秘密の読書家
興味を持って下さった方、感激です。ありがとうございます。
初投稿の作品は短編におさまりそうになかったので、改めて短編を出すことにしました。
こういうタッチの物語を作るのは初めてなので、どんな雰囲気を皆様に与えることが出来るのか、自分でもわかりません。
何か感じるところを伝えていただければ幸いです。
いつも通りの朝。
平凡な毎日に少しの退屈を感じていた少年─田沼馨は、高校への通学で電車に揺られていた。
馨の高校は私服と制服どちらでも可、という緩い雰囲気で、ほとんどの生徒が私服で登校している。
馨も今日は私服だった。
毎朝、電車の中で本を読む。
学校での彼は主に"体育会系で、活字?何それおいしいの?"キャラと思われているらしく、懇意にする友達もそんな人柄が多かった。
故に、なんとなく周りに"読書が趣味"ということは言えずにいる。本について語り合っている人達を見かけては羨ましいやら割り込みたいやらの衝動をぐっと飲み込む馨だった。
しかし毎日、面白くない。
仲間と騒ぐのは楽しいが、ある種マンネリ状態。
ドアの前にもたれ掛かっていた馨は、なんだかなぁと本から顔をあげてふと前を見る。
目の前には一人の女性が同じように立っていた。
髪で顔が隠れているが、本を片手に佇む姿は清楚な雰囲気をかもしだしていた。
そんな彼女の持っている本の表紙を見て、馨は目を剥く。
(え、…お…同じ本……!)
これは声をかけろってことだろう、いやしかし知らない男から声かけられても引くだけなんじゃないのか?いやでも同じ本ですねくらいなら別にいいんじゃ。それにこれがもしかしたらマンネリから抜け出すきっかけになるかも。ていうか新しい出会いかもしれないし!
馨は長い思考を終えた後、内心バクバクしながら口を開く。
「……あ、あのー」
女性がぴくりと反応する。
「貴女の読んでる本、お…俺のと同じ本、ですねっ」
意識して明るく言ってみた。
変じゃ無かったよな、普通だったよな、と思い返していると、女性も気付いたようだ。
「…あ、ほんとだ。一緒ですね」
「は、はい!なんか、偶然っていうか…!」
「……あれっ?」
「へ?」
突然女性が上げた声に、軽くテンパり状態だった馨は間の抜けた声を返す。
「……………田沼…?」
「………………あ」
同じ高校の女子だった。
名を、邑木みさ(ムラキミサ)。いつもは髪を首の後ろで束ねているため、気付かなかった。
「…おま、邑木、なんで本なんか読んでんだよ…?」
「いや、田沼こそ、なんで本なんか読んでんの…?」
呆然と同じ質問をし合う二人。
そう、邑木みさも、"体育会系で、活字?何それおいしいの?"というイメージを周囲に植え付けていたのだった。
馨の中で「なんで気付かないんだ俺ぇぇえ!」という恥ずかしさが込み上げているとは露知らず、みさは言った。
「田沼って…本読むんだね」
「…邑木もな。俺、お前は本とか読まない方だと思ってた」
「いや…実は、結構読む」
「俺もだよ。…皆にはなんか言えないんだけど」
なんとなくまだ恥ずかしくて、みさから視線を逸らす馨。
逆にみさは、意外な思いで馨を見つめた。
「あ、あたしも!本読まないだろ、て思われてる感じがして言いにくくてさっ」
髪をおろしていればばれにくいのを利用して毎朝読書してるのだという。
なんだろう。
同類のにおいがぷんぷんするぞ。
「だからさー、本の話とか誰かとしてみたいんだけど、出来なくて」
「うーわー、全く一緒だわ、俺と。…ちなみに、その本は?」
「実はお気に入りでっ」
「──同志!」
はっしと握手を交わす二人であった。
なにやら不思議な高揚感が彼らを包んでいる。
二人は頬を紅潮させた。
これはまさか本の話が出来るんじゃ、という思いが彼らの脳裏を駆け抜けたりと、思考がいちいちシンクロする。
「「…………」」
なんとなく無言になっていると、電車のドアが開いた。
駅に着いたようだ。
電車から降りると学校は近い。
学校へと向かいながら、馨は気まずげに口を開いた。
「あのさー。皆には黙っといてくれよな」
「わかってるよ。あたしも黙っててほしいもん。今更恥ずかしいから」
さすが同志、解っている、と馨が感動を覚えているともう学校は目の前だった。
なんとなく距離をとる二人。
「…じゃあ、また休み時間にね」
「お、おう…そーだな」
みさは足早に校内へ、逆に馨はゆっくりと歩く。
数歩行ったところで、みさが振り返った。
「なあ田沼、今度さ、本の話しようよ」
馨の足が止まる。
なかなか答えない馨に、みさが訝しげな顔をしたので慌てて返事をした。
「おお…!いいな、しよう!」
何故かガッツポーズをとった馨を見て、みさは笑うと、今度こそ校内へ入って行った。
馨は、自分の顔がにやけているのを感じる。
どうしよう。
夢にまで見た、友達と本についての語り合い。
ものすごく嬉しい。
いつも通りなようで、いつもと違うかもしれないこれからに、馨は胸を躍らせた。
【秘密の読書家】は、どこにでも有りそうで、しかし無さそうな日常を描いてみました。
自分の知っているものを身につけている人を見かけたら、"私もですアピール"をしたくなるのは私だけでしょうか。