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ちいさなおうさま  作者: 福島信夫(ふくしましのぶ)
13/21

ちいさなおうさま12 名ワーカー

お酒は楽しく飲みましょう。

 新入社員は、頭の形を確かめるように頭を触っています。

「いたた! やっぱ、腫れてる」

 左耳の上を触ると、不自然に盛り上がっているのが分かります。

 少し触っただけでも痛みが走ります。

「やられたな。洗礼だ、セ、ン、レ、イ」

 奥の席に座る若い上司は、そんな新入社員の姿を見て笑いました。

「やられたな。って、みんなやられてるんですよね? 僕は、おかしいと思います! こんなの」

 新入社員は口を尖らせています。

「まぁ、気に入られたって事だよ。さ、そろそろ朝礼だな。しかし、アイツ遅刻しないだろうなぁ」

 若い上司は、腕時計に目を落としました。

 オフィスの入口から声がします。

「……ぉはざぁ〜す」

 縦縞のタイトなスーツを来た若い男性が入ってきて、上司や同僚に挨拶をしながら、こちらに向かって来ています。

 挨拶なのか、空気の抜ける音なのか分からない声を出しながら、新入社員の向かいの席に荷物を置きました。

「おう。昨日はどうもね」

「おはようございます。こちらこそ……」

 新入社員は頭をさすって見せましたが、先輩は新入社員の仕草に気づいてはいないようです。


 部長は小さく咳払いをして全員の前に立つと、話を始めました。

「昨日の売上についてです」

 何となくオフィス中にお酒の匂いが漂っているような気がします。

「……でありますから、みなさんの力を合わせて乗り切って行きましょう。ところで、我が社はパーマ禁止なのは分かっているね?」

 部長は新入社員の隣に立つ先輩を一瞥いちべつしました。

 先輩は下を向いて手をもじもじ動かしています。

 今日の日程の確認が終わると、朝礼を終了しました。

「ったく。アイツ俺にガンつけやがってよぉ。ちっとくらい良いと思わね? 客に何か言われた訳じゃねぇし。アイツ転勤してきたばっかりのクセしてよぉ。偉そうで腹立たねぇ? 俺の方がココ、長いんだから仕事分かるっつのな?」

