ヴォイニッチ手稿・解読完了報告書:第二部
――「未知の叡智」を剥ぎ取る――
1. 「赤い螺旋」の正体:ゴミ箱からの写生
植物セクションにおいて、学者が「DNAの予言」や「未知の薬草」と呼んで神格化してきた「赤い螺旋状の根」の図像。
客観的かつ冷徹に、これを身近な物質的形状と照合すると、驚くほど単純な正体が浮かび上がる。
剥いたリンゴの皮:
螺旋の曲率、厚みのムラ、そして何より「根」としての物理的・生物学的な不自然さ。これらはすべて、「当時のおやつであったリンゴの皮を、長く剥いて机に置いた形状」と完全に一致する。
ハッタリの構図:
少年は、ありふれたリンゴの皮の形を「異世界の植物の根」のパーツとして再利用し、豪華に色を塗ることで「魔導書っぽさ」を演出した。専門家は、この「日常のゴミを神秘的に描く」という子供特有のハッタリに、数百年かけて釣られたのである。
専門家がこの螺旋に『宇宙の数学的秩序』を見出そうとした時、彼らは『机の上のゴミさえも世界の謎に見えてしまう、子供特有の万能感』という最も身近な秩序を忘れていただけなのである。
2. 生物学セクション:秘密基地とリビドー
手稿の中で最も不気味とされる、女性たちが緑のプールに浸かり、複雑なパイプで繋がれている図。
これは医学的な「胎生学」や「循環システム」の図解ではない。
少年の妄想工場:
女性(性への未熟な好奇心)とパイプ(秘密基地的なギミック)を組み合わせた、「僕の考えた不思議な装置」のスケッチに過ぎない。
解剖学的欠如:
骨格や筋肉の理解は一切見られず、描線は極めて稚拙である。これを「象徴的な高度な図」と深読みするのは、現代人が「子供の落書きに、大人の知識を無理やり投影」している状態に他ならない。
これらの配管が解剖学的に機能していない事実は、これが『生命の循環』ではなく、『複雑な迷路を描くことで全能感に浸る』という、閉鎖的な自意識の循環であることを証明している。
3. 天体図:見ていない空の記録
天体セクションに描かれた図も、観測に基づいたものではなく、既存の図録を「それっぽく」改変したものである。
一貫性のなさ:
太陽や星の配置に科学的整合性はなく、中心に配置された「顔」の造形は、教科書に落書きする学生の心理的傾向と完全に一致する。
中心に描かれた『顔』の造形が、当時の標準的な天文学的意匠ではなく、現代の学生が教科書の偉人に描き加える『落書き』のデフォルメ精度と一致している点は、もはや皮肉ですらない。
4.手稿の中に異常なほど出現する単語「qokey」について
これまでの研究者は、これを「そして(and)」や「神(God)」のような、文章の骨格をなす重要単語だと推測してきた。だが、スケルトン解析(骨格抽出)の視点で見れば、その正体はあまりにも空虚である。
運筆の報酬系:
「q」「o」「k」「e」「y」を構成するストロークを分解すると、これらはペンを動かす際、手首の返しと指の屈伸が最も「スムーズで気持ちいい」流れになっている。
少年は、意味のある言葉を書こうとしたのではない。「なんとなく筆が乗る、書き心地の良い記号の組み合わせ」を、無意識に、あるいは手癖として繰り返しただけなのだ。
統計学の罠:
統計学者が「単語の出現分布に規則性がある」と喜んだデータ。その正体は、言語の文法構造ではなく、「人間の右手が、退屈な時間の中で無意識に繰り返すリズムの周期性」であった。
AIがこの「qokey」を解析し、必死にヘブライ語やラテン語に当てはめようとして沈黙した理由はここにある。存在しない「意味」を、ただの「指の運動」の中に探してしまったからだ。
少年は、自分の書いた「qokey」という文字列を眺め、「なんとなく格好いい、本物っぽい」と満足し、また次のページにそれを書く。そこにあるのは、知性による論理構成ではなく、ドーパミンによる反復作業である。




