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プロジェクト七宝ー創られた天女

作者: 春香

序章


Ⅰ.世界の構築


はじめに混沌があった。

ある時、混沌の一部に氣が集まり球体になった。これを太極あるいは(くう)という。


太極の氣のうち、澄んだものは球体の上方へ集まりはじめ、重いものは下方へ沈みはじめた。

中間のものは、さらに太極の中央に集まり、土となった。

沈んだもののうち、特に冷たいものは集まり水となった。その方角を北という。

少し冷たいものは土と混じり、金となった。その方角を西という。

上昇していったもののうち、特に熱いものは集まり、火となった。その方角を南という。

少し温かいものは、水と混じり、風となった。その方角を東という。

特に明るいものは最上部に集まり、光となった。その方角を天という。

光は土と水に降り注ぎ、木が生まれ、生きとし生けるものたちが産まれた。


Ⅱ.日・月・星


全ての氣が揃っていない太極もある。

混沌の別の場所にある灼熱の氣のみの集合が太陽、風と光のみの集合が月。

そして、太陽や月のような性質の太極のうち、遠くにあるものが星々である。


Ⅲ.天女


ある太極で育まれた人類は、森羅万象に畏怖し、共存するための仲介者としてシャーマンを必要とした。

それが天女である。人類とは似て非なるもの、別の太極から来た太極を()るものたちとされている。

人類と天女の混血が、魔女であり巫女である。


Ⅳ.(くう)の綻び


人類が産まれてから数万年は、(くう)の中の氣の循環、バランスは巫女によって保たれていた。

しかし、それは秒読みの段階に来ていた。

巫女の血は薄れ、空の裂け目が生じはじめていたのだ。

その綻びから、混沌の一部である大いなる闇が漏れだした。

人類は「他者を排斥する」という狂気に飲み込まれ、争いを繰り返し、人口は激減、地表は壊滅した。

ごく少数の人々は地下シェルターに逃げ込み、ひとつのコミュニティーを作った。それが我々の祖先だ。

我々の祖先は、狂気のはじまりは闇にあることを突き止め、残った巫女の力によって闇の浸食を食い止めた。

それがおよそ200年前のことだ。


現在も、闇の浸食は完全に抑えられているわけではない。しかし、巫女の一族は絶えて久しいという。

そこで我々は、人々の支えとなる信仰の源、シンボルとしての「人工生命」の創出を試みた。

それが共鳴者(レゾネイター)

巫女を模した人工生物。ヒトよりある能力において優れたヒト。

それが「プロジェクト七宝」。



黄金の章ープロジェクト七宝



我々の定義する、巫女とはなにか。

特別な感応力を持ち、その性質により、

①【神】を顕現させ、人々を照らし導くもの、

②空間を調え、身体と心の病を治すもの、

③恐怖の対象から救い出すもの、

に分類される。

そこでこの3つを核として再現することを試みた。

まず、過去に存在したとされる、闇を封じてこの世を去った「白銀の巫女」、ユエルの能力を21の因子に振り分け、そのひとつを強化した肉体をそれぞれ生み出した。

その体はいずれも、特定の鉱物の結晶と共鳴することが発見された。

能力を方向づけ、強化することにも適していたため、より人体に適合しやすい物質ー「有機金属錯体」、通称「宝珠」を精製し、肉体に埋め込んだ。

これが共鳴者。

人々を導くもの:通称分類No.1金、2銀に該当するものは未だないものの、空間を生み出し人々の支えとなるもの:分類No.3破璃(はり)、4瑠璃(るり)、5瑪瑙(めのう)、6硨磲(しゃこ)と、恐怖を浄化するもの:分類No.7玫瑰(まいかい)を生み出し、維持することに成功した。

