とある一夜の“こわい”話
タイトル通り“こわい”話です。
恐らく“こわい”と思えると思います。
満月が雲に隠れて月明かり一つ差し込まない真っ暗な夜。何の変鉄もない一軒家。その家の中のリビングにて、集まっている現役高校生達が円になって座っていた。窓はカーテンが閉められていて、明かりは円の中心に淡く光る蝋燭が一本だけだ。
「それじゃ、夏の定番中の定番である“こわい”話を始めたいと思いますが……皆さん、ネタはちゃんと整っていますかね?」
司会進行らしき一人の男子高校生が蝋燭の明かりを顔にわざとらしく当てて不気味にニヤリと笑う。司会の少年の返答に皆は「無論だ」と言わんばかりに首を縦に振っていた。一人の女の子を除いてだが。
「ね、ねぇやっぱり止めない? こういうの止めようよ? マジで心霊的な何かが寄ってくる可能性とか聞いたことあるよ? 洒落になってないよね? ね? ね?」
「怖いなら俺の部屋で一人寝てなさい。参加は強制じゃないんだぞ。それか大人しく家に帰るも良し。好きにしなさい」
「こんな夜に一人で出たくないよ! 一人で部屋で寝てて、もし何か出たらそれこそ怖いよ!」
「なら我慢するんだな。とりあえずお前は黙って話を聞いてたら良いさ。さて……集まった人数はこの怖がり女の子を除いて三人だ。思ってたより参加してくれる奴がいないことに怖くて思わず泣きそうだったが……まぁ始めようか」
「ではまず僕から話をしましょう……」
司会少年の正面に座っていた眼鏡をかけた知的な少年が、眼鏡をクイッと指先で上げてキラリと怪しくレンズを光らせて不気味に笑い、開幕一番の話を始めた。
~※~
とある一人の大学四年生の少年がいた。彼は親から離れて一人暮らしをしていた。彼女がいるわけでもなく、かといって親しい友達がいるわけでもない。とにかく、一人でいることが多かった。
朝に家を出て大学に通い、昼間に家に帰ってきて、夜にバイトに出て地道にお金を稼ぐ。そんな平凡な毎日を彼は過ごしていた。
彼は文句の一つも言わずに時を過ごしていた。しかし、一方的に溜まっていくストレスを解消する術を持ってはいないため、精神的に病んでいく一方だった。
リラックスしたい。楽になりたい。誰かと話をしたい。 様々な願望が頭の中に思い浮かぶも、彼は積極的な人間ではなかったために、それは妄想だけで全て終わっていた。
―――何故僕ばかりこんな目に……
自分という人間が嫌いだった。これといった得意なこともなく、平均よりも底辺に所属しているような、そこにいてそこにいないような存在である自分自身が。誰からも必要とされずにひっそりと生きる。寂しいことこの上無かった。
しかし何もしない彼は何かが変わることはなかった。漫画や小説のように、ある日に異世界に召喚されて冒険することになるファンタジー的な展開も、ある切っ掛けを境に可愛い女の子と親密になる恋愛物語のような展開も、何も起こることはない。
代わりに彼に現れていくのはリアルな現実。周りに誰もいない孤独な日々。日にちに迫ってくる就職への関わり。それを失敗するかもしれないという可能性が彼を不安にさせる追い詰められた状況。何もかもが彼をダメ押ししていき、肉体も精神もズタボロに引き裂いていくかのようだ。
~※~
「そうして社外に追い詰められた彼は日に日に絶望していき、やがてこの世に生きる意味が分からなくなり、いっそ安楽死したいという気持ちが高ぶっていく。あぁ……なんて怖い現実なんでしょう…………」
そして最後に眼鏡の少年が息を吹いて蝋燭の火を消した。
「いや何か違うゥゥゥゥ!!!」
怖がり少女は思わず叫んでいた。しかし司会の少年は一人納得したようにウンウンと頷いて笑っていた。
「いや~、怖いねぇ。自然と背筋が凍り付いてしまったかのようだわ」
「いや怖いけども!! 凄く怖いけど違うよねこれ!? 夏の風物詩の怖さの欠片も感じさせない怖い話だよね!? 全然方向性が間違ってるよね!?」
