evidence 22「吹き荒れる青春の風」
「誰か、って…誰だよ!?」
「わかんないけど…女の子みたい」
「なんですと!?」
それを聞いて、全員が想介のいる近辺を凝視する。
その女の子は黒髪のポニーテールで、少し日焼けした肌に映えるホットパンツで細い脚を出している。だが、顔立ちには十分なまでに幼さが残っていて。
「ポ、ポニテだと…しかも攻めてる…まずい勝てない…」
祐も今日は髪型をふわっとしたポニーテールにしている。だが、ホットパンツで脚を出せ、というのは祐にとって少しハードルが高い。
「あれは中学生か…? だとしたら土方を後で軽くシメておかないと」
奈々子は指を鳴らし、戦闘態勢を整える。
「土方くん…ああいう小さい子が好きなのかな…」
葵は困惑とちょっぴりの悲しさを含んでそう言った。
「大丈夫!それなら葵ちゃんも守備範囲だよ!」
祐は親指をぐっ、と立ててはっきり言った。
「いや、別に私はそういう感情は持ってないよ…」
ぶんぶん、と手を横に振って否定する葵。
「あらそうですか…残念」
「…ていうかさ」
琴音は正哉のほうを見る。
「…だよな」
正哉もうん、と頷く。
「どしたの、お二人さん」
祐は疑問を浮かべて尋ねる。
「いやー、盛り上がってるとこ悪いけど…あの子は」
「想介の妹だろ? 多分」
「「「えっ」」」
何も知らなかった三人はユニゾンして唖然とした。
「…だと思った」
唯斗は小さくそう呟いて、わかりきったふうにしているが。
実はかなり焦っていた、のは唯斗だけの秘密である。
「悪いな、遅くなって」
俺は既に全員揃ってることを確認して。
「土方っ! 念のため聞くがその子は誰だ!?」
奈々子は警戒しているのか、どこぞのカンフー映画のスターのように重心を低くして構えた。酔拳だっけ、それ?
「ああ、こいつは」
「はじめまして、土方夏海です!」
夏海は、初めて会う面々にも物怖じせず、いつもの笑顔で、ぺこり、と頭を下げた。それを見て奈々子は警戒を解いて、いつもみたいに静かに笑って、
「しっかりしてるな…兄以上に」
「い、いえ…」
かっこいいお姉さんにそう言われて、夏海は照れるが。そのかっこいいお姉さん、実際はどうしようもないお姉さんなので、
とか言ったらに奈々子の酔拳でボコられるからやめておこう。
「ごめんみんな。夏海のやつ勝手についてきてさ」
「だってパパとママも今日はいないし、お兄ちゃんも出掛けるっていうから寂しいんだもん」
そう言って夏海は俺の腕に抱きついてくる、ってちょっと待て、ここは家じゃない!
「ひゃお…!」
葵が突然の刺激的な光景にびくっ、と震えた。
「お…お兄ちゃんだと…今時三次元の妹じゃレアだろ…」
「しかもパパとママときたもんだ…円満な家庭なんですなあ」
唯斗と祐はそう結論づけた。まあお陰さまで家庭は円満なんだけど、
「ななな夏海…! ちょっと離れろ、ここは人がたくさんいすぎる!」
ふにー、と飼い主に甘える猫のように離れない夏海。恐らく気付いてないのだろう。だが周りでは、
「あらあらまあ」
「若いカップルみたいねえ、長田さん」
「けっ、青二才が」
通りすがりのおばちゃん軍団がおほほ、と笑い、リア充爆発しろ、とか好き放題言っている。でも残念ながら彼女じゃなくて妹です。
「やあ妹ちゃん、私のことはわかるかい?」
「…? あっ、豊崎先輩ですか!?」
「当たりぃぃ! 良かった覚えてたんだねー!」
「もちろんですよ!」
琴音と夏海はなんか感動の再会を果たし、抱き合う。
「琴音? 夏海となんか関係あったっけ?」
「想ちゃん忘れたのか…私も中学時代はソフテニですぞ」
「…だったな。てか想ちゃんはやめろ」
「じゃあお兄ちゃんで」
「もっとやめろ」
これ以上琴音の愚行を許す訳にはいかない。愚行はさすがに大げさか。
「またまたー、夏海ちゃんがいるからって」
「だまらっしゃい」
座ってる状態から接近し、琴音の頭、こめかみにグーにした両手を置く。
「おう?」
すっとんきょうな声を出し、琴音が俺を見詰める。その距離、僅かに十センチ。
「あ…」
潤んだ瞳は熱を帯びていて、本当に吸い込まれてしまうのではないか、そんな錯覚さえ覚える。
俺は琴音のことを友達だと思って、あんまり女の子として意識して見たことは無かったかもしれない。実際名前で呼びあっているし。
ただ、こうやって近くで見ると、なんだろう。とにかく、
理性が奪われるような―。
