04:望まぬ邂逅
「この時間だと……会議が終わる頃合、かな」
書庫を出たエリノアはまずレオナルトの所属する部隊の人間を探し出し、今日の彼の予定の探りを入れた。粗方の予定を聞いたところで時刻を確認する。先程聞き出した情報の通りであるなら、そろそろ会議が終わる頃合だった。すれ違ってしまうと、次の予定の場所へと向かわねばならない。次の場所が施設外にある演習場ということと、エリノアが抱えている仕事の量を鑑みるにそこまでいく時間の余裕は無さそうだった。自分で行けないのであれば、誰か他の者に伝言を頼まねばならなくなる。それもまた余計な手間になりそうだった。
小走りに石造りの廊下を急いでいると、人の波が塊となって流れてきていた。会議が終わったところなのだろうかと思い、慌てて顔見知りの一人を呼び止める。レオナルトの所在を聞けば、共に会議に同席していたことと、自分が出てきたときには未だ会議室に残っていたことを快く教えてくれた。
礼を述べてエリノアは再び急いだが、中庭を横切る渡り廊下の手前で急停止することとなった。
彼の姿を見つけた瞬間にエリノアは柱の陰に隠れざるを得なかった。
渡り廊下の途中に佇んでいるのは探していたレオナルト。
そして彼と親しげに話す一人の女性の姿があったからだ。
女性の姿には見覚えがあった。眉目秀麗であり才女と名高く、フルーリー伯爵の娘でもある魔導士、サラ・フルーリーだろう。
高鳴る胸が、瞬く間にどんよりと重いもので蓋をされてしまったような気分だった。
遠めに見ても、羨ましくなるような雰囲気の似た美男美女の取り合わせである。思わず自分と彼女を比較してしまったエリノアは、落ち込まずにはいられなかった。
(なんで、二人が……?)
思い浮かんだ疑問も虚しいだけだ。
自分の記憶が確かであれば、二人の接点は少なくとも軍の編成上では無いに等しい筈だ。特殊編成された捕獲部隊にサラの名前があったことからも、レオナルトが行くアディクト地方への視察に同行しないことは明白である。
レオナルトもまた爵位を持っているから社交界での接点も大いに考えられたが、その関係を軍内に持ち込むようなことはレオナルトならしないだろう、とエリノアは漠然と思っていた。
人の波は既に途切れていた。
ざわついた音も遠ざかっていったが、二人の話す声は此処までは届かない。
ひっそりと覗き見たエリノアには気づいた様子もなく、ふとレオナルトがエリノアのいる方に背を向けてしまった。サラの耳元で何かを呟いたようで、彼女は静かに目を伏せる。
薄く開いた彼女の目が、ちらりと自分の方を見たような気がした。確信はない。
だがエリノアが逡巡する間もなく、思考は寸断された。
彼女が、レオナルトへと抱きついたのだ。
心の澱みを感じるよりも前に、エリノアの頭の中は真っ白になった。抱きつく前の憂いを含んだサラの表情は、同性ですらはっとする程美しく、見蕩れそうになった程だ。
どくん、と心臓が跳ねた。
(え、二人は付き合ってるの? というか付き合ってなくたって美人にあんな顔されたら誰だってどきどきしちゃうだろうし、寧ろ私がどきどきしたし。え、でも本当に二人が付き合ってたら……付き合ってたら?)
「あれ、エリノア?」
「は、はいぃっ!?」
かけられた声に、エリノアは飛び上がり上擦った声で返事をしてしまった。
相変わらず心臓はどくん、どくんと跳ねるように鼓動している。
気づけば目の前に、レオナルトとサラの姿があった。どの位、自分は頭を真っ白にして蹲っていたのだろう。声をかけてくれたお陰で行き違いにならずに済んだことをありがたく思う反面、気づかないまま通り過ぎて欲しかったという思いもあり、そう思ってしまう自分に嫌気がさした。渋面になりそうな自分を必死に抑えていた為か、エリノアの言葉は切れ切れだった。
「えっ、あれ、レオ……アルムスター少佐……とフルーリー中尉」
「こんなところでどうした。誰か探してたのか?」
「え、ええと……あの、伝言を」
「俺に?」
はい、という言葉が声にならず、こくんとエリノアは頷いた。子供じみたその仕草もまた、エリノア自身が気に入らなかった。心臓は相も変わらず、跳ねるように鼓動している。
「シュミット大将が、お呼びです。出来れば明日の昼までに魔道研究所に来て欲しい、とのことでした。伝言は以上です。返す伝言などありましたら、お受け出来ますが如何致しますか?」
「了解した。此方からの伝言は特にない。忙しい中、ご苦労だった」
軍人の目で真っ直ぐ自分を見るレナオルトの眼差しに、エリノアは無性に泣きたくなった。
もし、二人が付き合っているのなら。
付き合っているとしたら、自分はどうしたらいいのだろう。
行き場のない感情の落としどころがエリノアには分からなかった。
真っ直ぐに見つめ返していた筈のレオナルトの顔が、ぼんやりと歪んだ。何故だか、レオナルトは目を瞠ったようにも見えた。
「お前、ない……」
「連絡は以上です。失礼しますっ」
レオナルトの言葉を遮るように、言い切ってエリノアは踵を返し駆け出す。追い縋って呼び止めるような声が聞こえなかったことに安心し、同時に落胆もした。
すれ違いざまに見えたサラの口元には、微かな笑みが浮かんでいた。それがささくれ立った感情に沁みた。けれど、何よりもやるせなかったのは、感情を抑え切れなかった子供じみた自分の行動に対してだった。




