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白木丘女児童誘拐事件  作者: たしぎ はく
プロローグ
4/18

3

 西野を連れて拠点であるラブホテルに帰る。

 小学五年生をいかがわしい行為をすることが目的で作られたホテルに連れ込む怪しい成人男性の姿がそこにあった。俺である。

 性的な意味でいかがわしい行為をするつもりはさらさらなかったが、法律的な意味でいかがわしい行為をするつもりは断然あった。


 今日はホテルに泊まるぞ、汚いし臭いけど一晩我慢してくれ。

 西野にそう言うと、彼女は笑顔を見せて、こう返した。

「私はお父さんにどこかに連れて行ってもらえただけで嬉しいです。お父さんが寝ろとおっしゃれば、そこが真冬の公園でも海の中ででも眠ります」

 大袈裟だな、とは思ったが、別に困りはしないので良しとする。

 少し仕事の電話があるから待っていてくれ、と特に拘束もせず西野を部屋に放置して玄関に腰を下ろす。お前はシャワーでも浴びてろ、とも言っておいたが、よく考えたら西野は着替えを持っていなかったような――まあいいか。俺の知ったことではない。 

 西野がシャワーを浴び始めた水音を確認してから、携帯電話を取り出して、彼女の持ち物の中から失敬しておいた緊急連絡先の電話番号にかけた。

 安っぽいコール音の後、電話はすぐにつながった。

「もしもし、こちら児童――」

 間違い電話だったのでろくに返事もせずに通話を切る。そして紙に手書きされた電話番号と、携帯電話の画面に表示されている番号を見比べ間違いがないことを確認した。紙にはこの電話番号だけが書かれている。

 困った。家に電話することができない。

 先程ランドセルを弄った時に確認したところによると西野美弥、彼女は家の電話番号を持ち歩かないタイプの人間らしかった。せっかく向こうが誘拐に気付かないパターンでここまで運んできたのに、家の電話番号を教えろなんて言ったらすべて水泡に帰してしまう。

 だから親戚のお兄さんパターンで事を運びたかったというのに。父親が自分の家の電話番号を聞くより、親戚のお兄さんが聞くほうがいくらか自然といえるのだ。

 とりあえず今このタイミングでの電話は諦め、一度部屋に戻ることにする。鳥瞰するとちょうど「中」のような形をしている部屋で、下に伸びる棒が玄関、右半分がシャワールームで左半分はベッド、申し訳程度に床ものぞいている。

 ドアは玄関と、玄関からシャワーやベッドがあるスペースを区切る位置に設置されていた。そのうち奥の扉を開けて部屋に入ると、まず俺の目に飛び込んできたのは、この場にそぐわない――ああ、いや、ここがラブホテルであることを考慮すれば果てしなく場に似つかわしいカラー、肌色。肌の色。

「あ?」

 間抜けな声が漏れた。

 は? と声が続く。そこで思い出した。そういえば西野美弥は着替えを持っていないのだった。

 それならそれで来ていた服を着ればいいものを、どうしてこいつは何も着ていない。

「ん、あ、お父さん」

 気配で俺が入ってきたことを察したか、西野が顔を上げた。いや、ドアの開閉音か。

「どうして、服を」

 金さえあれば大抵のことはできるものだ。たとえば女は買えば良いし、男どもの裸は銭湯で見られる。だがしかし、西野くらいの年齢、羞恥心を覚え始め、めったに人前で肌を晒さない、かつ金で買うことができないような年齢の童女の裸を見るのは初めてであった。別に欲情するとか、そういうことではない―-ただ単に戸惑いを隠せないでいるだけだ。

「服を着ていないんだ」

 家の電話番号をどうやって聞き出したものかと考えあぐねていたのだが、ある程度まで考えていたことがすべてすっ飛んでしまった。

 かわりに単純に疑問の声を発してしまった。

 西野は何の衣服も身に着けていない。小学校の制服から下着まで、完全に身に着けていなかった。

 もし誰かがこの状況を外から見ていたとしたら、誘拐という事実を差し引いても完全に、俺のギルティである。

 裸の童女とラブホテルで同じ部屋にいるおっさん――なるほどなるほど。現在の状況を客観的に確認して納得する。誘拐犯で良かったと。金のための誘拐犯で良かったと。アリスコンプレックスの誹りを受けるのは勘弁である。誘拐犯の誹りも御免こうむりたいが。

