evidence 21「春風が心をくすぐって」
「じゃ、行ってきます」
「いってらー」と朋美から返ってくる。これもいつものこと、十何年と続けてきた習慣だ。
玄関を出た瞬間、どこからか風が吹いた。
心地よさに、思わず笑みが漏れる。春、俺は一番好きな季節かもしれない。
街の中心部、から少し離れた場所にある公園。
そこは元々この地方を治めていた大名の城跡で、今も堀や石垣、大手門なども復元され残っており、桜の木も沢山植えられている。
そして、この季節。桜が咲き乱れる季節には、毎年たくさんの花見客が訪れるのだ。
「いやー、人多くなってきたねえ」
「当たり前だ。今日が最後の日みたいだしな」
琴音と奈々子もまた、桜を見に訪れていた。無論、二人だけではなく、
「おお、あの人やべえぞ!」
「ほんとだぁ!人がたくさん集まるこの場所であえてフリッフリのゴスロリ着てしかも猫耳なんてテンション上がるううう!!」
「ふ…ふわふわしててかわいいかも…」
「恥ずかしくないのか…あの人…」
正哉も、祐も、葵も、唯斗もいる。
そう、メディア研究部と軽音部。何かと接点の多い二つの部で花見でも行こうか、という話になったのが一昨日。
次の日には各自分担し、場所とりや食料だとか用意して。
そして、地元のニュースでは満開で見頃、その日のうちに散ってしまうという今日に催された。
「悪いな、俺らまで呼んでもらって」
唯斗は少し申し訳なさそうに言った。
「いやいやいーって!うちらと軽音部は共闘関係にあるんだから!」
「だよな!豊崎、今度俺らのオリ曲のPV作ってくれよ!」
「お、おい中村…頼めるか、豊崎?」
「うおおお任せろおまいらー!」
琴音はテンションが最高潮になって叫んだ。
「オリ曲か…祐、最初のライヴっていつだ?」
「まずは七月の終わり。でもそこではまだオリ曲はやらない」
「じゃあ…いつだ?」
「…十月の東雲祭だろ姉御!」
祐はメガネから光を放って言った。
「東雲祭って…文化祭?」
この春転校してきたばかりの葵は首を傾げて尋ねた。
「そうそう!県内一熱い文化祭って言われてる東雲祭りだぞ!」
祐は拳をぐっ、と握りしめた。
「あと半年か…腕を上げておかないとな」
唯斗も武者震いして、そう自分に言い聞かせた。
「…ところで相棒」
「どうした中村」
「身体計測はどうだった」
「ごぶあっ!」
唯斗にとって、残酷すぎることを正哉は言い放った。
「はっ!そうだざっきー、琴音と並ぶんだ!」
「しゃああ!来いやざっきー!」
「榊原まで乗るんじゃない!」
そう言って抵抗する唯斗を、体格で勝る正哉が押さえつけ、立たせた。琴音も背中を合わせて、奈々子が計測する。
「どうだ篠原?」
「うーん…あんまり変わりはないな。琴音、お前何センチだった?」
「一五六センチ」
それを聞いて、唯斗はうなだれた。
「山崎は?」
「…一五五センチ」
「ふふ…私は一六二センチだ。余裕」
奈々子は舌を出し、静かに笑う。
「うー…」
唯斗の表情が悲壮に満ちている。
「だ…大丈夫だよ山崎くん…。私なんかまだ一四六センチだよ」
「榎本…ありがとう…でもあんまりフォローになってない」
「…ところでさ」
祐はあることに気付き、全員に言う。
「…副長いなくない?」
一瞬、時が止まった。
「あ…そういえば土方のやつ、まだ来てないじゃん」
唯斗も今さら気づいて、はっとした。
「大丈夫!お弁当はまだ開けてない!」
琴音は女子勢が持ってきたランチボックスを指差した。もちろん、まだ誰も手をつけていない。
「乾杯だってしてない!問題ないよ!」
葵は男子勢が買い出した清涼飲料水のペットボトルたちを指差した。ちゃんと紙コップも用意されている。無駄遣いはしない。
「あおいん!」
「琴音ちゃん!」
二人はひし、と抱き合い、お互いの健闘を称えた。別に闘ってないが。
「…ナイスコンビネーションだ、二人とも…」
「奈々子は監督かい」
メディ研の勢いに祐が苦笑いする。
「あたしも部長として、部員のコンビネーションの強化を計らないとね…」
「えっ榊原って部長だったのか!?」
正哉は空に飛び上がるくらい驚いた。
「え!?カズヒコ今まで知らなかったの!?」
それに対し祐は成層圏まで飛び上がるくらい驚いた。
「うっそでしょー…カズヒコぉ…」
あまりの衝撃の事実にふにゃふにゃ、と崩れる祐。
「これじゃメディ研に勝てないぞ、榊原…」
唯斗は呆れながら言った。でもはっきりと、
「俺はちゃんと知ってたから、そこは安心しろ」
「唯ちゃん…」
祐は表情を緩めて、唯斗の言葉を噛み締めて。
「よし、メガネ外そ!」
「なんで!?」
祐はいつもの赤ぶちメガネを外し、小さな瞳をあらわにした。
普段メガネをしている女性がメガネを外すと、いつもより魅力的に見えるとか。そういう話は聞いたことがある。
「…唯ちゃんも外しちゃえって」
「…その誘惑には乗らないぞ」
唯斗は冷静を保ち、目をそらした。
そらした視線の先に、
「お、土方来たみたいだ」
「ほんと!?…って、あれ?」
葵がある異変に気づいた。
「どしたーあおいん?」
「いや…誰か…」
それは、予想もしなかった、シチュエーション。あるいは修羅場か。
「…土方くんの隣に誰かいる、みたい」
To be continue...




