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ちいさなおうさま  作者: 福島信夫(ふくしましのぶ)
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ちいさなおうさま03 サラリーマンショック

お客さまはやっぱり偉いのでしょうか?

「好きな物食べなさい。デザート付けても良いぞ」

 メニューを食い入るように見ている子供二人を見て、お父さんは思わず笑みがこぼれました。

 窓の外には買ったばかりの高級車が停めてあります。

 大型の連休という事もあって、子供連れの家族でほとんどの席が埋まっています。

 入り口に目を向けると、お客さんが外まで並んでいます。

 外で待つお客さんは時期外れの暑さに耐えながら待っています。

 それを見て、また笑みがこぼれました。

 待つお客さんの中には同年代の男女や男だけのグループもいます。

 しかし、家族を連れている同年代は見当たりません。

 それを見て、また笑みがこぼれました。

 店内を見回すと店員さんが慌ただしく行ったり来たりしています。

「決まったか?」

 子供二人は同時に頷きました。

「お前もオッケー?」

「オッケー」

 奥さんは親指と人差し指を付けて丸印を出しています。

 お父さんは呼び出しボタンを押しました。

 ボタンから小さな電子音がすると、遅れて呼び出し音が店内に響きました。

 しかし、なかなか店員さんが来ません。

「来ないね」

 妹はお腹と背中が付きそうだと言わんばかりの表情です。

「仕方ないよ。大変みたいだから、もうちょっと待とう」

 お兄ちゃんは妹が不機嫌な事を察して、妹の興味のある話をしています。

「ねぇ。もう一回押してみない?」

 奥さんも苛立ってきたようです。

「何だよ。何回押させるんだこの店は」

 お父さんはもう一度、呼び出しボタンを押しました。

 再び呼び出し音が店内に響きました。

 子供の騒ぐ声を中心に、大人の笑い声や子供を叱る声で、店内は(ざわ)ついています。

 お父さんは呼び出しボタンを連続で押し始めました。

 今度はすぐに店員さんが走ってきました。

「大変お待たせ致しました。ご注文をお伺い致します」

 輝く頭から汗を滴らせ、店員のおじさんは忙しくお辞儀をしました。

「あのさ。まず、申し訳ございませんでした。だろ? こっちはずっと待っていたんだぞ」

「申し訳ございませんでした」

 店員のおじさんは深々と頭を下げ、輝く頭のてっぺんを家族の前にさらけ出しました。

 妹が笑い出し、店員のおじさんの頭を指差したので、お兄ちゃんは急いで妹の口を抑え、指を降ろさせました。

 店員のおじさんが頭を上げた時には、妹の抑え込みに成功していたので、店員のおじさんには気づかれませんでした。

 お父さんは店員のおじさんを睨みつけながら、怒鳴り声に近い大きな声で注文を始めました。

「謝るくらいならちゃんとやれよ。じゃあ、これとこれと、これな」

 店員のおじさんは、申し訳なさそうに深々とお辞儀をしました。

「かしこまりました。それでは、ご注文を繰り返させていただきます」

 店員のおじさんは注文を確認し終えると、急ぎ足で立ち去りました。


「お待たせ致しました」

 ワゴンに載った料理からは香ばしい匂いや湯気が上がっています。

 店員のおじさんは再び深々とお辞儀をすると、子供達に笑顔を見せ、子供達の前に料理を並べました。

 子供二人は目を輝かせています。

 店員のおじさんは料理を並べ終えると、再び深々とお辞儀をして急ぎ足で立ち去りました。

「よし食うか。ん?」

 お父さんはお箸やフォークが付いていない事に気がつきました。

