追記 未完の「共同幻想」と、寄せ集めの「一冊」
1. 羊皮紙は「束」であり「ノート」ではなかった
現代の我々は、この手稿が最初から「一冊のノート」であったと錯覚しがちだが、当時は端切れでも高価な羊皮紙の「バラ(単葉)」を数枚単位で購入し、学習の進捗に合わせて書き足していくのが一般的だった。
つまり、これは最初から「本」として設計されたものではなく、少年の部屋の机に積み上げられていった「数年分の授業プリントの山」だったのである。
筆致の変遷や、ページによって全く異なる熱量、そして突如として変わるテーマ。これらはすべて、数年間の成長過程で「その時々に興味があったバラの羊皮紙」を、後から無理やり紐で綴じて一冊にまとめた(合本した)結果に過ぎない。
2. 「共同制作」という名の共犯関係
筆跡鑑定において「複数の人物の手が入っている」とされる点は、この説をさらに補強する。
富裕層の家庭教師(あるいは兄弟)の介入:
少年が一人で描き進める中で、時には教養のある家庭教師が「模範」として複雑な天体図の枠組みをコンパスで引き、時には悪友や兄弟が「もっと格好いい記号(外字フォント)」を面白半分で書き加えた。
少年はそれらを「自分の秘密のノート」を彩る最高のスパイスとして受け入れ、さらにその上から「俺設定」を上書きしていった。それは、現代のSNSで複数の友人と作り上げる「共同創作(リレー小説)」のような、閉ざされたコミュニティの遊びだったのである。
3. 結論:ヴォイニッチ手稿が「未完」である理由
なぜ、この手稿は中途半端に終わり、解読不能なまま放置されたのか。
答えは残酷なほどシンプルである。
「少年が大人になったから」だ。
思春期が終わり、大学へ進むか、あるいは家業を継ぐか。かつて人生のすべてを賭けていた「秘密の文字」も「キメラ植物」も、ある日突然「下らない子供の遊び」へと変わった。
かつての熱狂の残骸(バラの羊皮紙の束)は、思い出として、あるいは高級な紙への未練から一冊に綴じられ、屋根裏の隅に押し込まれた。
数百年後、それが発見され「世界最大の謎」と崇められることになるとは、かつての少年も、彼に知恵を貸した家庭教師も、夢にも思わなかっただろう。
なお、補足として記入をする。ヴォイニッチ手稿に使用されている羊皮紙は最高級のものではなく、穴が空いていたりサイズもばらばらで、厚みも違うという等級が低いものである。
だが、これは高価なものだ。歴史的なものだと考え、誰もが最高級の羊皮紙を使っていたものだと誤解をしていた事も、今まで解読されなかった要因であることを指摘しておく。




