他力本願レディの人望〜断罪から死に戻りを繰り返してたらやることがなくなった令嬢の人望〜
━━それはとある国、とある学園の、卒業パーティーでの一幕。
「ロザリア・ベルヴェール、貴様との婚約はなかったことにさせてもらう!」
高々と婚約者のアンリ第二王子より婚約破棄を宣告され、公爵令嬢ロザリアは言葉を失った。
ライラック色の巻いた髪に、華やかな金色の瞳。
細やかな刺繍が施されたワインレッドのドレス。
どれもが豪華絢爛かつ繊細で公爵令嬢に相応しい。
悪く言ってしまえば、それは他者を後ずさりさせるような威圧感もまとっていた。
「お言葉ですが殿下、私が一体何をしたと言うのです?」
ロザリアは扇で口元を隠し、冷静を繕って訴えるも、アンリ王子は鼻で笑う。
「何をとぼけたことを。それはお前自身が一番知っているだろう!貴様はここにいるオーロラ・バーノン子爵令嬢への嫉妬に狂い、数々の悪質な嫌がらせを行った!それこそが貴様の罪だ!」
オーロラに?嫌がらせ……?
ロザリアは王子の隣に控えていた令嬢に視線を向ける。
焼き菓子のようなブラウンのやわらかい髪がよく似合う可憐な少女。
そのエメラルド色の瞳は怯えたようにこちらを見つめ、王子の腕にひしと掴まっていた。
目まぐるしい勢いでロザリアの頭の中では、今までの記憶が走馬灯のように駆け巡っていた。
一年下のオーロラを王子から紹介され「面倒を見てやってくれ」と言われて以来、一から百まで学園生活のあれこれを手取り足取り教えたつもりだった。
あまり友人を作っていないようだったので、心配で時に物陰から見守ることもあった。
そしてオーロラから「アンリ様からプレゼントをいただいたのですけど、私、何をお返ししたら良いのか分からなくて……」と相談された時は嬉々として「お返ししたいなんて、素晴らしい心がけですわ」と色々アドバイスしたこともあった。
その時のオーロラの表情と言ったら、まるで苦虫を噛み潰したようだったことを思い出し、ロザリアはハッとなる。
(もしかしたら私、余計なお世話をしてしまいましたのーーーー!!)
扇の下で冷や汗をダラダラと垂らしながら、ロザリアは心の中で絶叫していた。
ロザリア・ベルヴェール公爵令嬢は普段は隙を見せないよう振る舞っている。
それは厳しい貴族社会で生き抜くためでもあり、王族の婚約者という立場も相まってのことだった。
しかし、何を隠そう中身は至ってポンコツなのである。
そんな彼女は思った。
━━これはよろしくない、大変よろしくない。
「勘違いも甚だしいですわ、オーロラ様、殿下。私、何も悪気はございませんでしたの」
扇を勢い良く閉じた音がホール内に鳴り響く。
その音に野次馬は息を呑む。
動揺しすぎて思いっきり扇を閉じてしまったロザリアは内心パニック状態だったが、とにかく誤解を解かねばと口を開こうとした。
悪気はなかったが、気分を害してしまったのなら謝罪せねばと考えていたが、「白を切る気か!問答無用!」
と、護衛がロザリアの両腕を拘束し、ホールから連れ出してそのまま玄関の外へ放り出されたのだった。
前方に転んでしまったロザリアは、すぐさまスカートを払って立ち上がる。
門番に訴えかけるも頑として通される様子もない。
すっかり意気消沈したロザリアはひとまず家に帰ろうと思い立った。
「謝罪のお手紙を送るべきかしら……お菓子も添えた方が良い?……いいえ、これも余計かしら……」
ブツブツと独り言を呟きながら、どこに止めたかも分からない馬車を探そうとしたその時━━
前から勢い良く男がぶつかって来て、またロザリアは転んでしまった。
「人類、皆平等ーー!!」
身なりからして市井の者であろう男は叫び声を上げ、走り去って行った。
何て無礼な、と思いながら再度立ち上がると、近くで叫び声が上がった。
それが自分に向けられた声だと感じたロザリアは、ふと腹部が熱くなっていることに気付いた。
そこに視線を向けて、絶句した。
ロザリアの腹部から柄のようなものが伸びていた。
━━腹部にナイフが刺さっている。
「……え?え?」
ロザリアは再び倒れた。
ワインレッドのドレスでは、どれだけ出血しているのかが分かりにくい。
意識が朦朧とするくらい血を失っているのは確かだった。
いつの間にか、周りに人だかりができていた。
「……どいてっ!お嬢様!!」
それを掻き分けて、メイドのメアリがロザリアに駆け寄る。
「お嬢様、お嬢様!!」
いつもは冷静なメイドが我を失って叫び声を上げている。
「……珍しいこともありますのね」
━━それだけ言うと、ロザリアは意識を失った。
*****
「ロザリア・ベルヴェール、貴様との婚約はなかったことにさせてもらう!」
まぶたを開けると、婚約者のアンリ第二王子が婚約破棄を宣言していた。
ロザリアはただ立ち尽くしていた。
腹部に目をやるも、何も刺さってはいない。
そして自分は今、卒業パーティーが行われているホールの中にいる。
(先ほどのは……夢、ですの?)