 お父さんは再び機嫌が悪くなりました。

 呼び出しボタンを強く叩きました。

 しかし、呼び出し音が鳴るだけで店員さんが来ません。

 お父さんは顔が赤くなり始めました。

 もう一度呼び出しボタンを押そうとすると、店員のお姉さんが目の前を通ったので呼び止めました。

「箸っ!」

「え?」

 店員のお姉さんは驚いて目を(またた)いています。

「見れば分かるだろ。箸もフォークも無いだろうが」

「た、ただいまお持ち致します」

 店員のお姉さんは、大急ぎで箸やフォークの入った箱を持って来ました。

「あのおっさんに、ここに来るように言え」

「えっと……」

「つべこべ言わずにお前は伝えれば良いんだよ」

「は、はい。 かしこまりました。伝えておきます!」

 店員のお姉さんは震えながら急いでお辞儀をすると、急ぎ足で立ち去りました。


 妹は料理に夢中です。

 お兄ちゃんはそんな妹を横目に見ながら、手が止まっていました。

「ねぇ? お父さん? そんなに怒らなくても……」

 お父さんはお兄ちゃんの声を遮りました。

「良いんだよ。俺たちは客で来てるんだ。良いから食えよ」

「う〜ん、でも忙しそうだし……」

 お父さんはお兄ちゃんに顔を近づけ、睨みの効いた上目遣いで言いました。

「良いか? 忙しくても、客を待たせるのはダメなの。な? お前も大人になれば分かっからよ」

 お父さんは顔を離すと、食事を再開しました。

 お兄ちゃんは急に食欲が無くなって来ました。

 目の前の料理がとてもつまらなく、美味しくない物に見えて来ました。

「お待たせ致しました。ご用件をお伺い致します」

 店員のおじさんが、汗を(ぬぐ)いながら急ぎ足で席にやって来ました。

「まず謝れ」

「ど、どう言った事でしょうか?」

「お前なぁ。さっき料理持ってきた時。箸、持って来なかっただろ。わざとかアレは?」

「そうでしたか。それは大変ご迷惑をおかけ致しました」

「謝れば済むとか思ってるんじゃないだろうな。まさかわざとじゃあ無いんだろうな?」

「そんな……。わざとではありません。忙しくてつい、忘れてしまったのです。申し訳ございません」

 店員のおじさんは深々と何度も頭を下げて謝りました。

「つい。だ? そんなの許せるか。こう言う時は何か侘びにデザートでも持って来たりするんじゃないのか?」

「いえ、大変ご迷惑をおかけしたのは申し訳無く思っております。しかし、そう言ったサービス等は致しかねます」

 お兄ちゃんはお父さんの腕を掴みました。

「ねぇ! お父さんもうやめてよ。恥ずかしいよ。みんな見てるよ」

 お父さんはお兄ちゃんの手を振り払いました。

「うるさい! 黙ってろ。おっさんよぉ。お前の金でデザート出せば良いんじゃないのか?」

 お父さんは店員のおじさんを睨みつけています。

「いや、しかし……」

 店員のおじさんは目に涙を浮かべて俯いてしまいました。


「おめぇいい加減にしろよ。客はおめぇだけじゃねぇんだぞ」

 隣の席にいたグループのお兄さんが注意しました。

 お父さんと同年代のお兄さんです。

 お父さんの顔が少しこわばったのをお兄ちゃんは見ていました。

「ったく。お前がちゃんと仕事してれば、こんな事にはならなかったんだぞ。もう行っていい」

 お父さんは店員のおじさんを追い払うように手の甲を振りました。


 店員のおじさんは振り返って、注意してくれたお兄さんに体を向けました。

「失礼致しました。お客さまにまでご迷惑をおかけしてしまいました」

 店員のおじさんは深々と頭を下げました。

「良いんですよ。俺らの方は気にしないで下さい。混んでるんですから大変なの分かるだろうと思うんですがね。店員さんは悪く無いですよ。ああ言うヤツがいるから余計忙しくなっちゃうんですよね」

