」
部長は誰も気づかない程に薄く笑うと、電話に手を伸ばしました。
「救援はしない……ですか。え? ウチの運転士はプロ? は、はぁ。それはそれは、ありがたいお言葉を、恐縮でございます」
区長は、そっと電話を置きました。
「部長がまさか指令室に来ているとはな。何が運転士のプロだ! 俺は管理のプロだぞ! くそっ! どいつもこいつも俺の邪魔しやがって!」
区長は苦虫を噛み潰したような表情で、列車遅延情報のモニターに目をやりました。
床下の主制御器箱を開けると、いくつかのNFBが反位になっていました。
「やっぱりこれか……」
教導は急ぎながらも、確実に指差し確認をしながら整備を終えて、運転台に戻りました。
電車の電源を入れ、運転再開へ向けて準備を始めました。
「通電試験! ユニット表示灯点灯ヨシ!」
教導は無線機に手を伸ばしました。
「輸送指令、こちら臨時回送列車運転士、応答どうぞ」
「こちら輸送指令。どうぞ」
教導は一語一語を大切に。
正確に。
大きな声で報告しました。
「通電試験完了。車両異常無し。運転再開準備完了です」
先に見える跨線橋にはいつの間にか子供達がいました。
心配そうにこちらを見ています。
汽笛を鳴らし、加速ハンドルのノッチを入れると静かに、力強く電車は動き出しました。
無事に動き出した列車を見た跨線橋の子供達は大きくこちらに手を振りました。
教導も大きく手を振りかえしました。
跨線橋を通り過ぎると、教導は小さく呟きました。
「子供達に夢を与える仕事であってほしかったな」
終点に着くと、すぐに電車の迎えが来ました。
電車のすぐ目の前まで小さな機関車は近づいて停まりました
小さな機関車の窓から係員が軽く敬礼のように手を上げました。
教導は、軽くお辞儀をしました。
教導は電車から降りると小さな機関車の横に立ち、引き継ぎをしました。
「臨時回送列車、駅間でノッチが入らないトラブルが発生。現場で処置完了。現在車両状態に異常ありません。それでは、お願いします」
「あいよ。お疲れさん。どうせ廃車にする車両だ、そこまで丁寧に報告する事ぁないよ」
教導は黙って下を向きました。
係員はそれを僅かな間、不思議そうに見ていましたが汽笛を短く一声鳴らすと、電車を連結して工場へ向けて発車していきました。
教導が顔を上げると、旧型電車の明かりの消えた古めかしいテールランプがカーブに消えて行くところでした。
「さよなら。ありがとな」
教導は新幹線の運転室に便乗させてもらい、自分の職場のある自分の町の駅に戻って来ました。
「ありがとうございました」
新幹線の運転士に挨拶をしてホームに降りました。
「幹便も今日で終わりか」
長いホームを端まで歩き、職場の入口まで来ると総務助役が待っていました。
「区長がお呼びです。すぐに区長室へ行って下さい」
教導は返事もせずに総務助役の前を通り過ぎました。
区長室の前まで来ると、ノックをする事も無く扉を開けました。
「勝手な事をしたそうだな! お前は転勤する前まで迷惑をかけるつもりか!」
区長は今までに無い程に頭に血が上っているようです。
教導は区長の机まで黙って近づきました。
椅子に座っている区長は教導を睨みつけています。
教導は内ポケットから白い封筒を取り出すと、区長の机に放り投げました。
「もう、心配しなくて結構ですよ」
そう言うと、教導は区長室から出て行きました。
区長は舌打ちをして目の前に投げられた封筒を開きました。
「くっ……」
区長は頭から湯気が出そうな程に顔を真っ赤にしました。
区長は封筒を机に叩き付け、その上から思い切り机を叩きました。
「今日が最後か」
教導は残りの日に少しずつ片づけをしておいたロッカーを綺麗に拭き上げました。
「そろそろ退勤時間になりますよ」
当直助役がロッカー室に呼びに来ました。
当直カウンターの前には数人の乗務員、助役が立っていました。
「お世話になりました」
教導は深くお辞儀をしました。
そこに立つ人達から激励の言葉や別れを惜しむ声を聞き、教導の目には涙が溢れて来ました。
教導は涙を堪えて皆に背中を向けると、職場から出て行きました。
階段を降りると同期社員が玄関の前に立っていました。
「本当に良かったのか」
「俺は運転士になりたくてこの会社に来たんだ。運転士が出来ないなら、もうここにいる理由は無いよ」
教導は同期社員の脇を通り過ぎました。
「区長は希望していた出向先がダメになったらしい。指令への転勤者を推薦したのに、そいつが会社を辞めるとなりゃ会社も考えるわな。なぁ、指令に転勤になってもお前の判断力があれば、良い指令になれたんじゃないのか」
教導は振り返りました。
「俺がこの会社で続けていても、このままでは加害者になっちまう気がするんだ。睡眠時間だけを見ても短すぎる。それでも非番の仕事をしている。人の命を預かる仕事なのに危機感が少なすぎる気がするんだ。最後に教導も出来たし、旧型を見送ってやれた。それで、十分」
「そうか……しかし、これからどうやって生きて行くんだ?」
「本を書こうと思ってる」
「本?」
「無理矢理俺を指令室研修に出そうとした時、上司達が俺に言った事をボイスレコーダーに録ってある。それを含めて、社会に会社の実態を知って貰いたい。未来の運転士の為にも」
「そんな事したって何も変わらないんじゃないか?」
「俺もそう思う。会社はそんな事は無いと言い張って、俺の主張も掻き消されちまうかもしれない。でも」
「でも?」
「今、俺に出来るのはこれしかないんだ。ありがとな」
教導は歩き出し、振り返る事はありませんでした。
誰もいない会議室で、総務助役は携帯電話を手にしていました。
「部長、私です」
「あの区長は少々調子に乗りすぎましたね」
「はい」
「あの運転士は辞めてしまって残念です。しかし、あのような判断が出来る運転士を育てるには、どういった指導をしていたのですか?」
「私が直接指導する事はありませんでしたが、自ら考えて行動出来るように安全委員会等で会議を企画して参加してもらうようにしていました。あの運転士が今回の故障判断が出来た事も、前回の会議で私が話題を出したからであると思います」
「きちんとあの運転士はそう言った会議に参加していたのですね」
「ええ。私が企画した会議で学んだからこそ、最善の判断が出来たのです」
「総務助役さんには指導力がおありなんですね。そこでなんですが、今の区長は近々降りてもらい、早めに出向してもらうようにしますよ」
「それは、非常にありがたい事です」
「それともう一つ」
「はい。何でしょう」
「次はあなたに区長をお願いしよう思いますが、どうです?」
「もちろんやらせていただきます。ありがとうございます」
総務助役は携帯電話を切ると、そっと胸ポケットに仕舞いました。
もしかしたら、この会社の人達は自分達の創りあげた、ちいさな世界のちいさなちいさなおうさま達。
だったのかもしれません。
いろんな仕事があるんですね。