現在、数十人が機能し、氣のバランスが保たれている。


時は新星暦219年。

かつての研究所(ラボ)は、彼女らの教育機関としての側面も持つようになっていた。

これは、そうして生み出された少女たちの報告書である。



玫瑰の章ー沙羅



サラー沙羅・玖音・シリウスは、平凡、平均以下の能力しか持っていなかった。ある一点を除いて。

共鳴者(レゾネイター)の特徴であるプラチナブロンド、ライトグレーの瞳、白い肌は持っていたが、「Ψ」(サイ)〔超感覚的知覚(ESP:Extrasensory perception)と念動力(PK:Psychokinesis)の総称〕は、初歩しか使えない。

特筆すべき点は、サラの受容体としての能力だ。


宝珠は水晶の一種だったので、はじめは破璃グループとされた。しかし、変容の性質を持つ「ピンクメタモルフォーゼス」だったため、肉体は変質し、驚くまでの宝珠容量を示した。

普通、宝珠は一個体につき一種類である。

ところがサラは、水晶、ガーネット(柘榴石)、ラブラドライト(曹灰長石)という別種の宝珠を宿したのだ。

ガーネットは、分類No.7に属し、ラブラドライトは、現在存在しないとされる分類No.2銀を象徴するものだ。

未だ「Ψ」は目覚めていないものの、今後の可能性が期待される。

そこで、試験的に玫瑰(まいかい)グループへ移すことになった。

もっとも、このいきさつについては、本人には知らされていない。


サラは、沙羅が個体名で、巫女「玖音」の一部を引き継いだ、21の因子のひとつシリウス系列の一人である。


****************

「ううぅ…。」


もう朝。

窓の外は清々しく晴れているのに、気分は晴れない。


グループが異動になって、3回目の授業をこなしただけなのだが、この感覚には慣れない。


力を使い尽くして、頭は重い。

加えて、宝珠という異物を宿している。その反動で異常な感覚が生じるのだ。

皮膚の内側の骨の表面がざわざわする。それが落ち着いたかと思うと、今度は吐き気が襲ってくる。

2時間ほどのサイクルが数回現れ、ようやく動けるようになる。

薬である程度は抑えられるし、慣れれば消えていくというが、それはとても先のような気がする。


さて、ようやく思考を取り戻した。

ベッドから上体を起こし、胸の親指大のメタモルフォーゼスに触れる。

左手の甲の12mm球のガーネットを見つめ、両手のひらの6mm球の爆裂水晶を確認する。

額のラブラドライトは前髪に隠れてほとんど見えない。誰にも教えるな、と上から指示されている。


「数が多いってだけだよね…。」

鏡を見ながら呟く。

アーモンド形の目、細めの顔には若干疲れが残っている。

寝乱れた肩までのプラチナブロンドをブラシで整え、サラの細身の体には少し大きい外套を羽織る。

黒地に、金の縁取りの真紅の縦ラインの入った厚めの生地。膝上までの長さがあり、帯ひもで留める。

サラは寒がりなので、黒いぴったりしたズボンを下にはいている。


時刻は7時半になっていた。

さあ、今日の日課を始めよう。



瑠璃の章ー胎動



破璃、瑠璃、瑪瑙グループの役割は、その「Ψ」により、太極の氣の状態を識り、解体そして再構築することだ。

これにより、太極のバランスが保たれる。

代表的な宝珠と得意分野により、

分類No.3破璃:水晶と風、水、光系統、

4瑠璃:ラピスラズリ(青金石)と水、金系統

5瑪瑙:オニキス、カーネリアンなどの瑪瑙と土、木、火系統と細分類される。


一方、玫瑰(まいかい)グループの本来の役割は、血を代償とする闇の浄化か滅却だ。

浄化と滅却は別の概念だ。

浄化とは、そのものと周囲との調和を保ちながら、清らかな状態へ導いていく。

滅却は、絶対的で強制的な力によって、そのものを無に返すことだからだ。


