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ちいさなおうさま  作者: 福島信夫(ふくしましのぶ)
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ちいさなおうさま01 スーパーおじいさん

現代のおじいさんは芝刈りに行く訳では無いのです。

 色付き始めた葉を纏い、町を囲む山々は鮮やかに着飾っています。

 風が強く吹けば落ち葉が舞い、地面の色を変えていきます。

 おじいさんの家の庭にも、たくさんの落ち葉が来る季節になりました。

 新聞配達のバイクが来る前に落ち葉を掃くのが、おじいさんの日課です。

 音無しの静かな薄明りの空。

 新聞屋さんのバイクが、唸り声をあげて近づいて来るのが聞こえてきました。


「おはようございます。今日も、早いですねぇ」

 新聞屋さんは籠から新聞を取り出すと、おじいさんに手渡しました。

「いつもご苦労様。怪我されたら困るからね。落ち葉は滑るから」

 おじいさんが新聞を受け取ると、新聞屋さんはニコリと笑ってUターンして走り去りました。

 新聞屋さんが立ち去ると、今度は隣の家や向かいの家の前も、落ち葉を掃きに行きます。

 静かな朝に(ほうき)の音が響きわたったのでした。

 

 おじいさんは落ち葉掃除が終わると台所で次の仕事です。

「おじいさん、今日もやってくれてたの?」

 おばあさんが、頭を掻きながら台所に入って来ました。

「うん。お前はまだ寝てていいよ」

「そうかい? じゃあ、頼むよ」

「うん。任せておいてよ」

 おばあさんはちょっと困った顔をしましたが、部屋に戻って行きました。

 おじいさんは手際よく料理を作っていきます。

 リズム良く包丁を動かし、鍋に味噌を溶かし、漬物もお皿に載せました。

 テーブルに料理を並べて、箸やお茶の準備も出来ました。

 次は寝ているみんなを起こしてあげます。

「お~い。ごはん出来たぞ~。起きろよ~」


 台所のテーブルでテレビを見ながら、おばあさんと息子家族と朝食を食べるのも日課です。

「うまいだろぉ~」

 おじいさんは家族の顔を見渡すと満面の笑みで頷き、ご飯を口に運びました。

 みんなも笑顔をおじいさんに向けています。

 おじいさんは大満足です。

「ごちそうさまあ」

 孫娘は箸を置くと急いで部屋に戻り、ランドセルを背負って玄関に向かいました。

「行ってきま~す」

「はいよ~。気を付けてなぁ」

「じゃあ俺も行くわ。ごちそうさん」

 息子も奥さんと部屋に戻ると、支度を整え会社に向かいました。

「さて、忙しいからごちそうさんにするかな。ばあさん、後はよろしくな」

 おじいさんも箸を置くと、すぐに居間に向かいました。

 いつもの薬をお茶で飲み、横になりました。

 居間で今から仮眠です。

 台所に残されたおばあさんの前には、家族全員分の食器と料理に使った鍋等が、派手に汚れたまま残されていました。


 おじいさんは目を覚ますと、すぐにテレビの電源を入れました。毎日欠かさず観ている連続ドラマです。

 目覚ましが無くても決まってこの時間には目が覚めます。

 会社を辞めてからこのリズムを崩した事はありません。

 ドラマを観終わると、おじいさんは鎌を持って庭へ向かいました。

 今度は庭の手入れです。

 しかし、あまり長い時間は出来ません。おじいさんの予定は待ってくれないのです。

「お~い。買い物に行って来るからなぁ」

 家の奥に向かって声をかけると、おじいさんは軽自動車に乗り込みました。慣れた道を軽快に運転していきます。

 片側一車線の道をおじいさんの軽自動車は、軽快に進んで行きます。

 

