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月の雫  作者: 空雛あさき
第3章 銀世界の黒鐘
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04:月下で肩を叩くのは

 もう間も無くドラゴンの行動範囲に入ると報せがあったのは、丁度太陽が中天に差し掛かった頃。いい加減に見慣れた真白い世界が、太陽の陽射しを浴びてきらきらと明るく、眩しく輝いている時分だった。

 探査魔法を起動している魔導士からの報告は、まだ、ない。

 あくまでも事前情報としてあった「予測されたドラゴンの行動範囲に入った」という話でしかない。

 隊列を乱さぬまま、厳めしい顔つきの壮年の男は傍らの魔導士に問う。

「ドラゴンの反応はないのか」

「残留気配は今朝報告した通り感知し、継続して追っています。ですが、本体はまだ感知出来ていません。範囲を広げますか」

 フードを目深に被った魔導士は、それを取り払うこともなく、視線を上司へと向けることなく淡々と言葉を返す。無礼ともとられかねない態度だが、上下関係に注意を払わないのは魔導部隊ならではの気風でもある。

 魔導士である男もまた慣れた様子で、部下の対応に気を悪くした様子もなく、問いを重ねた。

「残留気配の濃度は如何ほどだ」

「現状の探査魔法ですと、濃度の変化がほとんど判別出来ません。本体であるか残留であるかが判別できる程度です」

「では、お前の感覚的には濃度はどの程度だと感じる」

 魔導士は一瞬沈黙した。起動している魔法の方へと注意を傾けたのだろう。

 だがすぐ推測による、けれど自信に満ちた回答が返る。

「もう少し先でしょうね。休憩するなら今だと思いますよ」

「なるほど。では、キーリ。お前は本体か残留かが判別できるギリギリのラインまで精度を引き下げ、索敵範囲は前方を中心に拡大しろ。ニノンは現状維持だ」

 部下の能力に信を置いているらしい、壮年の男――討伐魔導部隊の隊長であるアーロイクは、部下に指示を下すと、討伐部隊の隊長である男に視線を転じる。

「ロティシオン中将、部隊を停止させて下さい。少し早いですが休息をとりましょう」

「接敵前の最後の休憩になりそうだな。了解した」

 アーロイク以上に厳めしい顔つきと、防寒着の上からもはっきりと分かるほど鍛え抜かれた体躯のロティシオン中将は、重々しい声音でその提案を快諾した。


 討伐部隊は部隊長・ロティシオン中将の号令によってその歩みを止め、昼の食事時間を兼ねた小休憩をとることになった。だが緊張の糸は張りつめたままだ。遅かれ早かれ、今日中にはドラゴンと接触することになるであろうことは、討伐部隊の誰もが感じている。

 この地は、幸い、腰まで埋まるような雪深い場所ではない。元より、雪がなければ山道として利用されることもある道だ。だが、人が頻繁に行き交う場所ではない為、足元が踏み固められているわけでもない。新雪に足を踏み出せば脛ほどまでは容易に沈む。移動にも支障を来たす深さだ。不意討ちを受けたなら不利になることは間違いない。

 故に、見張りを立てているとはいえ、短い間の休憩であっても気が抜けなかった。

 眩しい陽光や、反射しきらめく雪面に見惚れる間も無く――むしろ真白い雪から目を背けるようにして、エリノアは昼飯代わりの携帯食を呑み込む。

 やけに胸がざわついていた。

 昨晩の肥えた月が目に焼きついているせいなのか。

 それとも月光に照らされた雪景色が脳裏にこびりついているせいなのか。

 理由は判然としなかった。

 確かなのは、自分の心が乱れているということぐらいだろう。

「緊張しているか、クロイツ少尉」

 食料を嚥下し、水を喉に流し込んだところで、落ち着いた声音が背後から投げかけられる。

「はい……お恥ずかしい話ですが」

 やや緊張した面持ちで振り返れば、エリノアの所属する魔導部隊第二班の班長、ユノク・ティアリ大佐がその返答にやわらかく微笑んだ。

 その笑みには嫌味がなく、見る者に安心感を与える。平時とも変わりない穏やかさだ。

 四十路に踏み込んだユノクの絶やさぬ笑みは、如何なる窮地であっても穏やかであり場違いともとられがちだ。だが本人は「元よりこういう顔立ちなんだよ」とやはり微笑んで揶揄を受け流していた。

「幾度となくドラゴンと相対した経験がある私でも、私以外の者達も緊張はしている。何も恥ずかしい話ではないよ。緊張するのが普通なんだ」

 至極もっともらしく語るその言葉に、エリノアは軽く目を瞠る。

 意外な話だった。

 ティアリ大佐が参加した討伐は二度や三度の話ではなかった筈だ。相手にしている種も、凶暴なものや大型のものが殆どだと聞いている。今回相手取る種――ブラックドラゴンとも、過去に相対したことがあった筈。