滅却を可能とするのは、過去においてただ一人。「滅却の巫女」と呼ばれているサラの上司だ。

完全な浄化が出来るものもまた、いない。

よって、彼女たちに求められることは、闇に対抗すること。自己を強く保ち、闇を寄せ付けないこと。


それすらも、サラには簡単なことではない。

サラが現段階で出来ることは、左手の甲を覆う(あか)い「結界障壁(サイキックバリア)」を発生させることのみ。とても実戦レベルではない。


「結界障壁」という能力自体は、かなり高位でレアだ。

高望みと笑われるかもしれない。

でもこれは、上司から見いだされた、サラの能力なのだ。

それまでは、破璃グループとして、共鳴者として誰でも出来る「共鳴(レゾネイト)」を自身の氣と両手のひらの水晶に応用した、「力の吸収と放出(エネルギーアブソプション・リリース)」によって、風と水の操作を練習していた。

今度は、風と水をガーネットに置き換えて干渉し、ガーネットを起動させることで発動するのだが、必要となる氣の密度が風と水の時の比ではない。

サラは不足を補うために、左手から、右手の氣を取り込み、左手の分と合わせて右手に送り込む。これを繰り返して氣を増幅させていた。

少しでも強化しようと、発生させるまでの一連の流れを日課として繰り返しているが、大きな進歩はない。


****************

サラの友人もまた特殊な共鳴者だった。


「まずは、宝珠よりも自分の中に意識をむけてみなよ。」

瑠璃と破璃の両方に属し、活躍している友人、キキョウにもらったアドバイス。

「自分を理解したら、出来ることが見えてくるかもしれないよ。」


キキョウ・カリーナ・レグルスは、瑠璃であるラピスラズリ(青金石)の共鳴者だが、破璃に分類されるラズライト(天藍石)にも共鳴出来る。

両手の甲に埋められたラピスラズリもラズライトも青い石で、初めて会ったときサラは、切れ長のやや青みがかった銀色の瞳ととても良く似合っている、と思った。

ラピスラズリの「直感力」により、共通項のある複数の宝珠と共鳴出来ると考えられている。


もう一人の友人、サリー・ジェット・アークトゥルスは瑪瑙グループだが、ブラックオニキス(黒瑪瑙)をメインに「重力操作(グラビティオペレーション)」と、カーネリアン(赤瑪瑙)による「発火能力(パイロキネシス)」も使える。

いつも明るくて、薄紅(うすくれない)色の上気した頬が印象的な、活発な少女だ。

サリーには、イメージの切り替えを相談した。


確かに、玫瑰=ガーネットのイメージが強すぎたかもしれない。

もともと私には、メタモルフォーゼスを核に、左手のひらに金水晶、右手のひらに銀水晶と呼んでいる爆裂水晶がある。

この水晶たちを共鳴させて、両の手のひらを合わせ、氣の増幅に使っていたのだが…。

この循環の途中で、メタモルフォーゼスを共鳴させたらどうなるだろう。


やってみる。

だんだんと出力を上げると、手と胸の宝珠が輝き始め、頬が紅潮していくのを感じる。

脳付近への血流も活性化されていくため、ライトグレーの瞳は、赤みを帯びて紫になる。

限界まで力を高める。瞳は紅に輝く。


…?何か、違う?


よくわからなくなったので、一度中断し、原点に戻って考えてみることにした。

水晶とは何か、という問いに。


本棚の『鉱物学』。

水晶の項で手が止まる。


『…鉱物としての水晶は、六角柱という安定した自形結晶を成すことが多い。

…圧電素子であり、振動子である。つまり、力を加えると分極し電気が発生し、逆に電圧を加えると変形(共振)する性質を持つ。…』


では、類似の物質である有機金属錯体の私の水晶たちに、氣という圧を加えたら?


イメージをより固めた上で、再度両手と胸の宝珠に氣を込める。


氣の密度が僅かに上がった?