「あ、あそこのじいさんだ。ちっと避けておくか。警戒警戒っと」

 対向車のおじさんは路肩に車を停めて、おじいさんの車が行くまで待つことにしました。

 おじいさんはおじさんとすれ違う時に、手を上げてお辞儀をしていきました。

「行ったか。手を上げる余裕があるなら、対向車線まではみ出して運転するの止めてほしいわ」

 おじさんは溜息をつくとウインカーをあげ、アクセルを踏みました。


「今日も良い天気だねぇ」

 レジ待ちのお客さんがいないので、おじいさんはすぐにお会計をする事が出来ました。

 おじいさんは満面の笑みでレジのお姉さんに話かけます。

「そうですね。いつもありがとうございます」

 レジのお姉さんも爽やかな笑顔です。

「また、明日も来るからね」

 おじいさんがスーパーから出る時に次々とお客さんがやって来ました。

 車の時計を見るとスーパーの開店時刻を回ったばかりです。

 おじいさんは毎日、開店時間前に並んで買い物をするのも日課です。

 顔も覚えられて満足しています。

 買い物は必ずこのスーパーと決めています。

 来る日も、来る日も、おじいさんは開店前からスーパーに並びます。

 自動ドアの前に一番のりです。

 自動ドアの向こうではお店の人が、開店前の準備をしています。

 おじいさんは自動ドアからお店の中を見る事が好きです。

 知ってる店員さんがこちらを見て挨拶してくれるのを、楽しみにしています。

 けれど、店員さんはおじいさんを見ているようにも見えるし、見ていないようにも見えます。

 挨拶をしてもらえるのは、いつもドアを開けてくれる時だけでした。

 店員さんはおじいさんの為に、少し早くお店を開けてあげていました。


 しかしある日の事。

 おじいさんがいつも通り並んでいると、開店時間ピッタリに自動ドアが空きました。

 おじいさんはすぐにいつものお姉さんのレジに行きました。

「どうして今日は遅いんだい?」

「え?」

「何かあったのでは無いかと心配してしまったよ」

「えっと……。開店は本来この時間でして、いつもは早めに開けていたんです。でもそのスタッフは昨日転勤になったんです」

 お姉さんはちょっと困った様子です。

 おじいさんは満面の笑みでお姉さんを見ています。

「そうだったのか。なら次の担当の方がここに慣れれば、また開けてくれるね。じゃあ、買い物してくるよ」

 おじいさんは買い物かごを持って、店の奥に消えて行きました。

 

「チーフ。あのぉ……いつものおじいさんの事なんですけど」

 お姉さんは上司に相談しに行きました。

 チーフは顔をしかめています。

「しかしだなぁ。本来の開店時間を変える訳にはいかないよ。あのおじいさん一人だけの為に開店を早めるなんて出来ないよ。ちゃんと言ってあげたらどうだい」

「でも、開店前に並んで開けてもらえるのを当たり前だと思ってるみたいなんです」

「う~ん。アルバイトの君におじいさんの説得は荷が重いかな。しかし明日から一週間、私は研修で本社に行かなくてはならないしなぁ……」

「そうですか」

 お姉さんは下を向いてしまいました。

 チーフは忙しそうに仕事をしているので、今日は帰る事にしてスーパーを出ました。

 お姉さんは次におじいさんが来た時にどうしようかと考えて歩いている内に、あっと言う間にお家の前に着きました。

 お姉さんは早めに布団に入りましたが、寝つきが悪くなかなか眠れませんでした。


「あ、あの。やっぱり開店を早めるのは出来ないのですが……」

 お姉さんは勇気を振り絞って、おじいさんを説得しようと試みました。

「え? でも、他の方だって私の顔は知ってるでしょ? 私はもう常連だよ? わざわざ毎日並んでるんだよ? 常連さん有ってのお店じゃないの? それに早くお店が開くから他のお客さんだって助かっているんだよ?」

 おじいさんは納得出来ない様子ですが、笑顔でお姉さんの前に立っています。

 お姉さんは、返す言葉が見つからず困ってしまいました。

 おじいさんは悪意の感じられない満面の笑みで言いました。

「また明日も来るからね」

 

 お姉さんは控え室で帰る支度をしていました。

 今日の出来事をアルバイト仲間や社員に話ました。

「あのおじいさん、正直いやなんだよなぁ」

 アルバイト仲間の女の子も嫌っているようです。

「あたしも開店準備してるとさぁ、あのおじいさん。ニコニコしてはいるんだけど、早く開けろと言ってるようでプレッシャー感じるよねぇ」

 パートのおばさんもおじいさんには良い印象を持っていないようです。

「僕も嫌なんですよねぇ。自分は常連なんだから何でも許されるでしょ! みたいな感じで。この間なんか買って行った煎餅が、開けて食べてみたら欲しかったのと違ったから交換してくれって。レシートあるから大丈夫でしょ? なんて言われちゃって説得するの大変でしたよ。物腰柔らかいからあんまりこっちからは強く言えないですしねぇ」

 社員のお兄さんもため息を漏らします。

 みんなあのおじいさんにはそれぞれに思う事があるようです。


 お姉さんはお家で考え込んでいました。

 またあのおじいさんに会うのがどんどん嫌になってきました。

 頑張っても説得出来る気がしません。

 アルバイトを続けるか続けないかも考えました。

 パートのおばさんも社員のお兄さんも、お姉さんの気持ちは分かってくれたけど、一緒に説得をしてくれる感じではありませんでした。

 もう少しお金を貯めたかったのですが、毎日おじいさんが来るのは間違いありません。

 それはとても耐えられそうにありませんでした。


「あの、その……。ホントに開店を早めたり出来ないんです。なので、他のお客さまと同じように通常の開店時間に協力して下さい。お客さまが常連さんだとは分かっています。でも、お客さまだけを特別扱いは出来ないんです」

 お姉さんは勇気を振り絞って言いました。

「私は特別扱いしろなどとは言って無いよ。今まで早めに開けてくれていたんだから出来るでしょって言ってるの。他のお客さんの為にもなるんだよ。常連の私だからこそ、アドバイスしてあげているんだよ」