 討伐の経験も豊富となれば、慣れたものなのだろうと思っていた。

「ティアリ大佐は十以上のドラゴンを討伐していると伺いましたが、緊張するものなのですね」

「たかだか十数匹だ。適度な緊張も大切だよ。緊張がないということは慢心があるということだ。その方が余程危険だよ」

 遠慮がちな問いに、男は頷きながら答える。

「死者が出ないことの方が少ない。ましてや、今回は捕獲だからね。部隊が半壊してでも構わないから生かして捕らえろ、なんて命令まで出ているときたもんだ」

 一瞬、逸らし遠い目をした男の姿に、自分が不用意な言葉を吐いたことを悟り、エリノアは俯いた。

「失礼しました。軽率なことを」

「うん? 驚くのは無理からぬ話だよ」

 エリノアの謝罪は、緊張するか否かの疑問にかかっていると受け取ったのだろう。もしかすると、意図を正しく受け取った上で、はぐらかしただけなのかもしれない。

 そうそう、と男は構わずに続ける。

「君は自分に与えられた役割というか立場かな。それにもっと自信を持つべきだね。責任感は十二分にあるが、自信が足りない。不安も、まあ、過剰なきらいはあるけど初めのうちはそんなものだからね」

 確かに、味方の足を引っ張り、討伐隊を窮地に追い込むことにはならないだろうかという心配が、エリノアにはあった。それを見透かされていたのだろうか。

 だが、その点を指摘されたことよりも、『立場』に自信を持つべきだと言われたことの方が衝撃的だった。責任感は自分でもある方なのではないだろうかと感じていたが、自信の有無など考えたこともない。

「そう、でしょうか」

 怪訝に眉根を寄せて見上げたエリノアに、うん、とティアリ大佐はあっさりと頷く。

「自分の実力を過信してはいないし、卑屈でもない。ただ自分のの、その時のその『立場』にあることへの自信はないのではないかな?」

「…………」

 今回の討伐に参加している新人魔導士はエリノアのみだ。熟練の者が選ばれるわけではないとしても、新人をそこに入れる意図などエリノアには理解しがたい。

 もっと自分よりも適任者がいたのではと疑問に思ったこともある。

 そういった考えが、『立場』に対しての自信の無さということなのだろうか。やはり、エリノアにはピンと来ない。

 沈黙した少女に、ティアリ大佐が向き直る。

「君が討伐隊の一員として選ばれた以上は、選ばれた理由がある。上にとって実力以外の思惑があるならそれは私の知るところではないけれど、私は君の防御魔法を頼りにしているよ。魔力発生から発動までの時間も短い。実戦で十分通用するレベルだ。魔力維持も苦手と聞いているが、訓練を見た限りでは発動してからの安定性は抜群だ。咄嗟の判断も的確だし、度胸もあると思う。あと足りないのは経験だけだね」

 防御魔法は、討伐における魔導部隊第二班の主な役割となる。勿論、ドラゴンとの戦闘において、魔導部隊のみならず討伐部隊とて守らねばならない。

 それを自覚して、責を全うするために、エリノアは此処に立っている。

 だが果たして、それを為すための実力が、自分にはあるのだろうか。

「買い被りすぎではありませんか?」

「私なりの君に対しての評価だよ。無駄な人員を配置できる程、この討伐には人数を割けないのは知っているだろう? 実力があれば役割も振られるものだ。考えてごらん。実力が評価されていて、経験も積める。良いことだらけだ」

 あとは死なないで帰ることが大事だね、とやはり笑顔を絶やさぬまま不穏当なことを付け足す大佐に、エリノアは一瞬たじろいだ。

 励ましなのか脅しなのか――恐らくは前者であることを願わずにはいられない。

 ふと大佐が足元に下ろしていた荷物を手早くチェックするのを見て、もう間もなく休憩が終わる時間だということにエリノアははたと気づく。

 大佐と同様に簡単に荷物の確認を終え立ち上がると、既に準備が整っていた大佐が「もう一つ」と口を開いた。

「バッカー大佐も言っていたよ。『クロイツ少尉は頼りになる。仕事は任せていい』とね」

 付き合いが長いゆえの贔屓目だろうかともエリノアは思ったが、ダニエルは命が絡むやり取りに私情を挟むような人間ではない。

 その点はティアリ大佐も同じ認識なのだろう。

 評価されてるのだから自信を持ちなさい、とティアリ大佐は片目を瞑った。


 短い休憩を挟み、行軍を再開して間もなく。

 探査魔法を行使していた魔導士から、ドラゴンの存在を感知したという報告が寄せられた。

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