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月の雫  作者: 空雛あさき
第3章 銀世界の黒鐘
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02:女達の攻防(1)

 突然襲撃された日から出立までの三日間は、予想以上に慌しく過ぎ去った。

 魔法にも長けたドラゴンを相手にするに当たり、魔法構造に欠陥があっては非常に拙い。かと言って出立の日を遅らせるわけにもいかないのだ。巣に逃げられてしまえば手出しすることは出来ず、山脈の麓にある村々が襲われないとも限らない。

 よって、ドラゴン捕獲部隊の出立は予定通りの日付となった。


 出立時のドラゴン捕獲部隊の人数は、討伐するのであれば充分ではあったが、捕獲する為にはかなり心許ない数だった。先発隊を含め、途中で合流する数が多いとはいえ、それでも『捕獲』する為の人数としてはやはり少ない。

 特殊編成された部隊の人数を必要以上に増やすことが出来ないのは、隣国のリムデルヴァに悟られないようにするためでもあった。

 フォルカ山脈より降りてくるドラゴンは、比べるまでもなくリムデルヴァよりもラグジエント側に現れることの方が圧倒的に多い。とはいえ、ドラゴンの脅威はリムデルヴァも熟知している。

 リムデルヴァがラグジエントへと攻め込む機を窺っているならば、その妨げとなるであろうドラゴンをラグジエントが手にする前に妨害を行うだろう。防衛に徹していたとしても、やはり脅威となるドラゴンを入手するのを黙ってみているわけにはいくまい。それにドラゴンの捕獲自体に気づかれずとも、大量の兵を動かしたことが察知されたとしたら。戦火の兆しと捉え、先手を打って攻め込んでくる可能性も大いに有り得た。

 故に、ドラゴンの捕獲についてはラグジエント軍部の重要機密事項であり、大規模と言えるほどの人数を動員できないのもそうした理由からだった。


 ドラゴン捕獲部隊が王都を出立してから、今日で丁度二週間になる。

 フォルカ山脈に近づくに連れ、吹き荒ぶ風が冷たさを増すのと同時に、捕獲部隊の人数も王都出立時の倍近くにまで膨れ上がっていた。

 個々の荷の量は大して変わらなかったが、人数が増えたお陰で夜間の見張りの交代に余裕が出来た点については、エリノアは素直にありがたいと感じていた。魔法の行使の都合から魔導士は睡眠時間を優遇されていたとはいえ、今までの人数が少ない状態では夜間の見張りに立たざるを得なかった。今は時折協力を要請されるだけで――見張りに立つ者には申し訳ないが――夜間はぐっすりと眠ることが出来ている。

 行程もほぼ予定通りに来ている。情報収集を行っている者達の話によれば、明日にもドラゴンの活動範囲に入るだろうと言われていた。

 野営の予定場所に到着した一行は、常よりは幾分早い時分に寝床の設営と炊き出しを済ませ、明日以降に備えて休息をとっていた。早々に食事を終え夜間の見張り業務に備え就寝した者もいれば、久々に会った仲間と歓談に耽る者の姿もある。吹雪いていない限り、食事は幕の外――吹きさらしの場所で摂るのが決まりとなっている中、エリノアもそれに倣い腰掛用に置かれた丸太に腰を下ろし、食事を取っていた。

 今日の夕食は、固い乾パンと干し肉に加え温かな野菜スープがつくという、比較的豪勢な部類に入る内容だ。給仕を担当した者の言によれば、「英気を養え」ということらしい。確かに粗食ではあるが、野菜のスープは冷えた体に沁みるように美味く感じられた。

 慣れた様子で乾パンを飲み込んだエリノアは、ふと背後から投げかけられた声に緩慢に振り向いた。

「ねぇ、隣いいかしら?」

 返事を待たずに、声の主はエリノアの隣に腰を下ろす。その女性の姿に、エリノアは不快さを孕んだ怪訝な表情を浮かべていた。

 厚手のフードから零れる、きついカールがかかった艶のある栗色の髪。ちらりと覗かせた理知的な光を湛える、透き通るような紫の瞳。その瞳が探るような色を帯びていたのがエリノアの凪いだ心を波立たせる。

「フルーリー中尉、何か御用ですか?」

「ええ。私用だけれど」

 笑みを孕んだ彼女の声音が、酷く不快だった。


 襲撃されたあの時以降、エリノアはレオナルトと顔を合わせていない。エリノアから連絡を取るような暇がある筈もなく、またレオナルトから連絡を取り付けるような様子もなかった。

 アディクト地方のとある村が不審な襲撃を受けたことも起因しているのだろう。視察部隊の出立予定日が早まり、元より暇ではないレオナルトの忙しさに拍車をかけたということもある。

 だが、一番の理由はそこではないと、エリノアは思っていた。

 襲撃された日から出立の日までの間に、幾度かレオナルトとサラが話し込んでいる姿を見ていたからだ。話の内容が聞こえたことはないが、いつも親しげに話していたことだけは目に焼きついている。

 エリノアはレオナルトの恋人ではない。友人と言えるような間柄でもない、とエリノアは思う。

 対して、あちらは噂の上ではあるものの「婚約した」間柄らしい。

 彼女と自分の差なのだと見せ付けられているようで、胸が締め付けられる思いだった。まことしとやかに流れる婚約の噂は、エリノアの心に更に暗い陰を落とした。

 けれど、出立するまでにサラと話す機会は少なくなかったにも関わらず、彼女の口からレオナルトの話が出てきたことは不思議と一度もなかった。結局、噂の真偽の程も定かではない。


「訊かないのね」

 態々ドラゴン決戦前夜となるであろうこのタイミングで持ち出される言葉としては、はた迷惑なモノだった。沈み、暗く凪いでいた心がささくれ立つ。笑みを堪えたようなサラの声音が不快で、些かむっとした表情になるのも致し方ないことだろう。

 それでも努めて冷静に、何についてそう言われたのか気づかない振りをしたまま、エリノアは淡々と問い返した。

「何をですか? 捕獲魔法についての質問ならば納得が行くまで議論と推敲を重ねたと思いますが」

「魔法のことじゃないわ。私がレオとどういう関係なのか、よ。気になるんでしょう?」

 あまりの率直な物言いに、エリノアはついに言葉を失った。

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