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西野美弥に服を着せている自分がいた。
コートではない。ちゃんとした服だ。生活資金とは別に貯金していたお金を下ろして買った。盗んだものではない。買い与えたものだ。……まあ誘拐で稼いだ金であるから、違いなんてないのだが。
白木丘の隣町でアパートを借りた。
家賃が一月五千円。その安さの原因は、窓ガラスがないことと、最寄りの「バス停」まで徒歩で二○分かかるという交通の便の悪さ、それから玄関の立てつけが悪く、そのせいで隙間風が絶えないという点にあった。不良物産。これ以上はないほどの不良物産である。
西野美弥はまだ目を覚まさない。
「これは、百万円といわず一千万円くらい貰わないと割に合わないなあ」
嘯くように呟いて、西野を見るも彼女はまだ寝息を立てていた。よっぽど疲れていたらしい。それがどうしたって話ではあるが。
ペラいせんべい布団を畳に敷いて、西野を寝かしつけた。これも商店街でたたき売られていたものを更に値切って購入したものであった。ベッドなんておけるスペースがないし、羽毛布団なんて買ってやる義理も無い。せんべい布団で十分だろう。
一千万円は言い過ぎにしても、西野の親からは五百万円くらいは取らないと気が収まらない。どうして俺がこんなガキの面倒を見なければならない。それも父親の振りをしつつ、だ。ふざけるな。金を受け取る際に母親でも父親でもいい、顔面をぶん殴ってやる。
問題はあった。
西野美弥が両親から疎まれているということだ。
父親は彼女を虐待しているようだし、母親は西野美弥に興味がないらしい。誘拐されてこれ幸いと、誘拐犯の思うがままにさせたのだ。まあ俺だが。
つまり西野美弥を返してほしいと思わない限り、西野父、西野母は、五百万円などという大金を用意するわけがないということなのだ。
あるいは西野美弥を返してもらわざるを得ない状況に追い込めばそれでも良い。
だがその方法が思い浮かばなかった。こちとら誘拐一筋、たまにしがない窃盗や万引き、食い逃げをする程度なのだ。そもそも親の気持ちからしてわからない。親はどういうとき、子供が愛しく感じるのだ。まさか西野に聞くわけにもいくまい。
とりあえずはまず、西野家について調べることが先か。
部屋の隅々をチェックしていた手を止めて、窓を開け放つ。鈍銀色の窓枠だけの、エアガラス窓だ。開けてから窓ガラスがはまっていないことに気付いた。
部屋は、窓ガラスがついておらず、雨やら風やら雪やらが筒抜けの通り放題であったにもかかわらず、それほど傷んでいる様子はなかった。正方形の部屋で、玄関を開けると六畳の部屋があって、玄関側の壁に小さなシンクとキッチン……的な……機器?
右側の壁には押入れがついていて、左側には窮屈なユニットバス。かろうじて風呂トイレは部屋についているがそのほかの面で最悪なので家賃は安い、と聞いた時に、一秒も迷うことなく飛びついたのだった。
不動産に行き、冷蔵庫を買い(電気屋で一番安くて小さいものを購入)、それから卵とウィンナーと無洗米、皿を買って、レジで箸とスプーンをもらい、それから二枚で五百円にまで値切ったせんべい布団を持ち帰り、と、日中すべてを費やして家の鍵を開けた時はもう、時計の短針が七を回っていた。西野美弥はこれでもう、大体丸一日眠っていたことになる。そろそろ睡眠導入剤の分量を間違ったのかなと、不安になってきた。ポテトサラダにしか盛っていないから、当然少量だけしか西野の体の中に入ってはいないはずなのだが。
西野の頬を叩く。
赤くならないギリギリの強さで、バチンと良い音がした。
「……ん」
「起きろ」
反対側の頬も張ったが起きないので、両肩を掴んでがくがくと首を揺する。
「おいこら起きろ。不安になるでしょうが」
睡眠導入剤の分量のミスとか、睡眠薬に比べるとまるで比較にならないが、俺だって別に睡眠導入剤の一から十までを理解しているわけではないので、このまま目を覚まさなかったりしたら怖い。
自然、西野の頬を張る力は強くなった。
寝ている童女の頬を全力ではたく鬼畜の姿がここにあった。俺である。
もう幾度目になろうか、西野の頬がうっすらと赤みを帯び始め、だがそれでも目を覚まさない彼女に再度手を振り下ろそうとしたときである。
西野の目が、ぱっちりと。
両目共に。
見開かれた。




