01:ラグジエントに住まう竜
ラグジエント王国は今年王国暦で四三九年になる、そう短くはない歴史をもつ国だ。
北を氷が漂う冷たいセレノス海、西に険しく聳え立つフォルカ山脈に蓋をされるような形になっているが、東には肥沃な土地であるクランノヴァ台地、南には豊かな水資源を有する湖水地域にも接している、やや縦長の長方形に近い国の形をしている。
クランノヴァ台地を等分するように東の国境を接するロートテルノー公国、湖水地域に大きく食い込むように南の国境を接する『湖水地方諸国連合』とも呼ばれるティスレイン諸国連合――この二国とは友好的な関係を築いている一方、現在、ラグジエント王国が脅威に感じているのが一つは西の大国・リムデルヴァ王国の情勢、もう一つがリムデルヴァとの境にある通称『西の山脈』と呼ばれるフォルカ山脈から降りてくるドラゴンの存在だ。
ロートテルノー、ティスレインとは王国の歴史を紐解いても、激しく争った記録は見つからない程良好な関係を長く続けている。対してリムデルヴァとは争いがない期間を数えた方が早いと言われる程、常に緊張状態にある。
浅く体を折り曲げたような形で南北に細長く伸びたフォルカ山脈――その山脈はラグジエントとリムデルヴァの国境の約四分の三を占めるが、山脈が存在しなければ既にどちらかの国は地図から消えていただろうとさえ言われる。
戦の間隔も昔に比べ長くなったとは言え、つい十年程前に国境付近で激しく争ったこともあるのだ。
二国の争いは常にある地域でのみ繰り広げられた。
二国が接する国境のうち、山脈に掛からぬ部分、つまり、国境の下四分の一の場所――ラグジエント側で言うならばアディクト地方――で、である。
北のセレノス海は、フォルカ山脈から流れ出る氷で遮られている。そのため、船で通ることが出来ず、無理に通れば知らぬ間に氷山にぶつかり船が沈む、という航海の難しさがリムデルヴァの北からの侵略の手を止めさせた。
また両国の間に横たわるフォルカ山脈を踏破しラグジエントへ攻め込むかと言えば、それもまた不可能に近かった。
山脈は高く険しく、真夏の山の頂の寒さは平地の冬を遥かに超えるもので、道なき道を大人数で越えることは難しい。また、山頂付近にあるとされているドラゴンの巣を無事に素通りできる筈もない。
ラグジエントと友好的な間柄であるティスレイン諸国連合を通り抜けるわけにも行かず、結局リムデルヴァが攻め込むならば山脈が切れた国境付近――アディクト地方より侵攻するしかなかったのだ。
もう一方の脅威と言えば、此方は絵本や夜話にも頻繁に出てくるドラゴンの存在だ。「ラグジエント王国の建国に力を貸した」だの「人間に変身し村の娘と恋に落ちた」だのと、夢物語のような逸話がある一方、その強大な魔力と鋭い牙や爪をもって人をなぶり殺しにするという話がドラゴンに纏わる逸話の大半を占めている。
基本的にドラゴンはフォルカ山脈の標高が高い場所に住み、滅多に人里に降りてくることはない。しかし、ひとたび降りてきたなら村が一つ二つ壊滅することも珍しくはない。逸話の大半を占める、鋭い牙や爪をもつというドラゴンは事実多くの人間を引き裂き、殺し、食い物としているのだ。灼熱の炎を吐き、詠唱なしに魔法を行使するという強大な魔力を有していることも、人語を解するということもまた広く知られている事実であった。
人里に降りてくるドラゴンに対し、ドラゴンの監視を専門とした部隊の配置と、討伐隊の編成と迅速な派遣を行うことによってここ十数年で被害はかなり減っている。ただ捕獲したという前例はなく、今回、討伐ではなく『捕獲』の命令を受けた兵の動揺もまた致し方ないことではあった。
その代わり、存在が確認された場所が人里から離れた場所であったことも踏まえ、出立までに三週間を割くという入念な準備期間を設けていた。
アディクト地方への視察に向かう部隊もリムデルヴァとの戦端が開かれることを懸念し、ドラゴン捕獲部隊のそれとは比べるべくもないが、此方もまたそれなりに忙しく念入りに準備を整えていた。
この準備期間、たとえばドラゴン討伐――ではなく捕獲に赴く準備期間としては長すぎるとはいえ、新入りのエリノアにとっては暇な時間は無いに等しい。魔導士としての能力を買われ期待される傍ら、新人であるが故に山のような雑務を押し付けられるのだ。今回の捕獲では物理的手段による捕獲ではなく、現状では試作段階でしかないという魔法による拘束を用いるという達しも出ている。出立前に魔法を完成させなければという魔導士達の矜持の炎がめらめらと燃えているのが、彼らの意気込みからエリノアにも伝わってきた。
既に捕獲命令が出て一週間が過ぎようとしている。その通達以降、エリノアは特殊編成された『捕獲部隊』に編入され、以降魔導部隊に入隊した同期とは勿論、レオナルトやダニエルとさえも顔を合わせていない。義兄のヴィクトールでさえ、今回の捕獲魔法開発の主力となっている魔導研究所に入り浸りで、公的な用事でもなければ言葉を交わす暇もないという状況だった。




