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第3話:背中


「こら、貴様ら! どこへ行く! あのドラゴンを我が城に持ち帰るのだ!」


戦場が地獄と化す中、国王の怒号だけが虚しく響く。


「陛下、危険です! 今すぐお避難を!」

「離せ! 命令を聞け、私はこの国の王だぞ!!」


兵士たちが必死に諫める。

だが国王は聞く耳を持たない。

テントの中から、鍛冶師たちが冷めた目でその光景を見ていた。

一週間に及ぶ不眠不休の作業。

仲間の中には、疲れ果てて泥のように眠っている者も多い。


「おい、起きろ! 動けねえ奴は担げ! 逃げるぞ!」


先輩鍛冶師たちが、寝ている者を叩き起こし、動けない仲間を背負い始める。

アルファも、ともかくここから逃げようと

修理途中の剣をいくつも抱え、

急いで身支度を整え、テントを飛び出した。

どこに向かえばいいのか。助かるのか。

そんなことは分からない。


ただ――街へ。


先輩たちの後を追う。

兵士も、冒険者も、皆ばらばらに逃げていた。

その時だった。


「きゃああああああ!!」


悲鳴。

全員が振り向く。奈落の向こう側――


黒い靄がすぐ側まで迫っていた。

無数の触手を伸ばし、震える王女を捕らえようと襲いかかる。


「お下がりください、姫!」


隣国の王子が割って入り、盾を掲げた。

だが、鋼の盾は触手に触れた瞬間、まるで何もなかったかのように消失する。


「なっ……!?」


王子は愛剣を振るうが、それもまた空中で掻き消えた。

武器を失っても、王子は退かない。

彼は背後の王女に優しく微笑み

その肩を突き飛ばして、聖女が展開した結界の中へと押しやった。

王女の体が、聖女の結界の中へ転がる。


「逃げるんだ! 君だけは――」


直後、巨大な触手が王子の胴体を絡めとる。


「王子様ぁ!!」


王女の悲鳴を余所に、勇者がちゃっかりとその手を引いた。


「王子はもう助からない! 王女様、こっちへ!」


勇者が王女の手を掴み、結界の奥へ引き込む。

王子は抵抗しなかった。

ただ穏やかな表情で――


黒い靄の奥、

巨大な“口”のような闇へと引きずり込まれていく。

まるで、喰われるように。

そして、消えた。


王女は崩れ落ち、泣き叫ぶ。


「……ひとまず、結界の中なら……」


誰かが呟く。

兵士たちも次々と結界へ逃げ込む。

だが――


……結界で、あれが防げるのか?

アルファの予感は的中した。

黒い靄が結界に触れた瞬間、

強固なはずの光のドームが、霧が晴れるように「かき消えた」のだ。


「……は?」


誰もが言葉を失う。


「ひっ、ひぃぃぃ!」


結界を失い、腰を抜かす勇者。

触手が、勇者へと伸びる。

触手が迫ると、彼はあろうことか近くにいた兵士の足を掴み、

自分の方へ引き寄せた。


「え……?」


兵士がよろめく。


その瞬間。

触手が絡みつく。


「うわあああああああ!!」


一瞬だった。

靄の中へと引きずり込まれ、跡形もなく消えた。


「あいつ……」


アルファは歯を食いしばる。


だが、それでも思う。

だが、あんな男でも人類の希望なのだ。


アルファは担いでいた修理途中の剣を、

無我夢中で次々と投げつけた。

「これでもくらえ!」


だが、鉄の塊は靄に触れる前に消え去る。


黒い靄は、意に介さない。

触手が伸びる。

その時。

「――焼き払え!!」

女魔導士の最大火力の炎が放たれる。


だが。

触手がそれを弾き、

逆に絡みついた。

「っ……!!」

そのまま、靄の中へと引きずり込まれる。

消えた。

――カラン。

杖が、アルファの足元に転がる。

かつて同じパーティにいた頃、

数回ほどメンテナンスした「大魔導士の杖」。

魔力のないアルファでも、これを使えば魔法が発動できる。

そういえばと思い出す。

勇者パーティの泊るホテルで夜中に急に霧が立ち込めて、

窓をあけてもなかなか霧が晴れない日があった。

メンテ途中だったこの杖を借りて霧を晴らしたことがあり、

原因は、大人のお店で沢山の女性を連れてきた

アホ勇者が、ホテルの大浴場で、ドアをあけっぱなしにして、

快楽におぼれていたお陰で、水蒸気がホテル中に立ち込める事件を思い出した。


霧…


アルファは杖を掴み、全神経を集中させて風の魔法を念じた。

「吹き飛べぇぇ!!」

魔力のないはずのアルファでは

突風程度だ。女魔術師であれば

竜巻ぐらいは起こせたかもしれない


風が生まれる。

小さな風。


砂が舞う。

風が唸る。


黒い靄の輪郭がわずかに霧散していく。


「しめた、これなら……!」

希望が見えた。


だが、代償は大きかった。


慣れない魔力行使により、アルファの体力と精神力は底を突く。


脅威を感じたのか、黒い靄が勇者からターゲットを切り替え、すべての触手をアルファへと向けた。


「まずい……!」


死を覚悟し、目を閉じた瞬間。


――ドンッ!!


背中に、力強い衝撃を感じた。


先輩たちがいた。

「行け」

「お前だけは、生きろ」

一人、また一人と触手に捕まり、笑顔で消えていく。


「やめろ……やめろよ……!」

叫びも届かない。


押された勢いで、アルファの体が宙に浮く。

後ろは――奈落。


「お前だけは、助かれ……!」


泣き叫ぶような先輩の最後の声。

視界が遠ざかる。

先輩たちの姿が、小さくなっていく。

闇が広がる。

アルファは――

世界の亀裂の奥底へと、真っ逆さまに落ちていった。


~第3話・終~

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