07:夕餉への誘い(2)
「ところで、本題は」
ダニエルの問いには答えず、むっつりとした顔のままでレオナルトはしれっと話題を変えた。ダニエルも追求はしなかったがその笑みはより深くなる。
でもなァ、と次に口を開いたときには打って変わり不満げな表情になっていた。
「本題って何だよ。一緒に夕飯食おうぜって誘う以外に、別の理由でも用意しておかなきゃなんねェのかよ。イヤだねー、疑り深いヤツは嫌われるぜ?」
「嫌われても結構だ。無いなら俺はこれで帰る。飯も食い終わったことだしな」
冴え冴えとした青灰色の瞳で一瞥して、懐から貨幣を数枚取り出しテーブルの上に置いた。多分、本当に『本題』がなければレオナルトはここで帰ってしまうのだろう。エリノアに求められているわけでもないし、そうだとしてもそんなものの持ち合わせはない。エリノアはダニエルの顔を窺うと、難しい顔で麦酒を喉に流し込んでいた。
飲み始めたときの呷ったあとの心地良さは感じないらしく、難しい表情のままグラスをテーブルに戻す。
「そろそろ話すべきか」
「いい頃だろうな。今更躊躇うのか」
「躊躇いはするさ。だが必要だ」
目の前で交わされる会話に、エリノアは完全に置いてきぼりだった。その癖、二人の視線はときたまエリノアへと注がれる。邪魔に思われているようではないのがせめてもの救いだ。
果実水をちびりちびりと飲んで喉を湿らせながら、居心地悪そうにエリノアはじっと二人の出方を待っていた。ややあって、レオナルトが決心したように口を開く。
「いいか、エリノア。これから言うことは誰にも口外するな。勿論、お前の兄にもだ」
どうして、という言葉は声にならなかった。その言葉で義兄が信用されてないことに気づき、エリノアは動揺を隠せなかった。確かに仲が良いそぶりを見たこともなかったが、こうもはっきりと告げられると物悲しい気持ちも胸に広がる。それと同時に、彼らが信用していないヴィクトールの義妹であるエリノアに、秘密を約束させるような話をここで持ち出すものだろうかと訝しむ思いもあった。それも素性の分からぬ人間が大勢いる場所で、だ。
こういうところの方が話は喧騒に紛れやすいのだと、怪訝な表情のエリノアの意図を一部ではあるが、汲んだダニエルが補足した。
「まずは一つ目」
少しだけ声量を落とし、ダニエルは続ける。
「西の山脈にブラックドラゴンが出たという噂がある」
エリノアは軽く目を瞠ったが、レオナルトは既に知っている情報なのか無言で目配せし先を促した。
「近日中に命令が通達される筈だ。任務の内容は、噂の真偽を確かめること。そしてそれが真実であるならば、『捕獲』すること」
レオナルトとエリノアは揃って眉を顰めた。これはレオナルトも知らない情報だったらしい。
「討伐ではないんですか?」
エリノアは素直に疑問をぶつけた。
「討伐じゃあない。あくまでも『捕獲』が第一、だ。万が一殺してしまった場合は、その限りではないようだがな」
討伐ですら犠牲が出ることもあるというのに、殺さず生かしたまま捕らえるのは更に困難を極める。エリノアが口を噤んだのを見て、ダニエルは更に話を進めた。
「捕獲に向かう隊はかなりの規模になる。特殊な編成を組まれているようで、エリノア、お前の名前も名簿にあった」
「私、ですか?」
更に怪訝な表情を深くして、エリノアは訊き返していた。それ以上に眉間に深く皺を刻んだレオナルトが、苛立った声を吐き出した。
「入隊したばかりの人間を其処に入れるのか。編成を考えた奴は何を考えている」
「俺の見間違いでなければ、確かにお前の名前は名簿の中にあった。編成を組んだのは誰なのかまでは調べがついていない。編成の意図も明確にはなっていない。通達は、元帥の命令ということになっているようだがな。とりあえず捕獲の理由は明確にされている」
「リムデルヴァへの牽制か。だがドラゴンなど思うように操れるわけではないだろう」
「ご明察だな、レオ。如何にして利用するのかは知らん。幾つかの線は探っているところだ」
言葉を切り温くなった麦酒を一気に呷りグラスを空にすると、ダニエルは店員を呼んでもう一杯、麦酒を頼んだ。レオナルトは付き合うように、同じく麦酒のお代わりを伝える。レオナルトはちらりとエリノアのグラスを見たが、淡い色の果実水はその半分も減っていなかった。
酒場の喧騒の中にあって、この三人のついたテーブルだけに沈黙が降りていた。頼んだ飲み物がテーブルに置かれ、店員が去ってからようやく、ダニエルが口を開く。
「もう一つの情報も、リムデルヴァ絡みと見て間違いない。此方は、南のアディクト地方の視察の話だ。リムデルヴァが動いたという話も噂の域を出ないが、確かにその話も出ている。曰く、南方の国境付近に兵を集めている、という話だ」
アディクト地方は西のリムデルヴァ王国と南の湖水地方諸国連合に挟まれた、ラグジエント王国の南西に位置する地域のことだ。確かに、リムデルヴァが動いた「らしい」という話はエリノアの耳にも噂としては届いている。その噂はどこで聞いたのか思い出せなかった。恐らくお喋りな同期達が話しているのを小耳に挟んだかしたのだろう。兄の口から聞いたものでないことが確かであるだけだ。
「視察は名目上の話だろうな。視察に向かう隊の名簿は俺が既に確認している。……功績のある者が含まれた隊が意図的に選出されている印象を受けた。シュミット大将、お前の義兄あにの名も視察メンバーの中にあった。諸外国にも知名度がある者を行かせることで、牽制にする気なのだろう」
お前も含めてな、とダニエルが笑むとレオナルトは苦笑して肩を竦めた。
剣闘大会で優勝したことを言っているのだと、エリノアは察した。剣技においては、ラグジエント国内ならば、ヴィクトールかレオナルトだと言われるくらいに二人は強い。エリノアもレオナルトに護身程度の小剣の扱いを指導してもらっている。筋は悪くない、と評されているのは、褒められているのかそうでないのか未だによく分からない。
口を挟む隙も必要性もないような気がして、エリノアは話の続きを待った。
「噂の真偽の程は如何なんだ」
表情を引き締めたレオナルトが問う。
「斥候の話では、元来の国境警備の人員に多少移動があっただけで、人数自体はほぼ変動なし。付近に他の部隊が駐屯している様子もなかったそうだ。だが、たかが噂というには広まり過ぎている」
お前ら心して置けよ、と軽い口調に戻ったダニエルは一気に麦酒を呷る。
エリノアも温くなってしまった果実水を口に流し込んだが、喉を滑り落ちる液体にはもう爽やかな甘みは感じられなかった。