いや、違う。質が変わったのだ。

透明だったものが、より強く白く光っている感じだ。

氣を加えたら、循環させなくても、かなり強力な氣で満たされた。


この状態で、更にガーネットを共鳴させれば……!出来た。強い(くれない)の体全体を覆う半球。

もっとも、5秒と持たなかったが。


気をとりなおして、次の挑戦。

左手の金水晶とメタモルフォーゼスだけに氣を加える。

発生した白く光る氣を、今度は右手の銀水晶に流し込む。

小指の爪の先ほどの小さな真っ白い氣の固まりが、一瞬だけ生まれた。

これだ!

これを成長させることができれば、闇に対抗する刃になりうるだろう。

そして左右で刃と盾と思えば、ガーネットとの使い分けは可能だろう。


実戦に耐えうる能力の兆しが見えた瞬間だった。


急な負荷による反動で、3日は起き上がれなかったが、回復すると、すぐに二人にお礼を言った。

キキョウ、サリーも喜んで、ささやかなパーティを開いてくれた。



破璃の章ー夢



その日から1ヶ月後の夜、サラの部屋に意外な来客があった。

黒い足元まである外套を羽織り、銀色のまっすぐな腰までの髪は、夜風に任せるままにされている。普段から赤色の瞳。

上司のカーシャだ。


「沙羅、祝いの品だ。」


言葉は少ないが、確かな微笑みをたたえて、小さな箱を差し出した。


「よろしいのですか?」

「ああ。開けてごらん。」


箱の中身は、小さな虹色に光る石のついた銀色の指環だった。


玫瑰のものが一人前として任務にあたるとき、習慣として、キュービックジルコニアの指環が渡される。

だから、予想はしていたが、戸惑う。


「私に出来るでしょうか…。」

「だからこそ、渡すのさ。それは護符であり、能力を発動する助けになってくれる。

ダイアモンドのイミテーションではあるが、その分、精密な調整が出来る石だ。すぐに馴染むはずだ。」


慣例に従い、左手の人差し指にはめたのを見届けると、

「では、私は戻る。沙羅はゆっくり休みなさい。今後は、本物の闇と対峙してもらうからな。」

「ありがとうございます。」

サラは、掠れた声しか出せなかった。


****************


 黒くたゆたう 地上世界。

 紅い鹿の心臓、

 深い緑の泉、

 月光を含んだ 清んだ風。

 幾久しく 満ちたりて、

 天より星々が 舞い降りる。


サラは歌を聴いていた。

深い眠りの中にいながら、響く優しい歌声。

これは脈々と歌われ、引き継がれてきた沙羅の「魂の歌」なのだ、とサラは悟った。


目覚めて左手の人差し指を見ると、指環は昨夜のまま、はまっていた。


「この指環のせいだったのかな…」


起床予定時刻には、まだ1時半間ほど余裕がある。

ぼんやりとした疲れが残っていたし、ふとんの中が大好きなサラは、二度寝することにした。

今度は、夢は見なかった。



瑪瑙の章ーはじまりの大地



母胎に勝る生命創造はない。

つまり、完全な人工的生命の培養は未だ成立していない。

しかし、人類はヒトの手によって生物を産み出そうとしてきた。その頃から、この太極に綻びが生じはじめたのかもしれない。


共鳴者(レゾネイター)はみな、人工培養装置で育った命だ。

200年前は電子データとしてしか残せなかったが、近年、技術が飛躍的に向上している。

共鳴者として成功した者は、完全とはいかないものの、クローンとして保存される。

良い例が、「滅却の巫女」、ブラッドショットアイオライトの宝珠を持つカーシャ・エリダヌス・Ⅲだ。


彼女らにとっては、この研究所(ラボ)が生まれ故郷であり住まいである。


****************

研究所からそう遠くない場所に、磁場の安定しない土地がある。

ここは200年前にユエルが果てた地で、90年前にも再び闇が漏れだした。

この時は、異端の共鳴者の一人が「神の刀」を発動させ、事なきを得たという。


故に、彼の地は「はじまりの大地」と呼ばれ、常に監視下におかれるようになった。



硨磲の章ーペルシカ



ペルシカ・白鳳・フォーマルハウトは、優等生だった。


分類No.6硨磲(しゃこ)において重視される役割は、情報源。過去から未来におけるさまざまな情報の記録と開示を担当する。


彼女の能力「神速思考・超洞察力(インフィニティウィズドゥ)」による知識、解析力はトップクラスだ。

「プロジェクト七宝」の目指す到達点のひとつ、「未來予知(プレコグニション)」に最も近いものとして期待されている。

能力が確立される数年後には、クローン化が決まるだろう。


****************

サラはかなり早くから目覚めてしまっていた。

というより、寝付けずに起きていた。

まだ夜明け。

異常感覚には慣れてきたのか、1、2時間で落ち着くことが多くなった。

今回、寝付けなかったのは、胸騒ぎが続いているせいだ。


昨日は、上司の後について、本物の闇と対峙した。

「この闇のわだかまりは、消えかかってはいるが、本物だ。何かのきっかけで復活しかねない。」

カーシャが振り向いた。

「沙羅、貴女がこれを絶ち斬り、浄化しなさい。」

サラは緊張した顔で頷いた。

既に準備は出来ていた。

10cm弱の、氣から生まれた水晶の刃にいっそう力を込める。

上から下へ、振り切った。

闇はしゅうぅ…と音をたてて消えた。


「今のは、ランクD相当だ。規模がほんの小さなものだからな。任務としてあるのは、ランクC以上だ。闇のわだかまりの範囲が広くなる。そうすると、我々には持久力が要求される。よく鍛練しておくことだ。」

