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月の雫  作者: 空雛あさき
第4章 猜疑の檻
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07:鉄格子の外にある猜疑

莫迦(ばか)を言うな。俺が此処にいる意味を分かっているのか!?」

 少女の言にレオナルトが目を瞠る。顔を寄せたエリノアに、鉄格子越しにレオナルトは詰め寄った。少女同様に声は潜めてはいるが、そこに間違いなく怒気を孕んでいた。

「俺は犯罪者と捉えられたから此処にいるんだ。その俺の代わりをするだと」

 正気の沙汰ではない。自ら望んで犯罪者の片棒を担ぐ人間がいるとするなら、余程の莫迦でなければなんだというのか。事によっては国賊という扱いも免れない。極刑となっても構わないとでもいうのだろうか。

「莫迦とは何ですか。罪を背負うのが何だというんですか」

 けれど、そんな莫迦者扱いされた少女は一顧だにせぬ様子で、眉尻を吊り上げて、はしばみの瞳でレオナルトを睨む。

「平和を得るために行動しているのに、一様に犯罪者扱いされるということが私は納得できません。ですが、もっと納得出来ないのは如何してそんな大変なことを一人で、レオだけ背負って……何もかも背負ってやり遂げようとしているかということです」

 レオナルトは全て一人で行ったと告げたという。誰の責任でもなく、全て自分の責任と行動に拠るものだとして、全てを一人で背負う心算なのだ。事を考えれば一人で為せる筈もないのは誰の目にも明らかだが、それでもレオナルトは協力者の名前を言う心算など毛頭ないのだろう。

 はしばみの瞳が揺れる。一度躊躇って、けれどそっと伸ばした白い両の手が檻の中のレオナルトの頬を、優しく挟み込むように触れる。

 憤ったせいで火照ったのか、その手のひらはほんのりと温かい。

 エリノアは我慢ならなかった。全て一人で背負い込んで欲しくなかった。

 だからといって誰かを犠牲にして欲しいということでもない。

 どうして、と少女は零す。

「どうして頼ってくれないんですか」

 ただ、もっと自分を見て、自分に手を伸ばして欲しい。

 助けを求めて欲しい。

 自分を必要として欲しい。

 それは自分の我侭でしかない。

 頼りないかもしれない。新米で、部隊を護り切る力もなくて、レオナルトにとっては信頼に値しないのかもしれない。

 使い棄てるような駒と見做されてもそれはそれでつらい。けれど同時にそうであってもいいとも思いはする。かつて義兄の『駒』となっても良いと思っていたけれど、そうではなく、共に守り、平和な未来を作る為に肩を並べることが出来るなら、尚いいと思うのだ。

 それが義兄であれ、レオナルトであれ、そう在れることの方が素晴らしいのではないだろうか。平和を齎すことが出来るなら、結果として義兄を裏切ることにはならないのではないか、とも自分に言い聞かせる。

