evidence 20「見る世界は、そう」
「奈々子ーお茶入れる?」
「ああ、もらう」
どぽぽ、と急須から湯呑みへお茶が注がれた。香ばしいというか、ほんのりとお茶の香りが立ち上る。
それを飲んで、奈々子は一息ついて。
「…玉露でも持ってくるか」
と、微笑んだ。そこからはさっき掌底を打ち込んでいた少女の面影は無く、その微笑みは凛として、それでいて優しいものだった。
「お菓子欲しい…今度持ってこよっと」
一方、ほっこりしまくっている葵。
俺の隣に座っている彼女は、小動物のようで、すごく愛らしい。ちょっと悪戯したくなるくらいだ。
だから―。
「あ…葵、ちゃん」
「なに、」
と、彼女が横を向いた瞬間。
むにゅっ、
「ひゃんっ」
あらかじめ仕掛けていた俺の人差し指が、葵の頬に当たった。
よくある、「振り向かせて指ぶすっ」的な悪戯。
「やっぱり…土方くんいじわるだね」
葵は頬を指でつつかれたまま呆れながら言った。
「意地悪…俺が?」
「だって、あの電話のときの話とか…本当に怖かったもん」
俺も覚えている。あれはちょっとからかおうと思ったのだが、やり過ぎてしまったのでずっと気負いしていたのだ。
「反論出来ねえな、それに関しては。ごめんな」
「そんなじゃ結婚出来ないよ?」
何年先の話だよそれ。
「あ…そうだ、皆聞いてくれ」
突然、奈々子が話を切り出す。
「この前話した活動計画の件なんだが…」
「どうだったんだ?」
俺は気になって聞く。だが、奈々子は勿体ぶっているみたいでなかなか話さない。
ていうか、額に汗が光っているし。
「篠原…まさかとは思うけど」
「なーなーこー?」
しびれを切らした琴音が、さっき葵にやったみたいに頬をすりすり、と擦り付ける。
「くすぐったい…やめろぉ…」
「やめて欲しかったら言いな?」
「わかっ、わかったからやめろ」
解放されて、奈々子は弱々しく「ひゃあ」と漏らした。
「わかった…話す」
奈々子は息を吸って、吐いてから、
「しくじった」
「「「え?」」」
奈々子以外の全員が、疑問でシンクロした。
「あまりにもでかいことを書きすぎて、『これは学院側に出せませんよ…』と、生徒会に言われた」
「でかいことって?」
「例えば新海社新人賞受賞とか」
「それは出せないな」
瞬時に判断した。たかが高校生が出版社の新人賞受賞なんか奇跡でも起こらなきゃできない。しかも新海社って航輔の職場じゃんか。
まあ、高校生作家は確かに過去に何人もいたけど。
「…まあいいじゃん、私たちは私たちでやってけばいいし、奇跡は起こるかもしれないし」
と、琴音がさらっと言ったけど。
もしかしたら、もしかしたらこのゆるふわハイテンションガールの琴音でも奇跡を起こせるかもしれない。映画監督とか。
奇跡を起こす、それにはいろんなものが必要だ。努力、能力、才能、運。でも、諦めなければ必ず、活路は見いだせる、から。
「それに、大事なのはお金じゃないよ。楽しむ…こと、みたいなものかな?」
「いいこと言ったな葵!偉い子だ!」
奈々子はびしっ、と葵を指して叫んだ。
「そうだよな。自分のやりたいことがやれて幸せだ、ってクリエイターも沢山いるし」
「そうか…私たちもクリエイターだな」
「おお!その響きかっこいい!」
「かっこいい…」
普段はふざけてばっかりで、やっぱり教師や一部の生徒には嫌われているけど、内には大きな思いを持っている。
そう、俺たちはただの暇な文化部ではないんだ。
唯一無二のクリエイター集団。それぞれが、ゼロから何かを創り出したり、日常に溢れるシーンを切り取ったり、自分の思いや想像の世界を表現したり、この世界の深層を自分の手で見つけ出したり。
創造の世界は、自由だけど、果てしなくて、孤独で、暗闇に閉ざされたような世界。そんな言葉も、誰かが言っていた気がする。
俺たちの世界は、まだ始まったばかり。途中で力尽きるかもしれない。
でも、このメディア研究部の仲間ならどんな障壁も越えて、どこまでも飛翔できる気がする。
だから―。
「クリエイターを名乗るなら、どこまでも追い求めようぜ」
俺は決意も込めて、全員に言った。
「そう、だな」
奈々子も、力強くうなずいた。
「もう一生捧げてもいいよ…ね!」
葵は純粋に、そう言って。
「ふお!あおいんも警備員志願ですか」
琴音はいつものこんな調子で。
「ちっ、違うって…そういう画家とかになりたいって意味だよ!?」
「琴音、そういえば地元の警備会社で自宅警備課とかいう部署があるらしいぞ」
「おお!…ってんなもんあるわけあるかあほー!」
「篠原…俺そこに面接行きたいかも」
「なっ…土方お前壊れたか!?」
「土方くんダメだよぉ…ニートなんかやめてぇ…」
「想介ぇー!妹ちゃんを悲しませる気かー!」
「はっ…俺は夏海を…」
「おお治った!」
「やっぱりシスコンだったのか…想ちゃん」
「誰が想ちゃんだよ」
「想ちゃんって…かわいいね」
「想ちゃん…悪くないな」
「お前らやめろぉ!」
そしてこれが、メディア研究部なのだ。
To be continue...