 新入社員の肩に手を置き、部長の立ち去った方向を睨みつけて、先輩は言いました。

「は、はぁ……」

「じゃ、今日の午前中は、外回りだから一服したら行くか。お前も一服しに行くだろ?」

「い、いや、僕、タバコ吸わないんで」

「まぁちっと、付き合えって」

 先輩は、さわやかな笑顔です。

「は、はい……行きます」


 喫煙所に入ると、先輩はポケットから缶コーヒーを取り出し、新入社員に投げました。

「でさぁ。お前彼女とどうなの? え? そうなの? ま、あとはお前の頑張り次第だな」

 先輩は喫煙所にいた人達と話に夢中です。

 一言ごとに必ず短く笑い声が上がります。

 一体何がそんなに面白いのだろうと新入社員は思いました。

 もらった缶コーヒーを飲みながら、先輩の一服が終わるのを待つだけです。

 まわりにはベテランと思われるおじさん達、中には直属では無いだろうけれど上司達。

 おじさん達は煙たそうに先輩達を見たり、目をそらしたりしています。

 新入社員は肩身が狭い思いです。

 右手には直属の先輩方。

 左手には上司達。

 話す内容も思い浮かびません。


 午後になると、先輩が外回りから帰ってきました。

 窓の外を見ると、まだ昼を少し過ぎたばかりだと言うのに暗くなってきています。

 先輩は自分の席にだらしなく腰掛けると、カバンの中身を整理し始めました。

 新入社員はまだ任される仕事が無いので、倉庫に運ぶ物の整理を任されていました。

 重い荷物がたくさんあります。

 資料や収納ボックス、ハサミやペン等がたくさん入った段ボール箱。

 使わなくなった物を倉庫に仕舞って、オフィスの模様替えをするようです。

 新入社員は高校時代、文化系だったので力仕事は全くと言っていい程やった事がありませんでした。

 新入社員が重い荷物の入った段ボール箱と奮闘していると、先輩が近寄って来ました。

「なんだよ、ナヨいなお前。それくらい運べないとな」

 先輩は一度しゃがみ込み、段ボール箱を掴むと、足の力を使って持ち上げました。

「んで、これどこに運べばいいの?」

「あ、えっと、その廊下の突当りに階段があるじゃないですか? あの階段の脇の倉庫です」

 新入社員はオフィスの出口から真っ直ぐに続く廊下を指差しました。

「ああ。あそこね。あっち、あんまり行かないから分かんなかったよ」

 そう言って先輩は段ボール箱を運んで行きました。

 新入社員も軽い段ボール箱を持って倉庫に向かいました。


 倉庫に入ると先輩が重い段ボール箱を降ろすところでした。

「先輩?」

「んあ?」

「午後のお仕事は良いんですか?」

「ああ。今日は午前の外回りだけだったからな。午後は手が空いてっから手伝ってやるよ」

 先輩はこちらを向かずにそう言って、乱雑に置かれた荷物を前に、どう片づけるかを考えてるようです。

「ありがとうございます」

 新入社員は、小さくお礼を言いました。

 しかし先輩には聞こえ無かったようです。


 いつの間にか外は小雨が降っていました。

 新入社員はこの雨の匂いが嫌いではありません。

 深く鼻で息を吸い込むと、体に水分が染み渡っていくような気がします。

 通勤用に買ったビジネスバッグから、おじさん色の折り畳み傘を取り出すと会社のエントランスから歩きだしました。

「とりあえず、明日出て来れば休みか……。先輩、昨日の飲み会の事、覚えて無いのかなぁ。痛かったなぁホントに」

 また、頭を擦ってみました。

 やっぱり腫れています。

 雨が傘を叩く音が次第に強くなって来ました。


「では、新入社員歓迎会をはじめま~す!!」

 司会を担当するのは去年の新入社員だった先輩方の一人で、同じオフィス内でも席が遠くて、まだあまり喋った事が無い先輩です。

 タバコの煙が視界を濁らせています。

 チェーン店の居酒屋の座敷は、歩くスペースが無い程に席が埋まっています。

 見回すと開会する前から、練習と理由を付けてグラスを傾けている人がたくさんいました。

「では、部長からご挨拶をいただきます。部長お願いします」

 上座に座っていた部長はその場で立ち上がりました。

「え~今年は新入社員四名が、我が部署に配属となりました。まだまだ、不景気で売上を伸ばす努力が一層必要な時期であります。新入社員のみなさんも早く仕事を覚えて、この厳しい現状を乗り切る力となっていただきたいと思います。私もこの部署に来て間もないですが、共に頑張って行きましょう」