それにしては痛みでさえ随分とリアルな……。
「聞いているのか!?」
何も反応が返ってこないロザリアに痺れを切らしたのか、王子は叫んだ。
「……わ、分かりましたわ……」
「そうだ!お前の……は?」
予想していなかったのだろうロザリアの反応に王子とオーロラは目を瞬かせている。
「この話は改めて両家の関係者交えて話し合いましょう。私はここで失礼いたしますわ」
教科書に載っているような美しいカーテシーを披露し、ロザリアは早々にホールを後にした。
(何も考えられませんわ……。家に帰って落ち着かないと……)
後方で王子が何か言っているようだが、今それに応える余裕はない。
(まずはお父様に相談しなくては。そしたら、きっと……)
ロザリアは自分の足で門を出た。
そしてまた、刺された。
(何が起こっていますの!?)
心の中で絶叫してもその答えが返ってくる訳はなく、ロザリアはまた意識を失った。
*****
それから、ロザリアは幾度となく刺され続けた。
目覚めてすぐ王子からの宣言前、一目散に門めがけて走っても刺された。
お手洗いに隠れ、門を出る時間をずらしても刺された。
いっそのことと思い、バルコニーから脱出を試みるも、落ちた先の木の枝が鋭く胸に刺さって絶命した。
バルコニーのすぐ下の階の部屋に移って屋敷から出るも、結局刺された。
すぐ近くに馬車をつけてもらい、脱出で乗り込むも、渋滞で馬車が止まり、その間に乗り込まれ、刺された。
道を変えても駄目だった。
そもそも最初に婚約破棄を言い渡された時点で、もっと強く訴えようと抗議するも、修羅場、事件大好きなオーディエンス達の支持を得られず、ホールから追い出された。
いっそのことと思い、暴漢と真っ向勝負しようと思い、何度か物理で対抗するも……結果は虚しく。
それではと、魔法で立ち向かうも運命を変えることはできなかった。
何度か立ち向かったところで、これはただの通り魔ではなくプロの仕業だとロザリアは気付いた。
(だとしたら、つけ焼き刃程度のことでどうこうできるようなものではありませんわ……)
虚ろな瞳で、ロザリアは目の前の王子とオーロラを眺めていた。
最初の動きをこちらが把握していたとしても、プロからしてみたらどうでも良いのだろう。
この状況が続く前はどうにかしようとロザリアなりにあがいていた。
しかし、何回、何十回……もう何度目かも分からなくなった時間を繰り返す内に、精神は確実に擦り減ってしまっていた。
「神様!」
気がおかしくなり、ロザリアは叫んだ。
王子とオーロラはぎょっとしてロザリアを見ている。
「私はもう、どうすることもできません、あらゆる手を尽くしたつもりです!もうこれ以上繰り返して生き長らえようとも思いません!どうか愚かな私をお救いください!」
他人にどう見られようと、もうどうでも良かった。
今まで繕ってきたものが崩れようとも。
ロザリアは天を仰いで叫ぶ。
━━その時だった。
ホールの扉が開く音が響いた。
皆がそちらに釘付けになった。
「お嬢様、お迎えに上がりました」
聞き覚えのある声にロザリアは顔ごと扉の方を向ける。
そこに立っていたのはメイドのメアリだった。
皆が動けずにいると、メアリはズカズカとロザリアの前に突き進む。
そしてロザリアの手を掴むと、バルコニーの方に走り出した。
「何事ですの!?」
「お嬢様、このままバルコニーから飛び降りてください」
「駄目ですわ!バルコニーは」
「問題ありません。私を信じてください」
メアリの言葉にブレはなかった。
一瞬、バルコニーから飛び降りて死んだ時の記憶が過ぎったが、迷っている時間もない。
ロザリアはバルコニーの手すりに手を掛けた。
「どうにでもなれですわぁぁーーーー!!」
思いきってバルコニーから飛び降りる。
重力に従い、ひらりとドレスがひるがえり、落下していく。
目をつぶって落ちた先で、恐る恐るロザリアはまぶたを開いた。
小枝が刺さる痛みはあったが、胸に何も貫通していない。
むしろ、ネットのようなものがある?
