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月の雫  作者: 空雛あさき
第1章 不穏の影
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02:魔導士の雛

 エリノア達は今年の3の月に王立士官学校を卒業して入隊してきた所謂『エリート』と呼ばれる人間だ。妬みと中傷の意味で言われることが多く、エリノアはその呼称が気に入らなかったがそう呼ぶのは何も知らないままに批判だけを声高に唱える者達だけである。気にするなと何度も言い聞かされて育った所為もあって、幼い頃よりはそういった言葉に腹を立てることもなくなった。が、そのエリートの中でも、特に魔導部隊に配された者は当然ながら士官学校の魔導クラスの出身者で構成されている。選ばれた中の選ばれた人間だった。

 殊に魔法の扱いは訓練の効果も反映はされるが、何よりも重要視されるのが素養だ。その為、特に魔導クラスでの入学においては、家柄やそれまでの学歴を問われない。貴族や軍人の子弟もいたが、半数以上は平民の出である。士官学校では家柄よりも実力が重視された結果だ。

 また、金がない者にはある条件と引き換えに国が学費を負担するなど、手厚い支援も行われる。通うことが困難な者や身寄りがなく住まう家もない者のために寮を提供することもあった。

 そこまでするのは、国が魔導士をそれだけ欲しているということであり、それと同時に魔法を扱える者の絶対数が然程多くないという事実を表していた。学費の支援と引き換えに要求されるのが、卒業後は軍属になるということだとエリノアが知ったのは、一年も前のこと。まさしく、国から援助を受けていた友人からその話を聞いたのである。

(このご時勢に、軍に入隊かあ……しかも強制的に)

 20年程前から大きな戦乱はないと聞いているが、ここ数年は平和な暮らしにも陰りが見え始めている。隣接する大国・リムデルヴァ王国との国境付近では双方が警備を強化しているとも聞く。小競り合いが頻発しているという噂もあるが真偽の程は確かではない。入隊したばかりのひよっこであるエリノア達にも詳しい情報は知らされていなかったが、数年前に王が替わり、瞬く間に西方の小国を次々と併呑してゆくリムデルヴァは、ラグジエント――ひいては自分達にとって脅威以外の何物でもない。

 背筋を這い登る言いようのない不安に、エリノアはぶるりと身を震わせた。

 軍に入隊と言えば自分だって同じなのだ。自らが望んだことであるとは言え、その友人は魔導研究部門への配属である。前線に立つことは、まず、あり得ない。対してエリノアが配された魔導部隊は通常の部隊同様、前線に配備されることは珍しくなかった。

 親の権力と財力をもって中央配備に回る者も少なくなかったが、正直エリノアはどちらでも良かった。出来うる限りの努力はしてきた心算だが、平民の出自であるとは言え保護者が貴族であり軍の中でもかなりの要職にいることを考えれば、いずれ何処かで自分の処遇について金が動くだろうことも予想できた。

 思わず溜息が零れる。

「おーい」

「はぁ」

 頭が痛い。詳細な配属先の部隊が決定するまで暫らくはこの頭痛も続くのかもしれないと思うと気が重くなる。

「エリノアちゃーん?」

「はぁ」

 適当に相槌をうって、再び溜息が洩れた。こめかみをほぐすようにぐりぐりと指の腹で押し撫でる。

「なあ、俺が話してたこと聞いてた?」

「はぁ…………え?」

 エリノアの同期達へと向き直り、幾つか注意事項を述べていたところまでは覚えがある。途中からは思考に没頭していたのだろう。記憶がなかった。

 呆れたような教官の視線が、いつの間にかエリノアへと向けられている。

 エリノアの頭からさっと音を立てて血の気がひく気がした。背筋をぴんと正し、頭を下げたのは反射的だった。

「すみませんでした!」

「訓練用敷地内、30周な。あと聞き逃したことはすぐ訊き返すように。無駄に命を縮めるな」

 教官の言葉に、しん、と静寂が横たわった。

 吹き荒ぶ風さえ一瞬、その音を潜めたかのように。

 そして最後の『それ』だけははっきりと、冷たい声音で紡がれていた。常の今の今まであったようなふざけた口調では、断じて、ない。

「え? 今なんて?」と聞き返せるような気軽さや空気さえ与えない、凛とした響き。

 その冷たい声音のまま、教官は淡々と言葉を続けた。

「実戦の経験もないお前らじゃ、戦争の激しさは分かる者もそういないだろうが――死ぬヤツは死ぬ。誰も彼もが無事に戻って来れるとは限らん。だが、死ぬ確率を下げることはできる。逆に無駄に命を縮めるようになる行動ってーのも、ある。お前ら、くだらないことで自分の命を捨てる気か」

 また、背筋をぞわりと不快な感触が這い上がってきた気がした。冷たい風のせいではない、もっと凍えるような冷たさの感覚。そして教官からひしひしと伝わってくる緊迫感と、『威圧感』。

 口の中が緊張でからからに乾いていく。

 瞠目し、一様に緊張した面持ちで自分の顔を見つめる新米兵士達を見渡し、教官は「さて」と口調を少しだけ和らげた。途端に、エリノアの体からどっと汗が吹き出た気がした。

「さっき言ったことだがもう一度言う。分からない所があれば誰かに訊け。俺でも構わん。此処は学校じゃねぇんだ。人の真似をする分にも一向に構わん。寧ろ魔法の発動のスピードを上げるためならば先輩にでもさっさと訊いた方が早いだろ。それを自分の中で可能な方法に置き換えろ。あとは軍規に抵触しないように、『それなりに』気をつけておけ」

 話は以上、と教官が言葉を締め括った。

 誰も動けなかった。

 教官から伝えられた現実が、威圧感が、やはり此処は学校ではなく戦場に赴く『軍』なのだと、如実に語っていたようにエリノアには感じられた。

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