evidence 16「夕暮れの帰り道」
俺は校門の前である人を待っていた。時刻は六時を過ぎているが、まだまだ日は落ちる気配は無い。
だが少し薄暗くなってきた感じはする。
…まあ、待ってる人といっても別に女の子じゃないんだけどね。
それに女の子なら、もうここに居る―、
「遅いね…」
「だな…。正哉の奴何してんだよ」
俺の傍らに居る、俺より頭一つ分背の低い葵。何を隠そう、俺と葵と正哉の帰る方向は同じだから、一緒に帰ろうということになったのだ。
それに、昼のあのこともあったし、正哉にある話を聞かなきゃいけないし。
「おや…副長。の…葵殿とお帰りですか」
見ると、いつの間にか祐が立っていた。てか今絶対にのぶ殿って言おうとしたよな。どんだけ俺の姉居るんだよ。
「まあな。そうだ榊原、正哉見てないか?」
「いんやー見たも何もさっきまで練習してたからね。じきに来るでしょ」
祐は赤ぶちのメガネをくいっ、と上げてそう言った。
その様子を見て、あることを思い出して―。
「それ…この前正哉がやってたけど、お前の真似か?」
「ああ、そうなんじゃない? …って、うえ!? カズヒコがそんなことを!?」
「か…カズヒコって誰…祐ちゃん?」
葵のツッコミには全く同感だ。俺の友達にカズヒコという人物は存在しない。
「あう…いや、なんでもない! …ほら、噂をすればなんとやらだぞ! じゃお先!」
そう叫んで、祐は走っていってしまった。そして同時に、正哉がやって来て。
「おー悪い悪い、じゃ早速行こっか、ね、榎本さん」
「あ…うん」
正哉はいつもと変わらずにそう飄々と言ってみせるのだった。
「って、俺を忘れるなよ」
「おう、久々にだな想介」
こうして、俺、正哉、葵によるパーティが組まれた。もっとも、ダンジョンや洞窟に潜るわけでは無く、ただ帰路を歩く、そんなパーティだが。
高校近くの国道沿い、すぐそばでは車が前から、後ろからも絶え間なく通っている歩道を、三人並んで歩く。
空からは夕日が落ちて、紺碧と赤銅の混ざりあった色に変わっていた。是非とも歩道橋の上から撮影して残したいが、今はそれよりも。
「正哉、ちょっと話があるんだが」
「ん、どうした改まって?」
間に葵を挟みながら、俺たちは会話を始める。
「…柿崎、っていう野郎知ってるか?」
それを聞いて、正哉は少しばかり顔を歪めて、
「そいつは…サッカー部の柿崎のことか?」
「サッカー部かどうかは知らねえけど…昼休みにちょっといざこざがあってな」
数十センチ右で、ぶるっ、と震えたような感じがした。
その震えは葵のものだが、俺はそれが恐怖によるものだと思った。
「…うー…なんだったのあの人…」
「まさか…榎本さんがか?」
深刻さと焦りを浮かべた顔をして、正哉が俺には詰め寄ってくる。
「ああ…絡まれたっていうか…」
「なら間違いない。柿崎耶麻斗…サッカー部らしいけどサボり気味、非行、いろんな高校の女子に絡んだりとか」
うわあ、完全に今流行りのDQNじゃねえか。ていうかそんな野郎がうちの高校にいたのか?
「しかし榎本さんにまで絡んでくるなんてふてえ野郎だな」
「たらしなんて嫌われるだけだろ。柿崎だってじきに痛い目に合…」
「いや、違うんだよ」
正哉は首と手を横に振って否定する。
「たらしはたらしでも、アイツ表ではイケメンっていう評判だ。すると自ずと…」
「…バカは食い付く…」
その時、貨物トラックが高速で通り過ぎ、突風が巻き起こった。
巻き起こった風で、ひゅう、と葵の制服のスカートが舞った。
「…見られてない…?」
「「見てないよ」」
なぜここでユニゾンするんだ。
「…本当に? …嘘ついてない?」
葵が疑わしそうにジト目で俺らを見上げる。二十センチくらいの身長差をもろともせず、ちょっと強気に。
「大丈夫だよ。俺の見解では八センチしか上がってないから、セーフ」
「きゃっ…な、中村くん…」
正哉はさりげなく分析して言うが、
「なんか危ないなこいつ…よし」
正哉の後ろに回り込んで、「がっ」と羽交い締めにして、
「おい、何するんだ想介」
問答無用です。残念ながら。
「さあ榎本さん、変態に制裁を」
きらんっ、と俺は目から光を放ち、…放ったつもりだ。
葵は少し戸惑いながらも、「よーし」と意気込んで。
「この…変態やろー!」
笑いながら、そう叫んで、拘束されている正哉に突っ込む。
が、
「あっ!」
「あっ!?」
道路の段差に躓いて、葵の身体はバランスを失った。
それでも、助走による運動力学的…ダメだ、物理が解らないのに無理はやめよう。
葵は躓いた反動によって前に飛んで、
「ごふあ!」
正哉の鳩尾にヘッドバットをかました形で受け止められた。
「え…榎本さん大丈夫?」
俺は頭を擦る葵を心配するが、
「私は大丈夫…でも中村くんが…」
被害者の正哉は鳩尾を押さえ、「うおお…」と唸っていた。
「こりゃモロに入ったな…」
骨は折れてないはず。まあ大丈夫だな、正哉は頑丈だし。
「ぐ…おふ…」
「おいおい大丈夫か」
「ご…ごめんね中村くん」
そう、葵に言葉をかけられた瞬間、正哉は表情を変え、
「よし、復活!」
力強く立ち上がった。いや明らかに空元気、痩せ我慢、そういう類いの心理的現象で無理をしているに違いない。
「榎本さん…いや、」
数歩歩いた正哉が振り返り、
「な…何?」
額に汗を流しながらも、そいつは精一杯の爽やかさで。
「…将来有望だね…葵ちゃん」
「し…将来?」
「って…なんだ?」
俺と葵には何のことかわからなかった。
だが、正哉は、俺らがその言葉の真意を理解してないにも関わらず、
「やっぱ何でもないわ。…ほら、置いてくぞ!」
そう叫んで、俺らを置いて走っていった。
「お、おい…よし、追うぞ!」
「うん!」
俺と葵も、既に十数メートル離れた正哉を追って走り出す。
夕方、交通量の多い国道。そして人通りもそれなりに。
逃げていく一人の男子高生を、もう一人の男子高生と一人の女子高生が追う。
別に夕日に向かって走っている、そういうわけではないけど。これも青春、なのかな?とか、こんな瞬間を、フィルムに収められたらいいな。
なんて、心の中で思ってみたり。
To be continue...