「うるせーなー、夏の風物詩=心霊恐怖だなんて思うなよ? “こわい”という感情は十人十色に出来てんだよ。ヒュ~ドロドロ~な“こわい”はもう時代遅れなんだよ。流行に取り残されてんだよ」
「取り残されてるのは君だ!! 怖い話をするならもっと真面目にやろうよってば!? ジャンルで『ホラー』になってるんだから、ここまで読むと単なる詐欺だよこれ!? ホラーでも何でもないよ!? ただ暗い社会の現実を叩き付けられてるだけだよ!?」
「ハイハイ分かったよ、“ホラー”な話をすれば良いんだろ? んじゃ、頼むわ」
「任せとけ。とっておきの“ホラー”な話を聞かせてやるぜ」
再び蝋燭に明かりが灯され、眼鏡少年からバトンタッチし、今度はトサカ頭の少年が話を始めた。
~※~
「足下気を付けろよ姉ちゃん」
「はいはい分かってるわよ」
夜の暗い森の中を進む二人の人影があった。見たところ、高校生の姉弟のようだ。足場が悪く、木で満ちている道を静かに歩いていた。
彼ら……いや、弟の彼は、とあることに興味を持っている変わり者だった。
心霊的な噂を聞くと、彼は必ず現地に向かって調査を行うのだ。例えば、井戸から生えてくる血だらけの手とか、夜な夜な廃墟の建物から聞こえてくるすすり泣き声とか、そういう非現実的な関係に興味を示す、それが彼の性分だった。
そして今回の心霊調査は『森の中にある小屋の中から聞こえる物音』であった。これも有名な噂として広まっており、彼は相方である実の姉を引き連れてやって来ていたのである。
しかし、心霊にワクワク感を抱いている少年と相対し、姉は全く期待することもなく、かといって怖がる素振りを見せることもなかった。その原因というのが、今まで何度も振り回されてきた姉だが、どれもこれも心霊でも何でもないオチで終わってしまっているのだ。
「どーせ今回もハズレよハズレ。良い歳なんだからそろそろオカルトから卒業しなさいよね」
「何言ってんだ姉ちゃん。現実はこの目で見ない限り真実を知ることなんて出来ないんだぜ? もしかしたら今回こそ当たりかもしれないだろ? 子供の内にもっと純粋無垢に夢見ようぜ」
「ハァ……アンタと付き合ってたら夢の見すぎで何が現実なのか分からなくなりそうよ」
呆れの溜め息を吐きながらも姉は足を止めることなく少年の後に続いていく。何だかんだ文句や愚痴を言っても付き合っているのは、心の何処かで無意識に期待しているからなのか、それとも弟との付き合いを大事にしているのか、それは本人にしか分からないことだ。
それから、しばらくして彼らはようやく現地にたどり着いた。視界の向こう側には木製でボロボロになった、いかにも何か居そうな気配や雰囲気を醸し出している小さな小屋があった。
何の理由で作られたのかは分からないが、少なくともその小屋はもう誰にも使用されてはいないようだ。
「ほらほら、期待できそうじゃない? もしかしたら当たりかもよ?」
「いや、絶対ハズレだと思うけどね私は。さっさと確認して帰るわよ。夜中に家抜け出したこと、お母さん達にバレないようにスニーキングミッションしないといけないんだから」
「分かってます分かってますって。それじゃ、まずは聞き耳をたてて……」
彼らが小屋の前までやってくると、少年は入口のドアに耳をつけて確認する。
―――ガタッガタッガタッ
聞こえた。噂の通りに確かにそれは聞こえた。風の影響で鳴った物音だろうと普通は判断するだろうが、生憎風は吹いていないためにそれはありえない。つまり、やはりこの小屋には“何か”がいるのだ。もしかしたらそれは心霊的な何かなのかもしれない。
「ほら、聞こえるぜ物音。ヤバくね? とうとうこの日が来たんじゃね?」
確証を得た少年は瞳をキラキラと輝かせるが、後ろに棒立ちしている姉はじっとりとした目付きで萎えている様子だった。
「……ハズレね」
「いやいや分からないでしょまだ?」
「ハァ……なら開けてみなさいよ。そしたら現実が見えるだろうから。まぁ、オススメはしないけど」
「よし、勢いは大切なこととして……そいっ!」
――バタンッ!