 部長は短く挨拶すると一礼して座りました。

「部長、ありがとうございました。では、早速乾杯に移りたいと思います」

 全員がグラスを片手に立ち上がりました。

「かんぱ~い!」

「かんぱ~い」

 近くにいる人同士で、グラスを合わせました。

 わざわざ遠くに座る人のところまで行って乾杯する人、グラスを頭上に掲げ、目だけで乾杯する人、全く興味無さそうに一杯目を飲み終える人もいます。


 賑やかな雰囲気になってきました。

 しかし新入社員の四名は固まっています。

「な、なぁ。酒を注いで回った方が良いかな?」

 体格の良い新入社員が言い出しました。

「そうだね。なんかした方が良いよね?」

 新入社員が隣の女子新入社員二人にも声をかけようとしました。

「へぇ~君、俺と同じ高校だったんだ? え、君はあの有名校? 俺の友達がそこ行ってたんだよ! いいねいいね。んでさ……」

 二人の女子新入社員に振り向かせ、その中心にしゃがむようにして、他の部署の先輩がグラスとビール瓶を持って来ていました。

「ダメみたい」

「そうだな、俺たちだけで行くか。じゃあ、俺は向こうのテーブルからやってくるよ」

「分かった。僕はこっちからやるね」

 店員に瓶ビールを持って来てもらうと、先輩方にお酒を注いでまわり始めました。

「は、初めまして。よろしくお願い致します」

「ああ。よろしくな!」

 お酒を注ぐ間はこちらを見る先輩もいますし、話に夢中で、グラスは差し出すけれど、こちらを向かない先輩もいます。


 後三人です。

「よし、もう少しだな。後は、ゆっくり食べていよう。まだ、何も食べてないしなぁ」

 新入社員は心の中で呟くと、背中を向ける先輩の後ろにしゃがみ、声をかけました。

「あ、あの。お酒どうぞ」

「お前の事は知ってる」

 振り向いた顔に見覚えがありました。

 同じオフィスで向かいの席にいる先輩です。

「あ、先輩でしたか。よろしくお願いします。どうぞ」

「おぉ」

 先輩はグラスを差し出し、ビールが注がれるのを見ていました。

「おい」

「は、はい?」

「はい。じゃねぇだろ! 泡ばっかだろが!」

「え? は、初めて飲み会に来たんです……。だから……」

 新入社員がもじもじしていると、先輩はそのグラスを口に運ぶと、一気に空にしました。

「ほら」

「え?」

「いいから持てよ」

 無理やりグラスを新入社員に持たせ、新入社員からビール瓶を奪い取りました。

「こうやんだよ!」

 先輩がビールを注ぎ始めると、初めは全く泡が出て来ませんでした。

 注ぎ終わると指一本分程の泡が乗っています。

「飲めよ」

「いえ、僕はまだ未成年です。お酒はちょっと」

 新入社員はグラスを先輩に返そうとしました。

「ぁあ?」

 先輩の三白眼が新入社員をとらえています。

「いえ、ですから、僕は未成年なんで」

「んな事、聞いてねぇんだよ。飲めって言ってんの」

「で、でも……」

 その時です。

 一瞬クラッとして、先輩の姿がぼんやりと見えました。

 次第に焦点が合っていきます。

「いたいっ!!」

 新入社員は頭から急に痛みが襲って来ました。

 そこでやっと先輩に殴られた事に気が付きました。

 先輩のこぶしは、新入社員の左耳の上にこぶを作りました。

 先輩は新入社員からグラスを奪い取ると、一気に空にしてテーブルに勢いよく置きました。

 新入社員は先輩に抗議しようとしましたが、既に先輩は隣の人との話に夢中になっていました。

「酔っぱらってるあの先輩に何言っても無駄だよ。さ、こっちで飲もうよ」

 司会の先輩がいつの間にか新入社員の後ろに来ていました。

「はい……」

 司会の先輩に(うなが)され、先輩から一番遠い席に腰を下ろしました。

「アイツ酒が入るとホントダメなんだよ」

 司会の先輩は殴った先輩をアイツと呼ぶようになりました。

「みんなやられてるんですか?」

「うん。俺も去年の歓迎会で殴られたよ。これからも飲み会の時は、気を付けた方が良いよ。ほら、今、隣の人と話ているだろ? こんな時に話かけたりしたら『話してんだよ!』とかって言われて殴られる」

 司会の先輩のグラスからは、芋の香りが微かに伝わります。

「で、でも上司の人達が止めてくれたりしないんですか?」

 新入社員は頭を擦っています。

「だめだめ、俺もアイツは怖くて止められないからあんまり人の事、言えないけれどさ。ほら、職場の奥の席でいつも偉そうにしてる奴いるだろ? あの人もビビって注意出来ねぇんだ。普段は人の事バカにしたり、上から目線で話すくせに後輩の注意も出来ないんだからな。それどころか、アイツの機嫌を取ろうとするんだよ。もちろん、他の上司たちも触らぬ神に祟りなしって感じだな。ほら、見てみろよ、上司達はあっちで固まっててこっちに来ないだろ」

 先輩が耳に障る大きな罵声を飛ばしているのが聞こえてきます。

「確かにあれでは、怖いですよね……」

「今日はお前だけ殴られてるけど、いつも誰かは殴られたり叩かれたりしてるよ。だから隣にいる奴はドキドキだよ」

「毎回……ですか?」

「まぁ、でも酒飲んで無い時は仕事もやるし、面倒見が良いとこもあるんだけれどね」

 

「面倒見が良い……か」

 昨日の事が、頭の中で映像になって流れていました。

 新入社員は地下鉄の入口で折り畳み傘を畳むと、ゆっくり階段を降り始めました。


 新入社員はいつもより少し遅く起きてしまいました。

 寝る前に色々と考え事をしていて、寝付きが悪かったのです。

 先輩の酒癖の悪さで次に来る後輩も、同期の新入社員も嫌な思いをしてしまうのでは無いか、殴られて腹も立つし、飲めない自分達も飲む人と会費が同じ事にも腹が立っていました。

