夏到来、虹はじめました
某雑誌の読者企画用に書いた作品です。これまで同様、あまり出来はよくありませんが、読んで楽しいと思ってくれれば嬉しいです。
「おい、いるか?」
店の扉を開けて、一人の女性が入ってきた。
彼女はカウンターに座る僕を見ると、
「よ」
薄く笑って右手を上げた。
「お久しぶりです」
僕も笑ってそれに答えた。彼女と会うのは一年振りだ。
夏にしかこの店を開けない上に、彼女はその年一回、ある日にしか来ないので、会うことは殆どない。
「今日開店か?」
「そうですよ、ルカさん。でも、さすがですね。毎年必ず開店初日にやって来るんですから」
彼女の名はルカという。僕がこの店を開けた最初の日に必ずやって来るお客さんである。
「そうですよ、ルカさん。でも、さすがですね。毎年必ず開店初日にやって来るんですから」
彼女の名はルカという。僕がこの店を開けた最初の日に必ずやって来るお客さんである。
「そうか? 何となく行ってみようかなっていう日がたまたまオープン日に重なってるだけだからな」
口ではそう言っていても、今にもにやけだしそうな彼女の顔は正直に今の彼女の気持ちを伝えてくれている。
一年間楽しみに待っていてくれたのだろう。楽しみにしてもらえてるというのはやっぱり嬉しい。
「そうですか」
苦笑して僕は仕事の準備を始める。
僕の仕事は、誰かのために虹をかけることだ。
この店には色んな人が来る。
奥さんに先立たれてしまった不幸な男の人や、身分違いの恋に苦しむ少女とか、色んな人が来た。
僕はそんな傷ついている人達と、そんな人達の大切な人や思いのために、虹をかけるのだ。
「それで、今年は誰に贈られるんですか?」
「………………」
ルカさんは黙り込んでしまった。
珍しいな。いつもなら、すぐに誰に贈るか言うはずなのに。――とは言っても、相手は大体、太陽とか犬とか、人間ではないものばかりだったけど。
「…………………………お前にだ」
ルカさんは、俯いたまま小さな声で言った。
ぼーっとしていたら、ルカさんの言葉を聞き落としてしまった。
「ごめんなさい、ルカさん。もう一度――」
「お前にだ!!」
僕の質問を遮って、ルカさんは叫んだ。
「え?」
何を言われたのか分からなかった。
ルカさんは顔を赤く――真っ赤に染めて俯いている。
「え……?」
唖然とするしかなかった僕に、ルカさんは小さな声で
「その、な、何だ。偶には頑張っているお前にだな……」
言い訳をした。
なんか、そのルカさんの態度だけで、ルカさんが何のためにここに来たのか分かった。分かってしまった。
「それで、だ」
決意した表情で、ルカさんは口を開く。
「俺は、お前が好きだ。もう気づいてるとは思うが、誰よりも早くお前に会うために毎年ここにオープン初日に来ていたんだ」
ルカさんは少し恥ずかしそうに笑った。
「実は、私がこの町にいられるのも、もうそんなに長くはないかもしれないんだ」
だから今日ここに来たんだ。ルカさんは少し寂しそうに言った。
「長くないって……あとここにはどれくらいいられるんですか?」
「今月末には正式に発表される。首都に異動だよ」
「帰ってこれないんですか?」
「無理だな」
「でも……」
「だから、お前と会えるのは今日が最後ってことになる」
「……」
ショックで何も言えない僕に、寂しそうに笑いかけた後、
「じゃあな」
ルカさんは僕に背を向けた。
その後ろ姿に、
「待って下さい!」
僕は気づかない内に叫んでいた。
「僕もルカさんが好きです。だから行かないで下さい!」
僕の言葉に、ルカさんは驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。
その表情を見て、僕は真っ赤になった。頬が、体が火照っているのが分かる。
でも、その火照りは何だか心地よくて。
今なら最高の虹をかけられそうな気がした。
END