第6話:天国
妙な集団に向かって、リップが一直線に突っ込んでいく。
「待て、リップ!」
アルファは制止の声をあげるが、まるで届いていない。
「ゴーレムのくせに早すぎる」
驚きつつも、アルファは必死に足を回して追いついた。
目の前には、フードとマントを深く被った人物。
その人物が、ゆっくりとリップ近づく。
(くそっ、一撃入れて、その隙にリップだけでも逃がすしかねえか!)
アルファは決死の覚悟で、鞄から金槌を取って振り上げた。
「わー、待って待って! 怪しい者じゃないから!」
振り下ろす直前、拍子抜けするほど情けない声が辺りに響いた。
目の前の人物から発せられた声だとわかると、
アルファは金槌をいつでも叩き込める位置で止めたまま、鋭く問い返す。
「……いや、どう見ても怪しいだろ。まさかこんな場所で『サーカス団です』なんて
言うつもりじゃねえよな?」
「サーカス団? 違う違う。ええと、自己紹介するね。僕はウィル」
そう言ってゆっくりとフードを脱いだ瞬間、アルファは息を呑んだ。
現れたのは、整った顔立ちの白髪の男。
だが、その頬には回路のような幾何学模様の刺青が走り、
何よりその「目」と「首」が異様だった。
目は何層ものガラスが重なり合った多重構造のレンズ。
奥にある瞳孔は底のない闇のように黒く、こちらを見つめるたびに
――ウィーン、ピピッ、カシャ――と、精密機械の駆動音が漏れ聞こえる。
首筋には小さなポート(穴)がいくつも並び、緑や黄色を不規則に点滅させていた。
(……魔物か? いや、どこかリップに似た気配を感じるが……)
「やばいっす。フードを外した方が、余計に怪しく感じるっす」
「おい、失礼すぎるだろ」
ぼそりと毒を吐くリップを、アルファが慌てて嗜める。
「あっはっは! 確かにそうだよね!」
豪快な笑い声を上げたウィルの背後から、武器のような物を持つメイドがすっと現れ、
恭しくフードを受け取った。
手慣れた動作で布を畳んでいた一人が、ふと手を止めてリップを睨みつける。
「貴方に言われたくないわ。なんなのその格好、サメにでも食べられたの?」
「プッ、サメごときに飲みこまれるなんて、ザコね」
もう一人のメイドも、鋭い視線をリップへ飛ばした。
「はあ!? これはサメじゃなくてイルカっす。これだから田舎者は……」
「誰が田舎者よ、このサメもどきが!」
「どー見てもイルカでしょうがぁぁ!」
リップが激しく飛び跳ねる。危険感じたメイド2人が武器を構える。
まずい、一触即発空気だ。
「こ、こらこら、落ち着け!」
アルファは慌ててリップを羽交い締めにし、暴れる彼女を止めようとする。
「離すっすよー!」
腕の中で噛みつかんばかりに暴れるリップ。
「こら暴れるなっての、いってぇ!」
リップはアルファの腕に新しい歯型を刻み込むと、「あっかんべー」と小馬鹿にするように後方の集団の間をすり抜けていった。
アルファは、メイド二人が武器のような物を携えていることを思い出し、冷や汗をかく。
正面を向くと、ウィルがマントの中から腕を伸ばして彼女たちを制止していた。
だが、その腕を見てアルファは再びぎょっとする。
袖口から伸びた指先には、材質も太さも異なる無数の細いコードが、
まるで黒い靄の触手のように蠢いていたのだ。
(やはり彼は敵なのだろうか……)
「ウィル様、それは反則です」
「ちょ、リーダー、離してよ!」
「いやあ、暴れると危ないからさ」
にこやかに笑みを浮かべ、指先のコードでメイドたちの動きを器用に封じるウィル。
「ちょっと、どこ触ってんのよ!」
メイドの一人が顔を真っ赤にしてウィルを蹴り上げた。
「ゲフッ!」
吹き飛ばされるウィル。
「ご、ごめん、わざとじゃないんだ! 二度とやらないから!」
「べ、別に……そこまで言ってないし。今回だけは特別に許すわ」
蹴り飛ばしたはずのメイドが、なぜかウィルと肩を寄せ合い、妙にいい雰囲気になり始める。
「……」
「……」
俺ともう一人のメイドは、目の前で始まった不可解な二人の世界を、
ただ頭をポリポリと掻きながら眺めるしかなかった。
どうやら、すぐに敵対して殴り合いになる心配はなさそうだ。
――少なくとも、今は。
しばらく経って二人の世界が終わったのであろう。
ウィルが「ところで」と改めてこちらへと向き直る。
何事もなかったかのように、メイドの二人も後ろに揃って並んでいた。
「君たち、『天国』への行き方を知ってたりしないかな?」
ウィルのガラスの瞳がカシャリと音を立てた。
「天国……?」
聞き慣れない言葉に、アルファは眉をひそめた。
何を言っているんだ、この男は。
~第6話:天国・終~