「ボサッとしている暇はありません、お嬢様、走りますよ」
同じく落下したメアリがロザリアを立たせ、走り出した。
「な、何が起こってますの?」
走りながらロザリアはメアリに訊ねた。
「私もこの時間を何度も繰り返していました。準備が整ったのでお嬢様を迎えに来た次第です」
「貴方、もしかして私を助けるために!?」
「いいえ、私もこの時間から抜け出したいだけです!自分のためです!」
「ハッキリ言いますのねーー!!」
無表情のままメアリが力説していると、後ろから青年が追いかけてきた。
「どうもーオレですー」
「ショーン!?」
走りながら軽く挨拶してきたのは、公爵家で雇っている庭師のショーンだった。
彼は肩に大きな網をまとめたような物を担いでいる。
「それは一体何ですの?」
「あーこれですね、さっきお嬢様が落下した先にあった安全ネットですよ。お嬢様、落ちても死ななかったでしょ?あれ、オレが潜入して庭木刈ってネット張ってたおかげなんですよー」
「そうなんですのっ!?」
「そうそう、ちなみに前回ネット回収してなかったら勝手に木を刈ったことがバレて投獄されたので今回ちゃんと持ってきてまーす」
「なんだかいたたまれないのですわっ!」
思わず叫んでいると、今度は公爵家のシェフ、トトと、給仕のサーラ、お抱え薬師のロバートが合流する。
「あ、貴方がたも、もしかして?!」
「そうデス!我々オーディエンスが余計なことしないように薬盛ってマシター!」
薬師のロバートが怪しげな瓶を抱えながら答えた。
「え?でも外野の皆様、特に具合悪そうには見えませんでしたわ」
「ハーイ!明らかに具合悪くなるのは後から騒動になるので我々処分されマース!それで色々試した結果、ちょっぴり媚薬がちょうど良いことに気付きマシター!」
「なっなっなっ!?」
ロザリアが唇を震わせていると、シェフのトトと給仕のサーラが続いた。
「ボクたちが潜入して食事とか飲み物に忍ばせてたんだよォ」
「ロザリアさま、気づいてなかったかもだけど、あのホールかなりもんもんとしてたんだよー」
「何ですって!ちょっと気になりますわっ!」
「お嬢様?」
メアリが横目で冷たい視線を浴びせたので、慌てて「冗談ですわ!!」と全力で否定する。
そうして皆で大通りまでやって来たところで、肩で息をしながらロザリアは立ち止まる。
「流石にずっと走り続けるのは……追いつかれるかもしれませんわ。でも馬車に乗るのは渋滞に巻き込まれますし……」
「問題ありません、お嬢様。そろそろ到着しますので」
「到着?」
何が?と首を傾げていると、道の向こう側からそれは目にも留まらぬ速さでやって来た。
車輪が二つに、奇妙な形をした金属の棒の……何か、と。
「あなた誰ですのーー!?」
奇妙な何かもさながら、その上に乗っている見知らぬ初老の男性に叫ばざるを得なかった。
「自分、田舎のさびれたチャリ屋、カネダ・ツトムです!」
「チャ……?カネダ……?」
「彼は家庭教師だったテスラ先生が簡易的に召喚した異世界の者です」
混乱するロザリアに、メアリが端的に説明する。
「テスラ先生が!?」
久々に耳にする名前に、目を見開いた。
まさかここで昔家庭教師をしてくれていた恩師の名前が出てくるとは思わなかった。
あまり要領が良くなかったため、厳しく教えてもらった記憶ばかりだが、この状況で手を貸してくれたことに胸が熱くなる。
しかも召喚魔法を使えるとは!
……でも、やっぱりこの人誰?
