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島唯一の船着き場に小さな漁船が着船した。
それを監視カメラの映像で確認すると、ジッカは読んでいたややこしい名前の新聞を机の上に置いて、黒く固い髪を撫で付けて来客に備えた。
この島に来る人間の目的は一つ。
ジッカの店に来る事だ。
客用の机の上を片付け、コーヒーメーカーのスイッチを入れたとき、重い木の扉が開いた。
「どうも、わざわざご足労いただきまして」
ジッカは営業用の笑みを浮かべて客を迎え入れる。
「いやいや、どうも」
乗ってきた船からは想像もつかない、キッチリとしたスーツに身を包んだ紳士が帽子を外して軽く挨拶をした。
「失礼ですが、どこかで?」
「ええ、社長にはよくして頂いてまして。わたくしこういう物です」
紳士が差し出した名刺には『地球宇宙新聞社 代表取締役 タカミネ・サトル』と書かれていた。
「ああ、道理で。さっき読んでたところですよ。地球宇宙新聞」
「お世話になっております。いや、全くありがたい事です。ハイヌミカゼ宇宙開発さんの力がなければ、うちの会社は成り立ちませんから」
「まあ、僕の仕事はまた違うんですけどね」
「ええ、ええ、存じておりますよ」
タカミネ氏は勧められた椅子に腰掛けながら相づちを打った。
「ところで、本日はお仕事で……って訳ではなさそうですね」
ジッカはタカミネが乗ってきた船を思い浮かべた。民間の釣り船、しかも随分と安い部類だ。地球宇宙新聞社の仕事なら社用のヘリコプターなり他のもっと楽な方法がいくらでもあるだろう。
「ええ、そうなんですよ」
「しかし、タカミネさん程のお方ならプライヴェートでもあのような船にお乗りにならなくてもいいのでは?」
「ええ、ええ、分かります。クルーザーでもジェット機でも借りてきた方が楽ですし、なにぶん箔が付きますものね。しかしね、今の僕はそんな事に使うくらいなら少しでも娘の為に残しておきたいんですよ」
「娘さんの……。なるほど、それが今回お越しになられた理由ですか」
「ええ、ええ。察しが早くて助かります」
コーヒーマシンがこぽこぽと音を立てる。まだ出来上がるのには時間がかかりそうだ。実家はコーヒーを諦めて、紅茶をいれてタカミネに提供した。
「娘が新型肺炎になってしまいましてね」
ジッカが資料を集めてタカミネの向かいに座ると、彼は訥々と話しだした。
「完治するにはきれいな空気の場所で療養しなければならないんですが、ご存知の通り……」
「地球上にはそんな場所ありませんものね」
都市では光化学スモッグが発生し、自然の多い場所では花粉だの火山灰だのが待機に混ざっている。新型肺炎の患者にはその全てが毒である。
「一応保養施設というか、そういったところはあるんですが……」
政府の管理する、新型肺炎患者の為の保養施設は随所に出来ていた。それほど、この病は世界に蔓延しているのだ。
「たくさんの肺炎のお子さんと、お嬢さんを一緒にしたくはないのでしょうね。悪い噂も数々ありますし」
「そう言う訳ではないのですが……」
タカミネはハンカチで額の汗を拭いた。
肺炎患者の治療施設は、空気清浄機が満載の、言うなれば老人ホームのようなところだった。もちろん子供限定のところもあれば、費用も高いがその分サービスも高級ホテル並みのところもある。閉鎖空間の中なので、入居者同士の問題や、看護士との問題、管理体制の不備等が度々ニュースにあがる。
ジッカが読んでいた本日付けの地球宇宙新聞にも、ちょっとした生地として取り上げられていた事柄だった。
「治るまで施設内から出られないというのが……外の空気は汚れているので当然なんですがね、娘には可哀想というか、耐えられないんじゃないかと思いまして」
「なるほど」
「それにどの施設にいれたところで、今の生活よりも悪くなってしまいますし……」
「そうでしょうね」
ジッカは資料を机の上に並べた。
「でなければ、こんなところには来ないでしょう」
「ええ、まあそうなりますね。どんな高級施設にいれたところで、ここでの買い物の数万倍は安いでしょう」
「そこまでではないですよ。分譲の商品ももたくさんありますし」
「でも、星でしょう?」
「ええ、星です」
ジッカの店は、地球上唯一の宇宙専門の不動産屋だった。ハイヌミカゼ宇宙開発が開発した天体を、顧客に販売している、ショールームのような役割を担っていた。
今のところ完全にテラフォーミング(惑星地球化)されて人間の住める環境になっているのは太陽系では火星のみ。ここは分譲され、地球の環境汚染を恐れた人間が大枚をはたいて暮らしている。
他には金星と月が居住施設内のみだが生活可能になっている。
宇宙条約が定まる遥か昔に、まだ住める訳でもない月の土地を記念に販売した企業があり、それを全ての顧客から買い取ったことが、ハイヌミカゼ宇宙開発の始まりとなった。
そして、タカミネの地球宇宙新聞は、宇宙で暮らす全ての人々に地球の情報をいち早く伝える新聞であり、配達するのはハイヌミカゼ宇宙開発の配送部門の仕事だった。
「失礼、まだ名刺を渡していなかったですね」
ジッカは非礼を詫び、タカミネに自分の名刺を渡した。
「いえいえ、ありがとうございます」
タカミネは名刺を見ると、思わずそれを読み上げた。
「天文問屋……ジッカ・ヌサ」
「ええ、響きがいいのでそういう職種にしました。どうせこんな職業をしているのは世界中で僕だけですしね」
ジッカは薄い唇でにっかりと笑った。