「はい。」


『なんなんだろう…。』

何度目かの寝返りをうった。


それから半年の間、闇に対峙した夜は、妙な胸騒ぎが付きまとった。



黒鉄の章ー闘争前夜



「我々の任務は、闇の浄化だ。闇はヒトの精神を破壊しかねない。」

その任務は、ランクCであれば、サラ一人でも行えるようになっていた。


ところが「今回は変則的なのだが」と前置きがあった。

場所は会議室201。

上司が淡々と言葉を続ける。

「ごく小規模だが、「はじまりの地」での綻びだ。よって安全策として、ツーマンセルで行って貰う。

相手は、硨磲(しゃこ)のペルシカ・白鳳・フォーマルハウト。上からの決定だ。

作戦の詳細は個人端末に送っておく。決行は明日だ。」


*****************

中庭には、天からの光が溢れていた。


サラは戸惑っていた。

サラが人見知りなだけではない。

示し合わせてもいないのに、ペルシカはそこにいたのだ。


サラ達の生活する研究所は広い。

建物はセクションごとに複雑に別れていて、偶然出会うということはまずない。

どうやって連絡を着けようか、と思案しながら、お気に入りの中庭に出たところだった。


「あ、あの…」

「こんにちは、サラ。私はペルシカ。会うのは初めてね。」

「あ…はじめまして。私はサラ、沙羅・玖音・シリウスです。」

「かしこまらなくてもいいわよ。同い年だし。」

純白の美女が微笑んだ。

「明日のことでしょう?識っているわ。視えたから。でも、お互いを知っておくことは大切ね。」

少し先にある小さなカフェの、テーブルを指さして、

「座って話さない?」

今度は、少しいたずらっぽく笑った。


テーブルに、お互い注文した紅茶が並んだ。


白に近いプラチナの髪に、長いまつ毛に縁取られた伏せめがちの目。ひときわ白い肌。

そのどれもが、陽の光を受けて、輝いているようだった。

サラは思わず見とれてしまった。


「作戦の詳細は、見た?」

「あ、うん、目は通した。あの程度の規模なら大丈夫だと思う。でも、場所が…」

「そうね、「はじまりの地」は定期的に何度も点検されているのにね。でも、見つかってしまったのなら仕方がないわ。」


サラが持っていたペルシカのイメージは、もっと高貴で大人しい人だったが、意外とさっぱりした性格のようだ。


「私の能力は聞いているわよね?今から「透視(クレヤボヤンス)」を使うわ。」


彼女の瞳が紫に輝きだした。

「貴女は、」

視線をサラの瞳に合わせた。

サラは緊張して、顔が赤くなった。

「ガーネットの結界障壁と、水晶の刃を使えるのね。そう、違う系統を使い分けられるのね…。」

少し意外そうな表情をした。

「体内で、浄化をしているのね?こんなことができて、どうしてランクCなの?」


見ただけで、そんなことがわかるのかと驚きつつ、サラにとっても意外な言葉だったので慌てて訂正した。


「そんなすごいことは、出来ていないよ。持久力もないし。」

「貴女がそう言うのなら、そういうことにしておきましょう。」


まばたきをすると、ペルシカの瞳がライトグレーに戻った。

「じゃあ、能力的に、貴女がオフェンスで私はバックアップ、という形でいいかしら?」

「うん、私も指示を貰えると頼もしい。」


その後、サラとペルシカは、細かい作戦を詰めていった。

いつの間にか日が傾き、琥珀色の光になっていた。


サラは最後に、ずっと誰かに聞きたかった疑問を口にした。