 怒りが心の中心にあって、安眠は出来ませんでした。

 カーテンを勢い良く開くと、昨日と違ってとても良く晴れています。

 こぶはまだ少し腫れています。


 朝礼が終わると新入社員四名と数名の先輩方は、会議室に集まるよう指示を受けました。

「で? どうする今度のレク。みんなで決めていいよ」

 先輩が会議の指揮をっています。

「では、ボウリング等いかがですか? 経験者をチームに入れて、不得意な人達とのバランスを取れば、良い試合になるのではないですか?」

 大人しそうな女子新入社員が発言したので、新入社員は少し驚きました。

「あぁ、良いかもな。それでいくか。じゃあ、その後の飲み会についても考えなきゃな。どこが良いかなぁ」

「では、提案があります。ワタクシこの街に知り合いが働く居酒屋を知っています。そこなら安くしてくれると思いますが、いかがでしょう?」

 体格の良い新入社員も意見を述べました。

 チラリと、もう一人のちょっと素行の悪そうな女子新入社員を見ると興味無さそうに髪の毛をいじっています。

「何か他に意見ある人いる? 無けりゃこれで進めるぞ」

 先輩が全員を見渡しました。

「よし、じゃあこれで」

「待って下さい」

 全員の動きが止まったので、新入社員は自分の声が時間を止めたような気がしました。

「なんだ?」

「飲み会でお酒を飲まない人は安くするって言うのはどうでしょうか?」

「は? お前何言ってんの? 飲まないのは、そいつの自由だろ? いちいちそんなのに合わせてたら金の計算面倒じゃん?」

 新入社員は返す言葉も無く下を向いてしまいました。

 先輩は会議を再び終わらせようとしました。

「あと、その……」

「ぁんだよ」

「酒癖悪い人はお酒を飲みすぎ無いようにしてほしいですし、後輩に無理矢理飲ませないで下さい」

 その場にいた全員が凍りつきました。

 新入社員も言ったは良いけれど、まともに先輩の顔を見れません。

「まぁ、確かに年配の人達は絡みがうぜぇの結構いるからな。主催のうちらが良く見ておくしかないかな」

 先輩の反応を見て、みんなが胸を撫で下ろしましたが、一人不満が残った者がいました。

 その一人は不満をぶつけました。

「先輩もです。先輩も酒飲むと酷いですよね? 殴ったり。ほら、ここ見て下さいよ。先輩にこの間の飲み会で殴られて、腫れてるんですよ」

 新入社員は勇気を振り絞って、先輩に意見しました。

 みんな黙ってしまい、重苦しい空気が漂っています。

 先輩は新入社員を暫くの間睨むと机を叩いて言いました。

「よし、会議はこれで終わろう」

 先輩は勢いよく戸を開けて出て行きました。


 新入社員が翌日出勤すると、いつも通り先輩から喫煙所への誘いがありました。

 しかし、ここも勇気を振り絞って断りました。

 一緒に食べたく無いのに「食いにいくぞ」と誘われていた昼食も断りました。

「お前彼女いないんだろ? 女紹介してやるから合コンしようぜ」

 と言われても必要無いと思ったので、断る事にしました。

 しばらくこんなやりとりが続くと、先輩からは用事が無い限り声をかけてくる事は無くなりました。


 職場の活性化を図る為に行われたレクリエーション。

 大成功とまではいかなかったけれど、みんな楽しそうだったので企画したメンバーは大満足です。

 残すは飲み会だけとなりました。


「良いねこの店」

「だろ? 俺の知り合いが働いてるから顔が利くんだ。しかし、この間のお前、なかなか良かったぞ。ナヨナヨしてると思ってたけど、あの先輩に注意するとはね。驚いたよ」

「でも、どうかな? 言った効果あるかな」

「さぁ、上司も手を焼く先輩だからなぁ」

 レクリエーションで同じチームだった人達は仲良くなったようで、各チームごとに盛り上がっています。

 時間が経ち、席を移る人が増えて来ました。

 新入社員も他の席に行って、今まで話した事の無い人達と積極的に話をしています。

「ちょっと良いか」

 気が付くと先輩が隣に来ていました。

「どうぞ」

 新入社員は先輩も座れるように少し動きました。

