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月の雫  作者: 空雛あさき
序章
1/44

01:積もらぬ雪

 空気の籠もった部屋の窓を開け放ち、冷たい外気を吸い込んで少女は大きく伸びをした。

 何となく気怠さは残っているものの、飲んだ薬のおかげかすっかり熱も引いたようで頭ははっきりとしている。

 母親にまだ寝ていろと言われたばかりだったが、たっぷり寝たあとではもう一度ベッドに戻って寝る気にもならず、少女は見慣れた外の景色を眺めているのだった。

 窓の縁にのせた腕の上にあごをのせて、高く聳え立つ山脈をぼんやりと眺める。

 昼間、傾斜の鋭い山の頂には白い冠を被っていたのを見たことを少女は思い出した。が、山脈の稜線どころか、月の光に照らされた山頂の白すらも今は見えない。いつもならすっかりと藍色に塗り籠められた空に、鏤めた金平糖のように瞬く満天の星空も見えるのだが、今日は生憎村の辺りは厚い雲に覆われてしまっているらしい。

 ぽつぽつと見える村の明かりはいつもと同じなのに何処となく仄暗い村の気配はどうにも落ち着かず、窓を閉じようと少女が手を伸ばしたとき淡い光が視界の端に映った。

 ふわりふわりと落ちてくる『それ』は、薄淡く光を纏った、雪のようにも見えた。

 肌も凍る真冬だったせいもあるかもしれない。

 気候は穏やかで暖かい日も多かったが、冬は北西の高い山から吹きつける冷たい風が雪を運んでくることもあったから、雪が降ること自体はさして珍しいことではなかった。

 今日も肌を刺すような寒さではあったけれど、風のない穏やかな日だった。そのせいか、雪のようなものはふわふわと揺れながら真っ直ぐに落ちてきた。

 ゆったりとした速さで、星明かりの見えない仄暗い空から、地面に向かってそれは落ちていく。


 ふわり、ふわり。


「雪……?」

 呟きと共に零れる吐息が寒さで真っ白なもやをつくる。

 腕を伸ばしたまま、少女はじっとその雪のようなものを目で追っていた。

 雪のようなものは地面に落ちると、すぅっと吸い込まれるように消えた。

 目を瞬かせて、また降ってこないだろうかと少女が空を仰ぎ見ると、暗く重い空から幾つもの光が舞い降りてきていた。

 ひとつ。ふたつ。みっつ。

 数え切れないくらいの、沢山の光がゆらりゆらりと降りそそぐ。

「うわぁ、きれーい。お星さまが落ちてきたのかなぁ」

 両手で壊れ物を受け止めるかのように、窓の外に伸ばした両手で少女は『それ』を受け止めた。外気に晒されあっという間に冷えてしまった少女のてのひらの上で、『それ』は一度跳ねるように僅かに浮かんだあと、すぐまた落ちて溶けるのではなくてのひらの中に吸い込まれて消えた。

「あれ?」

 雪だと思っていたものが溶けずに消えて、少女は首を傾げる。

 そうしている間にも、光を纏う雪は絶え間なく降りそそぐ。


 ふわり、ふわり、ふわり。


 雪のようなものが落ちたにも関わらず、不思議なことに土が剥き出しの地面は乾いたままだった。

 染みひとつない庭先の地面を見下ろして少女はもう一度目を瞬かせた。ところが、今度はちゃんと捕まえてやろうともう一度手を伸ばしたところで、背後から怒声が飛んだ。

「どうして起きてるの。ちゃんと寝てなさいって言ったでしょう」

 少女が驚いて振り返る。まだ寝込んでいるであろう娘の様子を見に来た母親が、しかめっ面で部屋の入り口に立っていた。

「折角お薬のおかげで熱が下がってるのに、また熱が上がったらどうするの?」

「ご、ごめんなさい」

 いそいそと窓を閉めると、少女は布団の中に飛び込む。顔まですっぽりと布団の中に潜り込んだ後、それからもぞもぞと動いて布団の隙間から顔を覗かせて少女が問うた。

「おかあさん、今日の夕飯はなあに?」

「今日はつぶたっぷりのコーンスープよ。貴女の大好きな、ね」

 少女の行動に頬を緩ませた母親が、小さく笑って片目を瞑った。

「もうちょっとで夕飯が出来るから、それまでちゃんと寝てなさい」

「はーい」

 暖かいランプの灯りが満ちる部屋で交わされる、どうということのないごくごく平凡なやりとり。

 そうして母親の柔らかな声が響いて、静かに扉が閉じられる。

 会話の途切れた少女はふわふわな布団にくるまって、猫のようにぬくぬくと温かさと忍び寄る睡魔に身を委ねた。


 そして、少女が閉めたその窓の外。

 凍えるほど冷たい夜の空気の中、淡い光を纏った『それ』はしんしんと音もなく降り続けていた。

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