「ねぇ、ペルシカ、【神】様ってなにかな?」

「それはとても難しい質問ね。一言で言えるものではないわ。」

一呼吸おいて、

「貴女が、『いるかいないか』、ではなく、『なにか』と聞いたことにも興味があるし、また今度にしましょう。この作戦が終わったら。」



白銀の章ー神の刀



今日は、「はじまりの大地」における浄化作業。

ペルシカは、この作業はランクA の可能性があると言っていた。

上層部はそれを知らないはずはないだろうが、通常、ランクAであれば、数人でチームを組む。だが今回はツーマンセル。

それだけに、ペルシカの実力は高いのだ。


杉の大木の間に紙垂(しで)を張られているそこは、「はじまりの大地」の入り口。

手はず通り、ペルシカは入り口に残り、サラだけが問題の中心地へ向かう。

苔むした巨石が見えてきた。ここも紙垂が張られている。

結界の中なので、サラにはわからないが、「千里眼」で繋がっているペルシカには視えているらしい。

「神速思考」で判断され、指示された場所を、水晶の刃で祓っていく。

実際にはペルシカが闘っていて、サラは遠隔操作の端末のような状態だが、サラは気にしていなかった。

それほどにペルシカの指示は的確で、頼れるものだったからだ。

やっぱりすごいんだな、と感心した矢先に、サラは一歩間違えてたたらを踏んでしまった。


『しまった!』


焦りに同調したのか、サラでもわかってしまうほど濃密な闇が襲いかかってきた。

一瞬にして、真珠のイヤリングを起点としたペルシカとの繋がりを絶たれてしまった。

まるで闇にも意志があるかのようだった。


『こんな濃い闇なんて聞いてないよ!』


ここからは自力で応戦しなければならない。

油断した後悔は、思考から振り払う。

「結界障壁」で間合いを確保し、恐怖を癒す。

だが、劣勢なのは明白だった。


『このままではまずい。飲み込まれる。』

意識が懸命に警鐘を鳴らす。

でも、水晶の刃を出す氣の余裕がない。

「結界障壁」も維持が難しくなってきた。

闇は油断なく、容赦なく、紅い障壁に染み込んで、サラの意識を締め上げてくる。

『終わりだ…!』


その時、額が熱くなり、サラの中の何かが切り替わった。


何か大きな意志に支配されている感覚。

サラの中が大きな空洞になって、サラという意識は遠くから【それ】を見ていた。


闇を絶ち斬るのを。

透明で美しい刃が煌めく様を。


ペルシカは、その様子を「千里眼」と「超洞察力」で視ていた。

繋がりが切れたと知った瞬間、彼女の機転により、サラのピンクメタモルフォーゼスを起点に、再度「千里眼」をかけたのだ。


沙羅の瞳が白銀に耀(かがや)き、額に埋め込まれたラブラドライトが青く共鳴した。

その表情に感情はなかった。

伝わってくるのは、【神々しさ】だけ。

そこには、【神】がいたのだと、彼女は悟っていた。


***************

「あの子は【神】の容れ物に成りうるのです。それに、状況は90年前と酷似しています。「玖音」の因子が強く働いたのでは。」

と、ペルシカは彼女の上司に報告した。


彼女の上司は、共鳴者ではなく、「プロジェクト七宝」の実行メンバーの一人だ。


「でも、ひとつ狂えば大惨事になっていた。情報ミスがあったのではないですか?」

ペルシカは、怒りの瞳を向けた。


「やはり【神】はいるのか…。」