「うわぅっ!」
「!」
体のバランスが失しなわれていくのを感じた。どさっ、と、ビニールシートが音を立てて。体を駆け巡る体温、不思議な感情。
「…!」
「土方っ! 琴音っ! どうした!?」
奈々子の心配する、鋭い声。でも、その声もなんだか頭の中でぼやけていて。
…どうしよう。
「そ…想介…」
俺は琴音の小さな声で我に返った。
俺の下敷きになっている琴音は顔を真っ赤にして、まっすぐに俺を見詰めていた。視線にこもったのは、怒りではなく、ただひたすらの恥じらい。
いつもはっちゃけてる琴音が、恥じらいどころか、怯えているようにも見える。襲われてしまう、と思っているんだろうか。
「想介…重いよぉ…」
「あっ! ご、ごめん…!」
慌てて琴音の上から避けて、息をつく。
そういえば、手に残った柔らかい感触。胸まで触ってしまっていたのか。
「ふ、副長! いきなりどうしちゃったの!?」
祐があわわ、と息の詰まる状況を打開するために叫ぶ。
「…うがあぁ…」
正哉がいきなりでかいあくびをした。
「ちょっと中村、空気が」
「悪い…昨夜想介と中学のときのやつらとチャットで朝まで話してたからさあ。想介も寝不足で目眩にでもなっちゃったんじゃないか?」
正哉は、もっともらしくそう言ったが、それは真っ赤な嘘だ。現に俺は昨日のうちに寝た。
「ったく…土方。えりちゃんの件もあるし、お前そういう事故を起こしすぎだ。欲求不満か?」
「なんなら奈々子がお相手するってさふぎゃごめん嘘」
祐はぱかんっ、と奈々子に一発お見舞いされた。
「とにかく、今日は早く寝とけ」
「ああ…」
もう、申し訳なさでいっぱいだ。
「…琴音」
「…はっ! な、何…?」
「ごめん…ちょっと、さ…」
その次の言葉が出なかった。それでも琴音は、
「気にしないで…私はこれくらいのことで想介を嫌いにならないから…ね?」
いつもと変わらない無邪気な笑顔で、俺にしか聞こえないように、でもはっきりと言った。
「まあ! とにかく全員揃ったし、会食と行くか!」
「出ました奈々子っ!」
奈々子は囃す声、でも琴音ではなくて、祐のものだ。
輪になって座っている中に広げられたお重の数々。そのなかには色とりどり、定番のおかずから、今旬の食材を使ったおかずまで、豊富な種類が入っていた。
「す、すごいですね…」
「…それぞれが別々の段のお重を一つずつ持ち込んで、それで四段」
葵が考案した方法である。主食、主菜、副菜、その他デザート。その四つを分担した四つの家庭の合作だ。
「葵…お前天才すぎるだろ」
「そんなことないよ…」
「飲み物は全員回ったか?」
唯斗は確認して、奈々子にオーケーサインを出した。
「えー…それでは、これからのメディ研と、」
「軽音部の発展、それと兄妹の円満を願いまして」
祐も続けた。
「「乾杯っ!」」
大人たちが闊歩する公園に、青春の風が吹いた。
「そう気負いするなって想介」
おにぎりを食いながら、正哉が声を掛けてくる。
「分かってる…すまん」
先程ナイスフォローをしてくれた友人に感謝しなければ。
しかし、青春の風か。さぞかし爽やかなそよ風なのだろう。だけど、俺にとって青春の風、そいつはすぐに暴風雨となって襲いかかってくるに違いない。
一方、さっきまでの盛り上がりと違い、押し黙っている夏海。
『お兄ちゃんと、豊崎先輩…か…』
兄と先輩のあの姿を見てしまってから、ずっと頭がもやもやしている。
「はあ…」
「ふう…」
端から見れば楽しげな高校生たち+αだが、それぞれ内にはいろんな迷いや感情を抱えている。
そんなものは、風に乗せてあの青空に吹き飛ばしてしまえれば。
―そんなことを誰かが考えていたのだろうか。
「おおっ!」
周りから歓声が上がった。
「何だ…?」
顔を上げて見てみると、強い風が吹いたせいで、桜の花びらが舞い散ったのだ。花びらは風に乗って、青空に上がった。
桜吹雪、と言われるやつだ。何気ないようで、幻想的なワンシーン。
その感動で、俺たちは抱えてる迷いや悩みを、少しの間忘れていた。
「綺麗…」
琴音も、静かに呟いて。
「お兄ちゃん…すごいね」
夏海も感嘆して、俺を構ってくる。
「ああ…」
もう一度桜吹雪が見れないだろうか。写真に撮っていないし、
それにもう少しだけ、心を囚われていたいから。
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