第一話 スタック
老齢のマルコシアスは茂みの中に身を潜めている。
ベヘリン村とローズ街を唯一繋いでいる山道の曲がりくねった道の側にある茂みの中にマルコシアスは居る。
使い込まれたロングボウを片手に、額に滲んだ汗を拭う。
彼此、一時間程彼は茂みに身を潜めていた。
マルコシアスは道向かいの茂みに目を向ける。
向かいの茂みには長年の付き合いがある、血鎌のナーシルが獲物を構え襲撃の体制を取っている。
ナーシルが構えているのを確認して、マルコシアスはロングボウに矢を番えた。
足音が山道の上より聞こえ始める。
重い荷物を背負っているのか、その音は低い。
マルコシアスにとってそれは予想通りであった。
ベヘリン村から唯一の名産である北エールをローズ街に納品する日付を調べ上げ、荷物運搬という重要な役目を若い跡取りの経験として送り出す事は既に調べ上げていたからだ。
さらに本来であれば護衛である冒険者を雇うはずだが、その余裕すら無い財政状況である事も調べ終えている。
長年、盗賊として生きているマルコシアスとナーシルからすれば鴨が葱を背負って来ているようなものだ。
足音が近づいてきて、自然とマルコシアスは喉を鳴らした。
長い時間茂みに隠れていたものだから、喉が渇いていたのだ。
こういう時は、エールに限る。
マルコシアスは辛抱たまらず茂みから飛び出した。
道向かいの茂みからナーシルも躍り出る。
ターゲットである鴨葱は驚愕の表情を浮かべている。
鴨葱はざっと見、成人を迎えたばかりであろう少年であった。
無垢そうな見た目であり、顔のパーツ配置体形身長どれを見ても整っていると言える少年であった。
男色であったマルコシアスは心の内で嘆息する。
殺すには惜しい見た目だと。
ナーシルの血鎌は既に少年の目前まで迫っている。
よしんば避けれたとしても、マルコシアスのロングボウが逃がさない。
少年は詰んでいるのだ。
その思い込みが、マルコシアスとナーシルの命運を決めた。
「ルーン:turtle!」
少年が呪文を唱えると右手より、青白い盾が出現した。
ナーシルの血鎌はその盾に阻まれると同時に少年は右手を突き出した。
途端にナーシルが吹き飛んだ。
「あぁ?」
マルコシアスは自身が間抜けな声を出している事に気づかない。
否、気付けなかった。
少年は間髪入れず、左手で呪文を飛ばす。
「ルーン:fire bird!」
火がマルコシアス目掛けて飛んで行った。
咄嗟にロングボウで防がなければ、マルコシアスは即死していたであろう。
マルコシアスは狩る側から狩られる側になった事をようやっと理解した。
そして、恐怖した。
激しく動機が鳴り、視界が明滅する。
少年から距離を取ろうとマルコシアスは走り出した。
脇目も降らず、我武者羅に。
故に見落とした。
この世界では絶対にしてはいけない行動を。
マルコシアスは膝より高い石に躓いた。
そして、マルコシアスは躓き倒れる体制で固まった。
空中でありえない体制を維持するマルコシアスを見て少年は追撃を辞め、逃げ始めているナーシルを追って行く。
既に、マルコシアスは生きていない。
死んでいないが、生物としては終わっているのだ。