「お嬢様、時間がないのでとっととカネダの後ろに乗ってください。あとパニエは邪魔なんで外します」
メアリは手慣れた手つきでロザリアのスカートの中に突っ込み、パニエを外して放り投げた。
「は、破廉恥ですわ!!」
「うるさいです、早く乗ってください」
羞恥心で真っ赤になるロザリアをカネダの後ろに押し込めてチャリ、もとい自転車は走り出した。
「お嬢ちゃんしっかり掴まんなよ!」
言われなくとも、とロザリアはひしと掴まる。
乗馬とは全く異なり、気を抜くと振り落とされてしまいそうだ。
向かってくる風を感じながら、高速で自転車は走っていた。
そして、渋滞する馬車の横を脇目に抜けていく。
「なんだか気分が良いですわー!」
解放感に浸り、叫んでいると後ろから自転車を漕いでいるメアリ達と合流した。
自転車の集団が道を通り過ぎて行く光景はなかなか見応えがあるなと思っていると、その後ろから人間が数人、全速力で走ってきているのが見えた。
「いけない!追手が!!」
今までの刺された記憶が一気に甦り、血の気が引いて緊張が走る。
その時、安全ネットが追手を捕らえた。
ショーンが投げ込んだものだ。
更に、ロバートが瓶詰めの薬の栓を抜き、ネットに投げ込む。
ネットから人が出た気配はなく、自転車との距離はみるみるうちに離れていった。
*****
しばらく走った所で、メアリが用意していた馬車に押し込まれた。
カネダは役目を果たしたとのことで「なかなか面白かったぞー」と笑顔を浮かべ、光に包まれながら消えていった。
そして他の使用人達も馬車に乗り込み、中はすし詰め状態になった。
「あのお薬、うすめてないだから、ネットの中で大変なことになってそう!」
「な、何ですって……!?」
サーラの言葉に生唾を飲んでいると、メアリが無言の圧力をかけてきた。
「と、ところでこの馬車はどこに向かっていますの?」
慌てて話題を変えると、メアリは大きく溜息をつきながらも答える。
「隣国へ向かっています。追手も流石に国外では手を出せないでしょうから。入国の手続きも既に終わっていますのでご安心を」
「メアリ、貴方優秀過ぎますわ……」
しみじみとロザリアは呟いた。
「この短い時間によくここまで準備できましたわね。ここにいる皆様も時間を繰り返している、ということで合っているのよね?」
皆の顔を見回したところで、ポツポツとそれぞれが頷いているのを確認する。
「凄いのですわ。私、自分のやれることはやり尽くしたと思っていましたの。……本当に凄いのですわ」
改めて尊敬の眼差しを皆に向ける。
「皆様、私のために……」
「いえ!」「自分の!」「ためです!!」
絶妙なタイミングで皆がそれを全力で否定した。
「ハッキリ言い過ぎですわーーー!!」
ロザリアは叫ぶ。
しかし、間を空けずにはらはらと涙を流し始め、ついには号泣し始めた。
「でも、もうどうでも良いのですわ!皆様無事で良かったのですわ!」
ボエボエと人目をはばからず泣く姿はもはや公爵令嬢の威厳などない。
しかし、皆はそれを温かな目で見守っていた。
ロザリアがこういう人間だというのは、皆が知っていることだった。
だから皆、必死にこの瞬間を勝ち取るために行動したのだ。
それを本人に伝える気は全くないのだけど。
「お嬢様、泣き過ぎると吐きますよ。それにもう国境を越えました。涙を拭いてください」
メアリはハンカチを差し出し、窓の外に目を向けた。
━━馬車の中には、歓喜の叫びが響いていた。
*****
翌朝、まだ日が昇り始めた頃。
ホテルのバルコニーに出て、メアリはひんやりとした外の空気を肌で感じていた。
「早いのな」
そこにショーンがやって来て声を掛ける。
「メイドなので」
一言だけ答えると、「だな」と笑って背伸びした。
「結局犯人って第一王子派?」
「まぁそんな感じ」
「適当だなー」
「どうでも良いので」
軽く言葉を交わしただけで、それ以上の詳しいことをショーンは突っ込まなかった。
「……なぁ、時間がループしてたのってアンタが原因だったんじゃねぇの?」
代わりに別のことをぶち込む。
「……さぁ。でもそれ、仮に本当だとしても認めないんじゃない?誰かに刺されかねないし」
「ハハッ、けっこうな人間が巻き込まれたからなぁ」
冗談っぽく言うものの、その言葉には緊張感があった。
メアリは深呼吸する。
「……まぁ、刺されたとしても受け入れるしかないか。私はお嬢様とこの日の朝を迎えることができただけで十分」
メアリは遠くに目をやった。
まだオレンジ色をしている朝日は、その輪郭を徐々に現している。
紫色に染まっていた雲は、段々と白さを増していった。
それを愛おしげにメアリは眺めていた。
「そんだけ思い入れがあるんなら、日頃から優しくしてやれば良いのに」
呆れるショーンにメアリは首を振った。
「それは面倒くさいことになるから嫌だ」
「アンタも大概面倒臭いけどな」
間髪を容れない彼のツッコミに思わず吹き出してしまう。
「さて、そろそろお嬢様を起こす準備でもするかな」
それだけ言い残して、メアリはバルコニーを後にした。
━━その後、目覚めたロザリアが開口一番に、
「貴方達がいる朝に目覚められるのは幸せなことね」
と微笑んで、メアリが泣きそうになったのは、ここだけの話。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
この話が気に入っていただけたら、評価や星などつけてくださると嬉しいです!大変励みになります!
また来週も短編載せます!