彼女の上司は平然としていて、むしろ満足そうに笑みを返した。

「2人には、いや、3人にはすまなかったが、これはひとつの実験だったのだ。なかなかの結果だ。」



終章



サラには、あの感覚ははっきり残っていたが、自分でやろうとして出来るものではなかった。

「はじまりの大地」における絶体絶命、それが引き金になり、【神】を受容したのだろうと上層部は結論付けた。

無論、絶体絶命の体験などサラは二度とごめんだ。ただ、新しい能力が眠っていることには、素直に喜ぶことにした。


普段ほとんど感情を出すことのないカーシャも、すまなかったと謝罪し、体調を心配してくれた。

どうやらカーシャにも、本当のところは伝えられていなかったらしい。


その後も、サラの日常には何の変更もなく、今日もランクCの任務の準備中だった。


「今使える能力がパワーアップしたわけでもないし、これまで通り、出来ることをやっていこう。」


胸のメタモルフォーゼスに触れる。

左手の甲のガーネットを見つめ、両手のひらの金と銀の爆裂水晶を確認する。

一日の始まりだ。


****************

数日後、約束通り、サラとペルシカは、話しをすることにした。

「秘密の話なら、パジャマパーティが鉄則だよ」とのサリーの入れ知恵により、夜にサラの部屋でお泊まり会をすることにした。

場所がサラの部屋なのは、サラが極度の方向音痴だからだ。

ペルシカはちゃんと外出許可を取ってきた。


「もう少し趣味のものがあるかと思った。」

とペルシカ。

「おかしいかな?」

「そんなことはないけど、予想外だったの。」

「ペルシカが予想外って言うのは、初めて聞いたよ。」

そう言って、2人は笑いあった。


サラの部屋は広くないので、ベッドの枕元にお気に入りの本と勉強中のノートが数冊、ベッドの他は小さな丸テーブルとランプがひとつ。簡易キッチンにポットがひとつだけ。


サラは、テーブルに紅茶を用意して、ペルシカに勧め、自分はベッドに腰かけた。


「ありがとう。さて、真面目な話しをしましょうか。」


サラの表情は固くなった。

「うん。私たちは、この研究所の外の人にとっては、信仰の源、シンボルとされているでしょ?だったら、【神】様ってなんなのかなって。」

顔を上げて、ペルシカの目をみる。

「【神】様を顕現させることが、人々を照らし導くことになるなら、【神】様は人を導く存在なの?」

「ある一面としては。」

紅茶を一口すすってから、

「私の知識としては、【神】様は万能。だから、それも出来る。でもね、それはヒトというフィルターを通したときに産まれた概念だと思うの。」

「というと?」

「人智を超えた大きな力。それそのものが【神】。ヒトの望むかたちで発現したとき、【神】様として崇められる。」

「…難しいな。」

「そんな話題を振るからじゃない。でもね、とても興味のあること。私も、外に出たことはない。それどころか、このセクションに来るのも初めてだったの。

上層部もなんだか怪しいし、外の世界をもっと知る必要があるわね。外に出るきっかけを考えないとね。」


2人は、微笑みあった。

秘密の同志が出来た、そんな感覚。


満月の夜は更けていく。


この世界観を気に入っていただけたなら、幸いです。

機会があれば、続編や前日譚も書きたいと思っています。

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