第二話 その名は
ローズ街の下町であるケビン大通りには今日も老若男女人種を問わず盛んに人が通りを渡っていく。
馬小屋兼馬の卸兼宿泊施設でもあるケビンの寝床も外の活気に押され繫盛していた。
店主を務める、長男であるロビンは二階にある倉庫で金貨を丁寧に磨いていた。
一枚一枚丁寧に磨き、専用のケースに均一に並べるのがロビンの日課であり、唯一心が休まる時であった。
そんなロビンを疎ましそうに見ているのが馬小屋のダビンであった。
生来、馬が好きであり、長男が店を切り盛りしてくれるから馬の世話を出来るとダビンは理解しているが、毎朝気持ち悪い顔で金貨を数えるロビンを見ていると気が滅入る。
ダビンはロビンの悪癖に辟易していた。
そんないつもの朝に珍しく来客があった。
いくらケビンの大通りが賑わっているとはいえ、朝日が昇ったばかりの早朝では宿泊客は来ないものである。
そんな早朝に客が来たのだ。
つまり、訳アリである。
金貨に夢中になっているロビンの代わりにダビンはその客の応対をする事となった。
見たところ、成人に成りたてであろうか。
鼻筋が通り、何処か作り物めいた物を感じる少年である。
「何の用だい、お客さん」
いつものように声を掛ける。
いかつい見た目のダビンが低い声で声を掛ければ、大抵冷やかしは帰っていく。
この一見純粋無垢に見える少年が冷やかしかどうかダビンは試している。
「買取をお願いします」
透き通った声だ、声変わり前なのか声色は高い。
そんな可愛らしい声の少年が出したものは可愛げの欠片も無い物であった。
血鎌だ。
元々は雑草を刈り取る為の小型の鎌だったのだろうが、肉を裂きすぎたのか刃は欠け、刀身はガタついている。
だが、血が欠けた刃を補填し、刀身と柄の間に血管の如く血がへばりつき補強している。
その禍々しい見た目の鎌を使う罪人は一人しかいない。
血鎌のナーシルの物である。
ダビンは生唾を飲み込んだ。
「お前さん、これがあるって事は倒したのかい? あの盗賊どもを」
凛々しい見た目の少年はさもありなんと答える。
「うん、そうだよ。 僕が殺した」
ダビンは苦虫を嚙み潰したような顔をする。
この成人したての若造に倒せるほどあの盗賊どもは甘くない。
つまり、この若造はその甘くない現実を覆すほどの実力があるという事だ。
屈辱だ。
ダビンは、血鎌の買取金を用意する為に少年から背を向ける。
二階へ続く階段がギシギシと軋みを上げる。
あの盗賊どもとは因縁があった。
ダビンとロビンの両親は、荷物の運搬中盗賊に襲われ命を落とした。
無残な亡骸であった、いずれ復讐してやるつもりだった。
だが、奴らは武装した手練れであり一介の馬屋には復讐など到底無理な話であった。
ダビンとてその事は理解している。
渋々ながら納得もしていた。
ダビンは荒々しく戸を開く。
長男たるロビンはまだ金貨を磨いていた。
ダビンは金貨と別の棚にある銀貨を五十枚程小袋に詰める。
「何の金だ? それは」
ロビンが銀貨の音につられ意識を金貨から逸らした。
「買取だよ、ついでに謝礼も入れているがな」
ロビンが完全にダビンへ視線を向ける。
「謝礼? 何のだ」
ロビンが怪訝な表情を浮かべる。
それに対し、ダビンは両親の遺品を指差して言う。
「血鎌を殺した奴が来たんだよ」
ロビンが一瞬驚く顔をしたのち、視線を金貨に戻す。
「そうか」
ロビンの声は震え、金貨を持つ指先は震えていた。
ダビンはその様子を寂しそうに見つめ踵を返した。
軋む階段を降り、手持ち無沙汰に待つ少年をダビンは見据える。
「おい、小僧。 名前は」
ダビンは不快さと劣情を隠すように声を荒げる。
それに対し、涼し気に少年は答えた。
「レイヤー。 魔闘志たるレイヤー、それが僕の名前だ」
何処か凄然とその少年は告げた。
この少年に何があり、これから何を成すのかダビンには到底理解出来ない事である。
少年が店を出るまで、ダビンはその背を見続けた。