 お兄さんのグループメンバーも頷きました。

 店員のおじさんは深々と頭を下げて急ぎ足で立ち去りました。

 隣の席の会話が聞こえていたようで、お父さんは小刻みに震えています。

 お父さんは顔を真っ赤にしてぷりぷりしながら料理を荒々しく平らげました。

「行くぞ」

 妹は食べ終わっていましたが、お兄ちゃんも奥さんもまだ食べ終わってはいませんでした。

 お父さんは立ち上がると隣の席を一瞥しましたが、お兄さんグループに文句をつける事はしなったので、お兄ちゃんは胸を撫で下ろしました。


「おいしかったぁ」

 妹は満足なようです。

「あのおっさんマジムカつくわ。呼んでも来ないし、私たちが悪者みたいじゃん。それにあいつら何なの? ウチらの話に混ざってくんなっつうの」

 奥さんもぷりぷりしています。

 お父さんは黙ったまま駐車場を車に向かって歩いています。

 お父さんは何となく後ろが気になって、振り返ってみました。

 すると、さっきのお兄さんグループもお店から出て来ていました。

 こちらに向かって歩いています。

 車まではまだ距離があります。

 家族の後ろをお兄さんグループも付いて来ます。

 時おり笑い声を交えながら距離を詰めて来ています。

 お父さんは急に早歩きになり、小さな声で言いました。

「早く、早くっ」

 お兄ちゃんにはお父さんが焦っているのが分かります。

「さっきのもしかして聞こえちゃった?」

 奥さんも焦っています。

 ここを曲がれば、五台先。

 お兄さんグループは、なおも距離を詰めて来ます。

「ちょっと! 付いて来てるよ」

「分かってる!」

 最後は駆け足になって車の前まで来ると、お父さんはジャケットやズボンをまさぐり始めました。

「カギ……。カギっ!」

 お兄さんグループはすぐ近くまで来ています。

「あんた早く!」

「分かってる!」

 奥さんは慌てるお父さんとお兄さんグループの迫り来る様子を交互に見ています。

「あった!」

 お父さんは急いで鍵のリモコンを押して運転席に乗り込みました。

 続いて奥さんも助手席に乗り込みました。

 二人は車の中から子供二人に(せわ)しなく手招きをしています。

 全員乗り込んだのを確認してお父さんは急いでキーを捻りました。

 勢いよくエンジンが回りだし、お父さんはアクセルを踏み込もうとしました。

「あ」

 お父さんは口を開けて止まってしまいました。

 お兄さんグループは運転席の前まで来ていました。

 お父さんは震えています。

 奥さんも落ち着きなく、後ろの席の子供達と車の外を交互に見ています。

 お兄さんグループは、躊躇(ためら)う事無くお父さんのいる運転席の脇まで来ました。

 お父さんは力いっぱいハンドルにしがみつき下を向きました。


 足音は通り過ぎて行きます。

「あ、あれ?」

 お父さんが顔を上げると、バックミラー越しにお兄さんグループが車に乗り込むところが見えました。

 全くこちらの方を見ていません。

 はみ出しそうなホイールに、地面に着いてるような車高の車です。

 エンジンがかかると、お腹に響く爆音を立てながらお兄さんグループの車は駐車場を出て行きました。

「ねぇお父さん。どうしたの? ねぇ? どうしたの? ねぇ?」

 お兄ちゃんはお父さんの腕を()すりました。

「あ〜うるさいうるさい! 何でもかんでも聞くな! ねぇねぇねぇねぇうるせんだよ!」

 お父さんはお兄ちゃんを怒鳴りつけました。

 お兄ちゃんはお父さんの大きな声に驚いて泣き出してしまいました。


「さっきのお客さん。大変でしたね。明らかに年下だってのに偉そうでしたね。あんなの客じゃないっすよ。気にしないで下さい」

 店員のおじさんは休憩が一緒になった男子高校生に話かけられていました。

「ありがとう。君はここ長いんだものね。私はまだ入って半年しか経って無い。だが、私もああ言う客の対応は大変だと分かったよ」

「いろんなのいますけどね。お客さんって事で対応しなきゃならないですから精神的にやられますよねぇ」

 男子高校生は食べてたポテトチップスの袋の中を覗きながら話を聞いています。

「しかし、私はショックだった」

「何がです?」

「私も昔同じ事をした事があるんだ。君には言っても良いかな。前はサラリーマンをやっていたんだ。仕事、リストラされてね。それでここに入ったんだ。良い役職を持っていてね。給料も良かったんだ」

「なるほど〜だから接客態度が丁寧なんですね」

 空になったポテトチップスの袋を覗いて男子高校生は、残念そうに袋を丸めました。

「うん。自慢では無いけど取引先からも真摯な態度を評価されたものだよ。しかし……」

「しかし?」

「レストランやコンビニ、駅。働いている人達を見ると自分より下に見えてね。なんていうか、そこの店の人であって個人では無い。その人は店の人なんだから客を優先してくれるのは当たり前のように思えてた。と言うか……」

「なんだかややこしいですね。まぁ、簡単に言うと酷い事言ったりしちゃったって事ですか?」

「そうそう、そうなんだよ」

 店員のおじさんは男子高校生を勢いよく何度も指差しました。

「年上の人に敬語を使わないし、会計の時もお金を投げてみたり、待たされると怒鳴ったりしていたよ」

「でも、今はとても良い人に見えますよ」

「ありがとう。休憩終わっちゃうからそろそろ行くよ。これからもいろいろ教えて下さい。高校生の先輩」

 店員のおじさんは男子高校生に一礼すると、店内に戻って行きました。


 お父さんが会社に出て来ると、連休明けで仕事がたくさん溜まっていました。

 机には沢山の書類が散らばっています。

「は、はい。畏まりました。はい。すぐに書類をお届けに上がります」

 お父さんは取引先との電話が忙しそうです。

「君、書類届けに行くんだろう? ついでにあの取引先にも寄ってきてくれ」

「はい! 畏まりました」

 お父さんは上司に元気よく返事をしました。


「あ、菓子困りますな」

 男子高校生は家にお菓子の買い置きが無いのを思いだしました。

「やっとバイト終わったぁ。コンビニ寄って帰ろうっと」

 男子高校生はお店を出ると、軽快に自転車を漕ぎ始めました。


 もしかしたら、お父さんも店員のおじさんも自分達が創りあげた、ちいさな世界のちいさなちいさなおうさま。

 だったのかもしれません。


お店がもしこの世に無かったらどうなっていたんでしょう。

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