第三話 堅牢
活気溢れるケビンの大通りを抜けると、巨人すら阻むであろう大門が待ち構えている。
勤続十年になる堅牢なタンザリオンは成人を迎えたばかりであろう若人と押し問答をしていた。
「某の目には、君は手ぶらなように伺える。 そんな君が遠路はるばる北エールを売りに来たとは到底思えない事は理解して頂きたいのだが」
タンザリオンは少年の目をみながら事実を述べた。
実際、少年に手荷物は無く服も村人が良く使用している麻で出来た粗末な物である。
そんなボロ着でも見目の美しさが落ちない事が、この少年の異様に整った容姿を際立たせている。
「だから、僕が持っているルーンの中に入っているんだって。 一本出すと全部出てきちゃうから納品先で出さなきゃいけないってさっきから言ってるじゃん」
少年は地団駄を踏むように言う。
それを受けても門番であるタンザリオンは頷こうとしない。
何もタンザリオンは意地悪でこのような事をしてはいない。
そもそも、ルーンを使用出来ると少年は豪語しているがそんな簡単に使用出来る物では無い事をタンザリオンは知っている。
ルーンとは、この世の理を書き換える力である。
正しい動作、発音、儀式を行いようやっと発動する神秘である。
タンザリオンはルーンの難しさを人一倍分かっているつもりだ。
何せタンザリオンは東の果てにあるルーン大学校に在学していた事があったからだ。
だが、卒業は出来ていない。
在学し一年以内にルーンを使用出来なかった為除籍されたのだ。
「某の前で軽々しく、ルーンが使用出来る等ほざかないで欲しいのである。 それに、先程より某も言っているがルーンが使用出来るのなら見せてみるのであるよ」
タンザリオンは少年の目を捕らえつける。
その視線を受け少年は罰が悪そうに目を背けた。
「いやさ、僕も見せたいけど、魔力が切れててさ」
タンザリオンは嘆息する。
魔力とは基本尽きない物である。
それこそ、何十回とルーンを唱えない限りは。
一日に魔力が尽きる程ルーンを使用出来る者などルーン大学校の教授でもなければ不可能だろう。
「であれば、某は君をローズ街に入れれないのである。 大人しく下町で寝泊まりして明日来ればよいであろう」
尽きた魔力も寝泊まりすれば回復する事は一般常識であり、当然少年も知っているだろうとタンザリオンは思っている。
故に、今だに少年が愚図っているのが理解出来ないでいた。
「いやさ、今日届けたいんだよね。 うん」
理解できない。
この少年が、何をしたいのか。
何故こうも真っ直ぐ目を見れるのか。
タンザリオンは直感で少年が嘘をついていない事は理解している。
ただ、理解出来たといえそれが納得に繋がるかは別である。
「無理なものは無理である。 大人しく帰りなさい」
故に、タンザリオンは少年を通す事は無かった。
少年は悔し気に一歩二歩と門より遠ざかる。
そして気付く。
門の横にある水道を使えばローズ街に侵入出来る事に。
少年は駆け出した。
門番は止めてくると見越して。
門番は少年の意図にいち早く気付く。
故に、タンザリオンは手に持った槍を振るう。
上段へ構えていた槍が唸りを上げる。
風を切り、少年の進行方向へ叩きつけられた。
腹に響く音をあげ、地面が抉れる。
遅れてやって来た風切り音が少年の鼻筋を霞め、少年は堪らず尻餅をついていた。
「冗談じゃないのである。 某の目の前で死のうとするな」
心底腹が据えているタンザリオンは青筋を浮かべる。
少年を睨み付け教えた。
「この水道は、奈落の水道である。 入れば生物として死ぬから絶対に入るな」
この世界で、死より恐ろしい事がある。
物理的にも霊的にも終わる、そのような事がこの世界にはある。
生物でも無機物ですらなくなる現象を引き起こす場所、行動を称して頭に付けられる名称。
それが、奈落である。
タンザリオンは門番である。
その仕事内容にこの水道への侵入者を防ぐ事も含まれていた。
タンザリオンは勤続十年で誰一人犠牲者を出していない。
堅牢の名に恥じない人物である。
「帰れ、少年。 もう日が暮れる」
タンザリオンが告げると、少年は力なく立ち上がり下町へ帰って行った。
それを見届けたタンザリオンは力を抜く。
もうじき日が暮れ、門番の交代となる。
今日は少し疲れたとタンザリオン息を深く吐き出した。