暗いのが苦手な勇者様
私は今、最上級の幸せを噛み締めていました。
「怖いよぉ…」
私の腰あたりに手を回し、ぎゅっとしがみついておられますこの絶世の美少年。
この美少年こそが、滅亡の危機に瀕したこの世界を救うべく呼び出された勇者様です。
一ヶ月の特訓を終えてもスライム一匹倒せず、暗闇に怯えるその姿は情けないことこの上ありません。
ですが、なんと愛らしいことか。
「大丈夫ですよ、勇者様」
勇者様の柔らかな金髪をわしゃわしゃとかき分けながら頭を撫でました。
普段だと、ちょっと止めてよ賢者さん、とこれまた愛らしく嫌がるのですが、何せ暗闇に怯える勇者様にはそんなこと気にする余裕もありません。
「早く、早く帰りたいよぉ…」
涙声で呟く勇者様。
勇者様の耳元ででは一緒に帰りましょうかと囁き今すぐ宿屋で一晩明かし『お楽しみでしたね』と言われたい。のですが、敢えてここは我慢して。
「いいですか勇者様。この洞窟にある"太陽の宝珠"を手に入れないことには、大魔王の住む城へ辿り着けません。大魔王に怯える人々のためにも、一日も早く世界の平和を取り戻すのです」
極めて常識人ぶる私。本当ならば今ここで"勇者様の宝珠"を食べてしまいたいのですが、あくまで我慢です。
もちろん、私の呪文で勇者様を連れてこの世界を抜け出し、平和な世界で勇者様と二人きり、幸せな生活へ転じることも出来ますが。
「うん…ボク、頑張るよ!」
何せこの勇者様、とっても正義感と優しさが強いものでこの世界を救わないことには納得してくれないでしょう。
「うわぁっ!」
頑張ると決心するも、コウモリの羽音に驚いて私に再び抱き付く勇者様。あぁ、少し摘まみ食いしたくなるかわいさです。
耐えなさい、私。
しばらく進むと、奥に明かりが見えました。恐らく洞窟の最深部、宝珠を守る者との戦闘となることが、経験から私には容易に予測出来ました。
しかーし。そんな私を他所に。
「わぁ、賢者さん!明かりが見えるよ!」
完全な暗闇から開放されたことを喜んだ勇者様。無謀にも走って行きました。
そして。
「きゃあっ!」
「勇者様!」
あっさりと魔物に捕まってしまうのでした。
天井の低いこの洞窟に、何故鳥の魔物を配置したのかわかりませんが、勇者様はその魔物の足にガッチリとホールドされていました。
「助けて賢者さぁん!」
ジタバタともがく勇者様…あぁ、なんと愛らしいことか。
もちろん、すぐにでも救出を。
「くっ!これでは勇者様にも呪文が当たってしまいます!」
なーんちゃって。勇者様への巻き添えを恐れて攻撃が出来ないアピールをする私。
もちろん私の呪文をちゃんと活用すれば、マジックリフレクトで勇者様をしっかり保護した上で、この鳥の魔物を直火焼きすることも容易いのですが、それだとあまりにも至近距離で勇者様が怖がってしまう恐れがあります。
いえ、それはもちろん怯えた勇者様もかわいいですし、あまりにビックリしてお漏らしなんてしてしまった日にはそりゃあもう洞窟だろうが水中だろうが即座にさぁ着替えましょうね勇者様では頂きますとなってしまいます。が。
その事で私自身が怖がられてしまう、なんてことになっては非常にマズい。
私が勇者様のトラウマになることだけは避けねばなりません。
まぁ、そうなったとしても記憶操作の呪文でどうにか出来ると言えば出来ますけれど、流石にそれは勇者様に対してどうかと思いますし、こんなに純粋でかわいい勇者様には純粋なままで私を愛して欲しいですし。
そんなわけで、私はあたかも『人質取られてお手上げ』状態を演じているのでした。持ち上げられて怖がる勇者様をもっと眺めたいですし。
「勇者様、少しだけ痛いですが我慢してくださいね!」
もうたっぷり楽しんだ私は、勇者様にマジックリフレクトを掛けました。局部を除いて。
そして、局部には呪文の威力を抑えるマジックガードを掛けました。
そして、鳥の魔物に使ったのは雷の呪文。マジックガードにて威力を押さえられた雷は、ほどよく勇者様の局部を刺激するという算段です。
「ひゃぅっ!?ふあああっ!」
身体を仰け反らせてビクビクと跳ねる勇者様。もちろん、勇者様の身体にダメージが発生しないように、しっかり私自身の身体で実験済みなので大丈夫です。そして結構コレ、癖になります。
「ゲゲアッ!」
鳥の魔物が悲鳴を上げて落ちます。そして、足から開放された勇者様を私がキャッチ。まだ少し身体が跳ねていて、興奮から息は少し荒く、頬も紅潮しています。この勇者様、お持ち帰りで。
「大丈夫ですか勇者様!?」
超心配している素振り。聞くまでもなく大丈夫なことはわかってますけどね。
「う、うん…大丈夫…」
恥ずかしそうに顔を背ける勇者様。もうダメだ、このチャンス貰いましたよ!
「ど こ か 痛 む の で す か ?」
はいコレ決まったー!勇者様モグモグルート確定です!よくやった私!
この後勇者様は間違いなく、『な、なんでもないよ』と隠します。そこで私が畳み掛けます『怪我は放っておくと後々困りますから、遠慮なさらないで言ってください』、そして『だ、だって…恥ずかしいよ…』と勇者様ぁぁぁぁぁ空かさず私のターン!『恥ずかしがることございません、さぁ、見せてください』でパーフェクト!勇者様の貞操頂きまーす!
「肩が…」
何ですって…?
「…はい?」
「捕まえられた時に、肩に爪が…痛いよぉ…」
うわぁぁぁぁぁぁ私のバカバカバカバカ!勇者様が怪我してるじゃないですか!
すぐに回復呪文を掛けました。もちろん、単体の体力を全回復させる呪文。念のため五回。
とんだ誤算でした。まさか勇者様が怪我をするとは想定外でした。迂闊、賢者一生の不覚。
「もう大丈夫ですよ」
「うん!ありがとう賢者さん!」
勇者様ペロペロは叶いませんでしたが、この特上スマイルだけで昇天レベルのものです。
今回の報酬はこの笑顔としておきましょう。オマケで"太陽の宝珠"は貰っていきますね。