少年は期待を胸にそのドアを勢い良く開いた。そして最初に視界に飛び込んできたのは……二人の人影だった。
一人が下になり、もう一人が下の人に馬乗りになっている。そして、その二人は息を荒上げながらギシギシ物音をたてて腰を激しく振っていた。暗闇でも分かるくらい頬を赤くさせていて、快楽余りに涎が薄れて見えた。
現実を見た少年はお盛ん中の男女に気付かれる前にそっとドアを閉め、そして無表情で後ろに立っている姉を真っ直ぐに見つめた。
「…………」
「“ほらー”だから言ったでしょ?」
「…………ハイ」
~※~
トサカ頭の少年が最後に息を吹き、蝋燭の火を消した。
「“ホラー”な話ってそういう意味ィィィィ!!?」
またもや怖がり少女は思わずそう叫んでいた。そして隣に座っている司会少年はお腹を抱えて必死に笑いを堪えていた。
「それある意味怖いな……ぶぷっ……色んな意味で“ホラー”な話だな……ぶくくっ……」
「つーかこれ“こわい”話じゃなくて“ひわい”な話でしょーが!! 君達は一回『ホラー』という単語を調べて来い!! その前に改めて日本語勉強して来い!! 何コレ何なのコレ!? もう全然ホラーもクソも感じさせやしないよこれ!? このままだとホラーじゃなくてコメディで終わるよコレ!? 前代未聞だよコレ!?」
「“ほらほら~”そう怒りなさるなってば……ぷっ……」
「もう良いよそれ!! 凄い腹立つよそれ!! ある意味でトラウマになるわ!! お願いだから今度はちゃんと話そう!? 方向性を変えていこう!?」
「何だかんだ言って一番ノリノリじゃんお前。しょうがない……ならそろそろお遊びはここまでにして、俺が直々に“こわい”話をしてやるよ。二つあるけどまずは軽いジャブとして簡単な話からしよう」
コホンと一度咳をたてると、司会少年は蝋燭に火を付けて頬杖をつきながら語りを始めた。
「俺の叔母さんって実は北海道出身なんだけどさ。前に俺、その叔母さんの家に遊びに行ったんだよね。そしたら叔母さん、凄い働き者だということが判明してさ。いくつものパートやアルバイトを掛け持ちしてたんだよね。でもそんなに忙しくて休む暇がないと身体が自然と疲労していくわけなんだよ。そのせいで叔母さんが良く言ってたんだよね。『最近“こわい”のよね~』って」
そして司会少年が蝋燭の火を消した。
「それただの方言でしょーがァァァァ!!!」
どういうことかというと、北海道の方言で“こわい”という言葉は、恐ろしい意味の“こわい”だけでなく、体調が悪いことを方言で“こわい”と言うのである。
「な? “こわい”話だろこれ?」
「だから“こわい”の意味が違うんだってば!! 怖さ余りに阿鼻叫喚するような、そういう“こわい”話をするのが正しいんだってば!!」
「わーってるって。今のは、ほんのジャブって言っただろ? これから俺の本気を見せてやるさ。覚悟しろよ皆。その“こわさ”に思わず涙を流してしまいそうになる程の内容だからな。そんじゃ蝋燭に火を付けてと・・・・・んじゃ話すぜ。心して聞け」
~※~
少年と少女の二人は幼い頃からいつも一緒だった。幼稚園に入る前に親の繋がりで知り合い、馬が合った二人はすぐに仲良しになった。
それから、同じ幼稚園に通いながら毎日二人で遊んでいた。どんなことでも一緒に体験し、楽しむ時は目一杯楽しみ、悪さをすれば親達からこっぴどく怒られて泣いていた。
小学生、中学生と時が経過していっても二人はやはり基本一緒にいた。しかし、中学生にもなって男女が常に一緒にいれば、それは友達と言うよりは恋人に見えてしまうのが世の摂理。それに反抗期の時期の影響も合ってか、少年は周りの視線を気にして少女と距離を取ってしまっていた。