 とにかく目の保養にもなりやしない、貧相な童女の裸を放置しておくのは何の得にもならないので、服を着ろ、と命令する。これくらいの粗暴さは許されてしかるべきだ。娘の裸が恥ずかしい父親を意識して、目をそらすという細かいところにまで気を使ってから、西野が盲目であることを思い出す。

 両目が見えないのに、よく見知らぬ場所でシャワーを浴びることができたな。会話の端々から推測するに、生まれてからずっと見えないようだがそれが要因だろうか。見えないのが当たり前なのだ。

 彼女の両目はずっと閉じられている。そのことを差し引いても可愛らしい容姿をしており、数年後を期待するに十分だったが、そのことだけが残念だった。

 ……うむ。裸の童女を放置してこんなことを考えている場合ではなかった。

 腕にかけていたコートを放り渡し、着ろと短く命じた。

 目を見張るような速度で服を着終えた西野に再度問うた。

「どうして服を着ていない」

 困ったように首を傾げられた。

「着ていた服はどうした」

 はにかまれる。

「…………」

 ベッドに寝転がった。それから、どうぞ、ってなにがどうぞだ。なにをどうぞだ。

 おいどういう意味だ。何か説明をしろ。

 終始西野のペースで非常にやりづらい。目が見えないくせになんとしたたかな。むしろ目が見えないからこそしたたかなのか?

「怒らないから俺の質問に答えろ」

「怒らないのですか」

「いや怒らないよ」

 何に対して怒るというのだ。

「まず着ていた服はどうした」

「はい。シャワーを浴びた後体を拭くのに使いました」

「え」

 素の反応を返してしまった。

「は?」

「はい」

 それが当然とでも言うかのように頷いた西野を見て、なるほどそうかと思いついた。

 シャワーすぐそばの、これ以上ないほど簡易で、あくまで一応といった様子でつけられた洗面所兼脱衣所の戸棚を開けて中を確認する。なんだこのホテルは。タオルの一枚も用意されていないじゃないか。この分だとお湯が出るのかも怪しい。

 西野のところに戻り、無遠慮に髪を触る。冷え切っていた。なるほどお湯すら出ないらしい。まあ、水でも出るだけマシか。

「それで、着ていた服はどうした?」

「軽く脱水した後畳み、ビニール袋に入れてからランドセルにしまいました」

「なるほど。下着まで体を拭くのに使ったのか?」

「シャツとスカートでまず体を拭きましたが、髪を完全に乾かすことができなかったので、やむを得ずパンツとブラも使い髪を乾かしました」

「……なるほど」

「お父さんは下着がありのほうがお好きでしたか」

「…………ごめん意味が分からない」

 なるほどなるほど。まるで納得できなかったが、彼女が人を煙に巻くことが相当得意であることは分かった。あと自分がとっさの状況でまで演技を続けられるほど人を欺く技術に習熟していないことも。

「まあそれはもういい」

「はい」

 頭痛がしてきた。

「服は後で用意する」

 昼間行った商店街で、適当にくすねてくれば良い―-いや、別に、こいつは家に返すまでこの格好でも良いのではなかろうか。外に出るときは寒いかもしれないが、部屋にいる間はそれなりに温かいのだから。この部屋はお湯が出ないクセに暖房だけはやたらとキく。設定温度が「20℃」で風量を「静か」にしているというのに、汗ばむような温かさなのだ。

「だから今はそれで我慢しろ」

 裸に、男物の皮のコートを羽織っただけの状態でも全裸よりはマシだ。丈も太ももくらいまであるし、寒さもかなり防げるはずである。

 視覚的には大変なことになったのだが、俺は乳臭いガキにまで覚えるほど性欲を持て余してはいないので、特に何を思うこともない。ない。

「わかりましたお父さん。今日はコートを着ながらですね」

「いや……うん、まあ、うん。コートを着ながら生活してくれ」



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