 おじいさんはどうしてこんな事言われるのかと言いたげな驚いた表情です。

「そんな……。私……。私……」

 お姉さんは泣き出してしまいました。

 周りで見ているスタッフもお客さんも見てみぬふりです。

「どうして泣いているんだい?」

 おじいさんは不思議そうにお姉さんを見ています。

 お姉さんの目にはみるみる涙が溢れて来ます。

 お姉さんは黙ってその場を離れ、お店の奥に消えて行きました。


 次の日おじいさんがスーパーに来ると、レジにはパートのおばさんが立っていました。

 いつものお姉さんの姿はありません。

「昨日、あの子辞めたんですよ」

「どうして辞めてしまったんだろうね。元気が良くて良い子だったのに」

 パートのおばさんは、おじいさんに返す言葉が見つからず、次のお客さんをレジに呼びました。

 おじいさんはそれからも毎日、同じ時間に並び続けました。


 しばらく経ったある日。

 いつものようにスーパーに向かうと、今日から開店時間を三十分早くすると貼り紙が入口に貼ってありました。

 おじいさんは嬉しくなりました。

 毎日通い続けた成果が出たのです。

 しかし、スーパー側からすると事情は少し違っていました。おじいさんがレジの前に来ると、開店を早めるように毎回しつこく言うので、続々と辞めていく人が出てしまいスーパーも困ってしまったのです。


 おじいさんは知り合いに会うと必ず言います。

「あのスーパーは私が作ったようなものだよ。毎日通ってやってるし、みんな私の事を覚えてくれているんだ。店が開く時間が早くなったのも私が言い続けたからなんだ」


 おじいさんは忙しいと言うのも日課です。

 その忙しいの中には、お呼ばれされる事もあります。ゲートボール大会の受付。小学校の運動会の放送担当。盆踊りの先生。何でも出来るスーパーおじいさんなのです。

 みんなおじいさんを頼ってくるし、おじいさんの代わりはいないと思っていて、おじいさんは鼻高々です。

「毎日近所の家にも散歩がてら挨拶してるし、みんな私が来ないと淋しいだろうからな」

 今日も近所に顔を出して帰って来た所です。

 おじいさんは近所の人をいつも思って行動しています。

 しかし、近所の一軒からこんな会話が聞こえて来ました。

 もちろんおじいさんはそんな事は知らずに、今日も日課をこなしています。

「毎朝、箒の音が気になって目が覚めてしまうって隣の奴も言っていたよ」

 畑仕事から帰って来た旦那様が言いました。

「小学校も大変らしいですよ。あのおじいさんに気を使って運動会の放送頼んでるんですって。何を喋ってるか分からないから、子ども達も困ってるらしいですよ。ただ、また来年も私で良ければ。なんて言われると他の方に頼めないそうですよ」

 奥様は旦那様のお茶を入れています。

「毎日来られるのもちょっと辛いよな。お茶出しするお前も大変だろ。いないふりしても出かけてもどうしていなかったのかを後で聞かれるし、困ったものだ。近所回りする為に毎日早くにスーパーに買い物に行くんだろうな。まとめて買えば良いのにスーパーも毎日来られて気の毒だよな。開店時間も早くさせられて」

 旦那様は苛立っているような表情です。

「あのじいさんって」

「暇なんだろうな」

 二人は同時に言葉を吐き出し、お茶を啜りました。


 おじいさんは腕によりをかけて色んな料理を作ります。

「これ作ったから食べてみて」

 今日も朝から買い物してきた食材で晩ご飯を作りました。

 テーブルの上にはたくさんの料理が並んでいます。

 孫娘に息子夫婦、おばあさん、みんな美味しそうに料理を食べています。

 おじいさんは、食事をする家族の顔を見て満足そうにしています。

「ばあさん、後はよろしくな」

 おじいさんはみんなより先に台所を出て居間へ向かいました。

 食事を終えた家族からこんな会話が聞こえてきました。

「もうやだぁ。おじいちゃんの料理食べたくない」

 孫娘が言います。

「おじいちゃんは料理作るのが楽しみなの。だからおじいちゃんの為だと思って食べてあげて」

 息子の奥さんは娘を説得しています。

「だって、まな板汚いし。いつも同じ味だし。お腹いっぱいの時も食べて食べてって言うんだもん。わたしお母さんの料理が食べたい」

「もう少ししたらこの家を出れるから、がんばろう?」

 奥さんは娘を宥めるのに手を焼いていました。

 息子夫婦も食事が終わり台所を出て行きました。

「毎回毎回作り過ぎ……」

 溜息をつきながら台所に並べられた皿を、おばあさんは見つめていました。

 あと二人くらいはいないと食べきれないような量を毎回作るので、捨てる量も多いのです。

「勿体ないけど、捨てなきゃ」

 おばあさんはごみ袋に残った料理を入れました。

 ごみ袋を縛ろうとしましたが思った以上に多くて、もう一枚ごみ袋を使う事になりました。

「あの子達がこの家を出たら私だけでこの家をなんとかしなければいけないのか」

 おばあさんは溜息をつきながら洗い物を始めました。

 最後の茶碗を水切り籠に入れると、おばあさんの目の前を落ちていく物がありました。

 それは、白い髪の毛でした。

「また、抜けた……」

 

 もしかしたら、おじいさんはおじいさんの創りあげた、ちいさな世界のちいさなちいさなおうさま。

 だったのかもしれません。


周りの人は意外と迷惑に思っていたりするようです。

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