だが、それでも少女は少年と一緒にいた。引き離されても何を言われても笑顔で後を着いていく。そうしている内に慣れてしまったのか、少年は少女と共にいることに羞恥心を感じることがなくなり、また仲睦まじい関係に戻っていた。
そして高校生になった頃だった。少年が少女に自分の気持ちを告白した。お前の事が好きだと。愛していると。少女はオウム返しをするように同じことを少年に告白した。私も君のことが好きだと。子供の頃からずっと好きだったと。そして二人はようやく恋人関係になることができた。
手を繋ぎながら色んな所に行ったり、親密な関係を見せつけるようにご飯を食べさせ合ったり、とある夜にはお互いの気持ちを確かめ合うように性行為も交わしていた。
これからも二人は一緒。本人達も周りの目からもそう見えただろう。
しかし……この世は理不尽で満ちているところが多く見える。それは、二人の永遠の幸せを奪い去ることだって例外ではなかった。
何の因果なのか、高校を卒業するという時期に少女が不治の病に掛かった。治療方法は無く、天国に旅立つ日は遠くないとさえ言われてしまった。
そして、時が過ぎるのは早いもので、宣告された余命の日がとうとう訪れてしまった。
少女は一人部屋の病室に寝ていた。少年がその場所までやって来ると、親や看護師をはね除けて少女の元に寄り添い、手を握った。
少女の手は既に氷のように冷たかった。目も虚ろになっていて、呼吸のリズムも一回一回が浅くなっている。目は開かれていても何も見えないようで、少年に触れられた瞬間から少年の存在に気付いていた。
――渚!! 渚!!
少年は泣き喚きながら少女の名前を何度も呼んだ。対する少女は何も言わずに、ただ力無くニッコリと微笑むだけだった。
少女の目から一滴の涙が頬をつたる。もっと一緒に居たかった。もっと少年と色んなことをしたかった。結婚して家庭を築き、子供達に囲まれながら幸せな時をいつまでもいつまでも過ごしていたかった。
でもそれはもう叶わぬ願い。今この瞬間が少年との最後の一時。ならば最後に……と、少女は少年に掠れた声でお願いをした。
『最後に幸せな思い出が欲しい』と。
少年はやるせない気持ちになるも、最後の願いを叶えるため、少女にそっと口付けをした。触れるだけの優しいキス。それを最後に少女は言葉を交わした。
―――例え離れ離れになっても……私は貴方のことを忘れないよ……きっと生まれ変わって貴方に会いに行くから……その時まで……
―――さようなら―――
それが少女の最後の言葉だった。少女の手が少年の手から抜け落ち、そっと息を引き取って天国に旅立って行った。少年の泣き叫ぶ声を背に聞きながらも少女は振り向かずに天に行く。いつかまた少年と出会い、恋をするために。
~※~
ポタリポタリと涙粒が蝋燭の火に当たって消化された。
「グスッ……な、泣けるってそういう意味!?……グスッ……これの何処が“こわい”話!?……グスッ……」
話を聞いていた皆が揃って涙を流していた。怖がり少女など号泣して顔が涙と鼻水でグチャグチャになっているくらいだ。しかしそれ以上に語り手だった司会少年の方が号泣して滝のような涙を流していた。
「こ、これはなぁ……グスッ……死んで離れ離れになっても……グスッ……お互いの愛を一生忘れないという……グスッ……“こわい”くらいに強い想いで結ばれているという話だァァァァ!!」
「だから方向性が違うわァァァァ!!! どんなオチだァァァァ!!!」
こうして、彼らの“こわい”話は“こわい”くらいに涙を流すことで綺麗に幕を閉じていた。
ホラー小説家の皆様に一言。マジで申し訳ありませんでした。