 そう思いながら懇願する自分は惨めだろうか。

 縋っているだけだろうか。

 エリノアの声が震える。それは感情の昂りから来るものか、焦燥から来るものかは少女自身にも分からなかった。

「お願いです。私にやらせて下さい」

 頬に触れた手に、レオナルトは自分の手を重ねる。地下牢に在って冷えた身には、少女の手が温かく酷く心地好い。

 あの時と逆だな、と思う。ドラゴンの移送の途中、エリノアが目を覚ましたあの時と。けれどあの時と今は違う。置かれた状況も異なる。

 少女の声も、白い手も微かに震えているのが分かって、レオナルトは目を伏せた。

「お願いです。レオが今動けないのだから、私に手伝わせて下さい」

「そんな危険なこと、お前にさせられる訳がないだろう」

 本来ならば誰かに頼みたいところであるというのは本心だ。自身が行ってきたことも、国賊と罵られようと大義であるという自負もある。

 それでもエリノアにはさせたくはなかった。罪を犯せと、言える筈がない。

 懇願する少女を無理に止めようとすると、自然と言葉尻がきつくなる。

 言葉を重ねて止めようとしたところであらぬところから声が降ってきた。

「エリノア、こんなところで何の話をしているんだい」

 少女の体がびくりと跳ねた。

 振り向けば、階段の上、開かれた扉のところに此方を見下ろすようにして立っている義兄の姿があった。

「義兄さん……」

 疚しい思いが欠片もないとはいえない。牢に入れられた人間との密談も、そこで交わされた会話の内容も、抱いた思いさえも、他者に言えるようなものではないのだから。

「国賊の容疑も掛かっている人間と密談とは、らしくないね。けれど話もそこまでだよ」

 咎められ、力無く垂れたエリノアの手を、レオナルトが受け止め握り締める。

「エリノア・クロイツ。君も拘束させてもらう」

 厳しい声に反し、ヴィクトールの端整な顔には傷ついたような表情が浮かんでいた。大切な義妹だ、無理もないことだろう。

「待て、シュミット。彼女は」

「アルムスター少佐、君は僕達を、国を裏切った。其処で大人しくしているんだね」

「なぜエリノアを拘束するというんだ。俺達はただ話を」

 階段をゆっくりと下りてきたヴィクトールは、やれやれと頭を振りながら嘆息してレオナルトの言葉を遮った。

「此処で君達が話をしていたかどうかは問題ではないんだよ。先程早馬で伝令が来てね」

 エリノアに向き合うようにしてヴィクトールは立つ。

「王都で魔導研究所所属のイレーネ・チェルハが殺害された。焼死体となって発見されたそうだ」

「な……イレーネが?」

 予想だにしなかった情報に、エリノアは息を呑む。共に仲が良いということはヴィクトールも承知の筈だ。

「その殺害と情報漏洩に君が関与している可能性があるとの報告も、合わせて届いた。訊きたいことが多いんだよ。さあ、来なさい」

「なぜ私が親友を殺さなきゃいけないというんですか。それに私は討伐部隊に……」

「だから主犯ではなく『関与』という見方なんだよ」

 腕を掴むヴィクトールの手を振り解こうと力を入れて、びくともしないことを思い知る。

 続く突然の出来事に、怯えたはしばみの瞳でエリノアは義兄を仰ぎ見た。

「僕だってエリノアが関与しているだなんて思ってない。あくまでもこれは他の上層部の判断によるものなんだ」

 その判断を苦々しく思っているのは、その表情から容易に察せられた。

 だから、とヴィクトールが耳元で囁く。

「僕が何とかしてあげる。拘束とはいえ、軟禁程度で済むように取り計らってある。エリノアは指定された部屋で静かに過ごしていれば問題ないよ」

 義兄の優しさは理解できる。身内に対しての甘さであることも理解できる。

 けれど、それならばなぜ自分だけが。

「でも、でもレオだって」

 一抹の期待と不安を籠めた言葉は、一蹴された。答えは訊かずとも分かっていたのに、訊かずにはいられなかった。

「彼は自白した通りだ。無罪など有りえない。さあ、来なさい」

 語尾に優しさは滲んでいるが、腕を掴んだ手の力は有無を言わせない行動なのだと知る。

「レオ!」

 鉄格子の中に向けて伸ばされた指先。

「エリィ!!」

 鉄格子の外に向けて伸ばされた指先。

 けれど、互いの指先はもう、届かない。

 引き摺られるようにエリノアを連れて行くヴィクトールが、ふと扉を潜るときに振り返った。

「アルムスター少佐もこれ以上エリノアに関与しようと思わないでくれないか。義妹の立場がこれ以上悪くなって欲しくない」

「…………」

「君は未だ言ってないのだろう? 出自に関してさ。(やま)しいところをもつ君にこれ以上義妹を関わらせたくはないんだよ」

 君もエリノアの立場を悪化させたくないだろう、と確信めいたヴィクトールの口調に、レオナルトは唇を強く噛む。事実、そう思ってエリノアの申し出た協力を断ったのだ。

 そして出自に関することも伏せた侭だ。

 返す言葉が見つからない間に、レオナルトを睥睨したヴィクトールはエリノアを連れ、地下牢を出て行ってしまった。




 心細さを隠すように、少しでも和らげるように、エリノアは寝台の上で膝を抱え蹲っていた。

 清潔なシーツに包まれた寝台。空しか見えない小さな窓。簡素な椅子と揃いの机の上に、小さな燭台が一つ。

 閉じ込められた砦の狭い一室には、それだけのものしか置かれていない。

 拘束されているというには些か充分すぎる内装である気もしたが、そういうものなのだろうか。とはいえ、ほぼ私物は持ち込むことは出来なかった。当然持っていた武装の類も、此処に入れられる前に取り上げられている。

