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 ジッカと相談した結果、タカミネは火星の土地付き一軒家を二年契約で借りる事にした。火星でも、地球と同じような生活を娘にさせる為にには少し予算が足りなかったが、それでもその金額は、地球上にあるどんな高級な新型肺炎保養施設にも十年入ってもおつりが来る程の物だった。

 本社に契約書のデータを送り、原本を郵送する為に封筒に詰める。タカミネが一切手をつけなかった紅茶を捨てる。これで本日の業務は終わりだろう。ジッカはそう思い、机の上野資料を全てもとの場所にしまった。一日に複数件の客が訪れた事など、過去に一度もなかったのだ。

 湧いてしまったコーヒーを自分用のマグカップに注ぎ、読みかけていた本日付けの地球宇宙新聞を読み始める。

 「新型肺炎患者 過去最大へ」。記事を読み進めると、ここ十年以内に産まれた子供の約九十パーセントが新型肺炎に罹患しているという。原因は産まれて何年かは洗浄された空気の中で育ち、義務教育の開始とともに汚染された空気(と記事には書いてあるが、普通に私たちが吸っている空気の事だ)にさらされる事で肺を病んでしまうからではないか。政府はこの事を重く考え、新型肺炎患者や、その親への援助を積極的にするべきである。そう記事は締められていた。

「まあ、世の中色々ありますよね」

 ジッカは嘆息して、コーヒーを啜った。少し煮詰まっていて、苦い。

 

 ジッカの仕事、天文問屋は暇な仕事だった。世の中に二つとない商売だが、利用する人もごくごくわずかだ。おまけに、店自体が離島にある。これは、冷やかしを避けるためと、ごくごくわずかな客のプライバシーを尊重するために社長であるロバート・ハイヌミカゼが決めた事だった。しかし、ジッカは閑職でもこの仕事に不満を持った事はなかった。元来一人が好きな性格もあり、全く客が来なくても辛いとは思わなかった。

 この島の名前は小ハイヌミカゼ島。もちろん近くに大ハイヌミカゼ島があり、そこはハイヌミカゼ宇宙開発の第一ロケット発射場がある。そして、名前の通りにどちらもハイヌミカゼ宇宙開発の社長であるロバート・ハイヌミカゼの持ち物だ。

 ロケット発射場が近いという事は、ジッカの店で天体や土地の購入を悩んだ客がその足で現物の確認に行けるという長所もあった。もちろん、その人が健康で、宇宙渡航資格を持ち、警察などからも地球から出る許可が下りていればの話だが。


 ジッカが二杯目のコーヒーを飲み干し、マグカップを洗っていると店の外から物音が聞こえた気がした。水道を止めて耳をすますと、やはりカンカンと乾燥した音がする。

 風で何かが当たっているのか、それとも小型の動物か鳥の仕業か。ドアを開けて確認しようとしたところで、ジッカはその音がノックだったと分かった。


 ドアの外に、細くてみすぼらしい青年が立っていたのだ。

「やあ」

 なぜこんなところに青年がいるのか、不思議に思いながらもジッカは挨拶をした。

 それから、もしかしたら客ではないかと思い至り、軽く咳払いをすると彼を店の中に案内した。金持ちが金持ちらしい格好をしているとは限らない。もしかしたらみすぼらしい格好をして相手がどう出るか試しているのかもしれない。

 椅子を引き、紅茶を用意し、資料を机の上に置き、向かいの席に座った後で名刺を渡して自己紹介。ジッカは、自分で決めた接客手順を珍しくほぼ完璧にこなせた。客の数が少ないので、いつもやり方を忘れてしまうのだ。

「俺は……トーマス・ウィルヘルム……あ、トムって、よく呼ばれる、ます」

「そうですか。トーマスさん。本日はどのようなご用件で?」

「えっと、その、薬が欲しくて」

「薬?」

「ええ、薬です」

 そう言うとトーマスは、持っていた紙袋を机の上に乱暴に置いた。

「お金はいくらでも払います! 妹を助けて下さい!」


 土下座せんばかりのトーマスを宥めすかせて話を聞くと、どうやらジッカの事を医者だと勘違いしてここまで来たらしい。

 港で知り合いから船を借りるタカミネが、娘の病気を治す為にこの島に行くのだと語るのを見てそう勘違いしたらしい。それからこっそりとタカミネが乗った船に隠れて、今ここにいるそうである。

 ジッカは丁寧に自分の仕事を説明し、タカミネの目的も察せるような話し方をした。直接言うのはコンプライアンス違反だと思うジッカの判断だ。

「こんな店がこの島にあるなんて知らないです。本土のみんなはハイヌミカゼの別荘があるとか保養施設があるとか言ってたから」

「まあ、僕もハイヌミカゼ宇宙開発の社員の末端だから、保養施設と言えなくもないけどね」

 ジッカは苦笑いして紅茶を啜った。それに倣ったトーマスも紅茶を一口飲んで、変な顔をしてティーカップを置いた。

「さっきの話、ちょっとよく分からなかったんですけど、あのおっさんの娘の病気は宇宙に行ったら治るってこと?……ですか?」

「まあ、そう言うと語弊があるけどね」

「ごへい……?」

「こういうのはあまり人には言えないんだけどね、タカミネさんのお子さんは、地球の空気が原因で病気になってるから、火星で療養……病気を治す事にしたんだよ」

「やっぱ治るんですね!」

 ジッカが訂正する間もなく、トーマスは輝いた顔を上げ、そのまま勢いよく立ち上がって土下座した。

「お願いします! 妹を助けて下さい」

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