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えびでんす。  作者: 紅アルペジオ
始まった、春
18/22

evidence 18「フラグ?いいえ、事故です」

「うおおおお!」


俺はもはや誰も歩いていない、いつもの通学路を疾走していた。


もはや運動部引退から二年余り。身体は鈍ってしまい、筋肉が悲鳴をあげるが、


現在時刻、八時三十二分。もう遅刻は避けられない。だから走るしかない。


「ああ…どうしてこうなった!?」


焦りで、思考が思うように働かないが、必死に絞って考えてみる。


『…想介…そんなに寝てて大丈夫なの…?』


次々とフラッシュバックする記憶。ていうか何故気づかない。


『じゃあ行ってくるぞ』


また、また次のシーン。だからなぜ放置した。


『いやー、寝顔が可愛くて起こすの悪いかなー、って』


このシーン、っておい。


ダメだ、気付いてしまったかもしれない。


夏海にはかなり大事な部分が欠陥してる、かもしれない。特に兄、俺に対する部分で。


『寝顔が可愛い』、いくらなんでもむさ苦しい高二男子に言うか普通。


アレですか。俗に言うブラコンですね。まあ兄もシスコンなのでどっこいどっこいだけど。


…じゃなくて。なんで起こしてくれなかったんだ。兄としては可愛い妹の顔をゆっくり拝んでからゆっくり陽の光を浴びて登校したいのだが。


まあ、ここで願っても夏海に届かないし、どうにもこうにも俺はシスコンみたいだし。


土方家の未来よりも、今はまず学校に着くことが先決。ダメ兄貴は今日も走る。







「あれ? 土方まだ来てないの?」


江里花は窓側から二列目、後ろから二番目の席が珍しく空席になっていることに気付いた。


「葵ちゃん知らない?」


「いえ…連絡も入ってないです…」


そう葵が答えた直後、クラスから唸るような歓声が上がった。地を這うような低音は男子、そうでないのは女子。もちろん例外もあるけど。


「やっぱり榎本さん、土方と…」


「土方のやつ…最初から計算してたのか」


ざわざわ、と気だるさが漂っていた教室に、新鮮な風が吹いてくる。


「…ちょっ…」


「ほら静かに! 模試が終わったからって浮かれてたら」


その先は言わずとも、クラス全員にはわかっていた。なにせ、来年は大学受験。浮かれてたら成績が爆死することなど、皆、百も承知である。


「あ、もしかして想介のやつ、模試が死んだから来れないのかも」


「中村? 人のこと言える身なの?」


江里花が瞬時に切り捨てる。


「はうあっ!」


真っ正面からぶった斬られた正哉は、胸を押さえてそのまま机に突っ伏した。


「いい? 夢を追って突っ走るのは決して悪いことではない。…でも現実を忘れないで」


江里花はそう、未来を担うであろう若者たちに訴えた。もっとも自分だってまだまだ若者、女盛りの二十六歳だが。


「さて…じゃあ終わるわ。日直、」


今日の当番が号令をかけ、皆同じ動作で、同じことを…。


自分も十年近く前には、彼らと同じように、ああやって勉強して生きていた。


疑いは少なからず持っていたけれど、レールに沿って生きていた。


そして、今。自分は彼らを拘束する側に居る―。


「…疲れてるのかな」


まあ、とにかく考えるだけ無駄だ、と。


そう結論付けて、江里花は一時間目の授業の準備をするため、教室のドアを開けて、


むにゅんっ。


「きゃっ!」


突如、胸元になにか飛び込んでくる感覚。







「うう…」


教室に飛び込もうとしたのだが、何かにそれを阻まれてしまった。


何だろう、と思って目を開けると、




グランドキャニオン、とでも言おうか。


でも、悠久の時をかけて形成されたわけではなく、僅かな時間でその深い渓谷は…。


柔らかくて、なんだか気持ちよくて、妖艶な香りがして、やっぱり柔らかくて。


「土方ぁ…? 遅刻するなら連絡しなさいよ…?」


ああ、雨宮先生でしたか。


「す…すみません寝坊したもので…」


もはや言い訳云々で済む問題じゃなくなったね、これは。


「やっぱり前々から思ってたけど土方は大胆…ロールキャベツ男子」


「ちが…これは事故で」


「うるさい思春期変態」


ああ、えりちゃん怒ってるね。多分模試の成績がすこぶる悪かったから、


…ではないな。


「ちょっとこっち来なさい、大丈夫すぐ終わるから」


がしっ、と俺は江里花に腕を掴まれ、カバンも置いてないまま、


自習室、という名の尋問部屋に連れていかれた。




その後のことは、ちょっと記憶から消したい。


そして、この事故は無論クラスから瞬く間に全校に広まり、えりちゃんファンクラブ会長を名乗る柔道部の三年から、俺に脅迫状が届いた。


まあ、当の江里花とは無かったことにということで、いつも通り昼休みも接してくれたが。


「どうするよ…これ?」


俺は机の上の、どこかのマンガで見たような、達筆で書かれた脅迫状を見つめた。


てかこれって果たし状の手口じゃないのか?


「頑張れ想介」


「他人事見たいに言うな」


こんな状況なのに気楽な友人はどうかと思うが。


まあ気にするだけ無駄だろう、と信じたい。




To be continue...


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