 エリノアは、悲嘆に暮れているといっても過言ではなかった。

 レオナルトの助けになりたいと願い、請い、そして何も出来ぬままに軟禁を余儀なくされた。魔法は使える以上、此処を飛び出すこと自体は難しくない。ただ飛び出してどうするのかと言われたら、その先の答えがエリノアには見出せなかった。

 捕まれば拘束はより厳しくなり、軟禁程度に取り計らってくれた義兄も責任を問われるだろう。レオナルトも救うどころか、彼を今以上に立場を危うくしかねない。

 かと言って、今のままただまんじりと時間が過ぎるのを待っていても、事が良い方向に転がるとは思えなかった。

 ふと軽いノックの音が響き、エリノアは顔を上げた。重い鍵を外す音に続いて、軋んだ音と共に扉が開く。その先にあったのは、自分を此処に押し込んだ当人の姿だった。

「義兄さん……」

 自分を此処に置き、監視を置いた後何処かへ姿を消していたのだが、態々戻ってきたということは何かあったのだろうか。義兄の立場と、現状を踏まえれば暇である筈がない。扉を閉め、義兄はエリノアへと歩み寄る。

 何故か外からの鍵は掛けられなかった。逃亡の心配がないと思われているのか、それとも義兄の実力が信用されているせいだろうか。

「大人しくしていてくれてありがとう、エリノア」

 扉から、力無く微笑む義兄へと、視線を戻したエリノアは唇を噛む。

 けして感謝される為に大人しくしていたわけではない。大人しくせざるを得なかったから、そうしていただけなのだ。自分が燻っていることも含めて、義兄は承知の上で言っているのだろう。

「一つ、報告に来たんだ」

 膝を抱えた侭のエリノアの前にヴィクトールが立つ。

 静かな声から紡がれる其れは、良い内容だとはエリノアは思わなかった。口調のそれよりも単純に直感によるものだったが、その予想は間違っていなかったらしい。

「先程、リムデルヴァが国境付近に兵を集めていると情報が届いた」

「な……それってどういう……」

 問うておきながら、答えは分かり切っている。だが、ヴィクトールから返って来た答えはエリノアの予想の斜め上をいった。

「戦争が再び始まろうとしている、ということだよ。今回は有力な将軍達も出張ってきているという。好都合だ」

「え……?」

 思わず疑問の声が零れた。

 戦争が始まるという。それはいい。いや、良くはないのだが、問題は其処ではない。

 確か義兄は今、有力な将軍達が参戦することを『好都合だ』と言わなかっただろうか。有力な戦力が集えば、対する此方も戦力を揃えなければ被害が増え、押し込まれる可能性が高い。

 それをして『好都合』と捉えるのはなぜ――?

 怪訝な表情を浮かべたエリノアのことは意にも介さず、ヴィクトールは一人で話を続ける。

「そう、時は満ちた。平和の兆しが見えてきたということだよ」

 矛盾だらけの言葉だった。

 激戦は必至な情報を以て好都合と言い、戦争が始まることを時満ちたこととし、それを踏まえて平和の兆しと告げる。

 どこもかしこも話が、理由が繋がらない。理解が追いつかない――否、理解出来ない。

 エリノアは混乱しながら義兄の顔を仰ぎ見る。


 冷えた碧玉の双眸は、まるで笑っていなかった。声が、言葉だけは幽かに笑いを含んでいるのに、瞳は――エリノアを見つめるそれは――酷薄の色に染まっていて。


 知らず息を呑む。

 一歩前に出たヴィクトールに対し、じり、とエリノアは後退った。だがその背はすぐに石壁に触れる。元より狭い部屋だ。逃げ場所など、ない。

「勿論、其方に関してはエリノアにも手伝って貰うからね」

 そう笑ってヴィクトールが懐から取り出したのは、布か何かだったのだろうか。不可思議な香りを含んだそれが、エリノアの口と鼻を覆うように押し当てられる。

 一連の動作は流れるように素早く、払い除けるよりも先に。

「っ……」

 反射的にひくりと息を吸い込み、たちまち意識が薄れ行く。

「義兄さ……」

 呼びかけた声は掠れ、途切れる。

 ぐらりと傾ぎ腕の中に倒れこんだエリノアを抱いて、ヴィクトールは一層深い笑みを浮かべた。

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