「お前。この間、俺に言った事覚えてるよな?」

「はい」

「正直、効いたなアレは。あの時な、お前んとこシカトすっか、マジでブン殴るか考えたよ」

「そうですか」

「マジですげぇムカついた。マジボコボコにしてやっかと思ったよ」

「そうですか、それならそれで良かったですよ。これから他の人にやらないなら」

「だからな。アレ言われたからさ、今日は後輩を叩いたりしねぇ。その変わり」

「その変わり?」

「コチョコチョする!」

 そう言うと先輩は他の席へ移動して行きました。

 確かに今日は罵声が少ない気がしました。

 先輩は早速近くの後輩をコチョコチョしています。

「まぁ、これで手を出さなきゃ良いか」

 今日はしっかりと食べる事も出来て、良い飲み会になったと新入社員は思いました。


 あれから先輩が酔って誰かに迷惑をかけるという話を聞かなくなっていました。

 新入社員も仕事が任されるようになって、毎日が充実したものになっています。

 会社を出ると街灯が点く程に暗く、スーツだけでは少し肌寒い感じがしました。

 仲が良くなった体格の良い新入社員と、今日の飲み会会場へ向けて歩きだしました。

 ほぼ一番乗りで、会場に到着しました。

「入社して半年かぁ。早いな」

 体格の良い新入社員と二人で角の席を取りました。

「それにしても飲み会、多いよねこの会社」

「だな、転勤が多いから仕方ねぇのかな」

 今日は転勤者の送別会です。

 会社での飲み会のほとんどが、送別会や歓迎会です。

 なるべく、面倒な人の隣にならないように早めに来て席を取りました。


「誰か乾杯やってくれないか?」

 誰も手をあげません。

「あ、お前ら二人でやってくれないか?」

 幹事役の若い上司がこちらを見ています。

「どうする?」

「やるか」

 仕方なく二人で乾杯の役をこなすと、後は食べる事に専念しました。

 酒を飲まない自分たちが、損をしないようにお腹いっぱい食べてから、酒を注いで回るようにしました。

 二人が酒を注いで歩く頃には、出来上がった人も多く、全員に注げない事が度々ありました。

「そう言えばあの先輩、久しぶりの飲み会だって言ってたよな。どこの席に……あ、いたいたあそこ」

 体格の良い新入社員が指を差した先に、一年上の先輩達のグループがいました。

 その間にねじ込むようにあの先輩が座っています。

 先輩のすぐ隣には歓迎会で司会をしていた先輩が座っています。

 グループ全員の顔が少し迷惑そうな事に新入社員は気づいてしまいました。

「あ!」

 新入社員は思わず声を出してしまいました。

 歓迎会で司会をしていた先輩が叩かれました。

 大きな声で罵声を飛ばしてはいませんが、グループの何人かはあっと言う間に犠牲になってしまいました。

「……だ。おめぇらはよ……。ぁあ? バカかおめぇ」

 先輩の罵声です。

「全然変わってないんだね、あの先輩……」

 新入社員はガッカリして俯いてしまいました。

「最近までは大人しかったのにな。今日は先輩にとっては久しぶりの飲み会だし、お前が注意したから俺らに手を出せなくなったからな。で、一つ上の先輩達に標的を戻したのかもな」

 体格の良い新入社員は、新入社員の肩に手を置きました。

「お前は殴られても折れない石あたまだけど、あの先輩は何をしても傷が付かない石あたまだな」

「いつかあの先輩は痛い目に合うだろうね」

「だな、きっとな。そういえば仕事が出来る人を名ワーカーって呼ぶらしいんだ」

「へぇ。そんなの初めて聞いたけど?」

「ウチの職場で使っていた言葉らしいからな。だが、あの先輩は迷惑をかける人だから迷ワーカーだな」

「うまい事言うね」

 二人はクスクス笑うと、残っていた料理を食べる事に専念しました。


 もしかしたら、先輩は先輩の創りあげた、ちいさな世界のちいさなちいさなおうさま。

 だったのかもしれません。

 

人はそう簡単には変われませんよね。

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