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第五話 悪霊


銃弾とともに、目の前の行員が倒れこむ。血を流し、かすれた声でつぶやく。

「まさかとは思ったけど...そういうことだったのね。馬鹿だわ、私」

長坂は倒れた行員の前で膝をつく。彼女の胸に視線を向ける。

「ちょっと...」

長坂は様々な犯罪を犯してきたが、目の前で人が死にそうになるのは初めてのことだった。目の前の彼女を心配する声は出なかった。こんな人生を送ってたら、こういう場面を見ることになるのは時間の問題だったはず。―でも、初めて命の終わりを見る重さは、長坂の体にのしかかった。

「なにも撃たなくても...」

「おいおい、何を甘いこと言ってんだ。あのままじゃばれただろ?」

「...」

長坂は何も言い返せなかった。そうだ、その通りだ。私たちは強盗だ。長坂は目を背けて、前に進んだ。

「こりゃもう変装ごっこは無理だ。強行突破するぞ」

ミトニックの服には、行員の血がついている。サプレッサーのおかげで音は一階に響いていないだろうが、ばれるのは時間の問題だ。ミトニックは長坂に拳銃を渡す。

「うん、わかった」

長坂は銃を握る。セーフティーを外し、自動ドアから外に出る。階段を駆け上がり、一階へと戻る。まだばれていないようだ、職員用のドアは通れる。ドアを雑に開け、ミトニックはサプレッサーを取り外す。

「誰も動くな!」

ミトニックは壁に向かって銃を撃ち、大声で叫んだ。長坂も銃を構える。ロビーにいる客たちは、恐れおののいて椅子から転げ落ちる者、家族で身を寄せ合う者など様々だった。

「両手をあげて」

長坂はカウンターの向こうの行員たちに銃口を向ける。行員達は身を震わしながら、肘を曲げて両手を上げる。

「そのままでいい」

二人は客と行員達を注視しながら、出口へと歩く。背中の自動ドアが開き、そのまま外に後ずさる。青い空は見えるが、雲が太陽を隠している。二人は近くに止めておいた車に乗り込む。長坂はエンジンをかけ、車を急発進させる。

「このまま合流地点まで行くよ!」

車は公道に出た。車通りはそこまで多くない。長坂たちの車は追い越し車線に入り、速度を上げていく。周囲には通報を受けた警察が集結しつつある。長坂には、街中に響くサイレンの音が、耳からではなく能力を介して体に響く。長坂は能力を使ってパトカーの位置を探り、パトカーのいない道を選んで進んでいく。

「撒けそうか?」

「うん、こっちのほうなら警察がいないわ」

長坂はハンドルを切って右折する。二人の車は都会の道路を抜けて、山奥の道路に入っていく。長坂たちの車は峠道をくねくねと走る。ガードレールは錆びたまま放置されている。長坂は運転しながら小言をはさむ。

「さすがにここまで来たら大丈夫だよね」

「まあな、今頃あの銀行は大パニックだろう」

周囲には木々が生い茂っている。車通りはほぼない。日が沈み、周囲が暗くなり始めている。山の中腹にある、ちょっとした駐車スペースに、一台の車が止まっている。長坂はその隣に車を停める。

「来たな、長坂。とりあえずこっちにこい」

カーウィンドウが開くと、運転席にいる男が声をかけた。名前は覚えていないが、この男とは以前一緒に仕事をしたことがある。長坂たちは自分の車から降りて、男の車のドアを開ける。

「ばっちり盗ってきたよ」

バッグを男に見せつけながら車内に入る。バッグを開き、3人で宝石を眺める。車内の照明のわずかな光でさえ、この宝石は綺麗に反射し、3人を魅了する。

「よくやったなお前ら。このままこっちの車で帰ろう」

「あの車は燃やしたほうがいいか?」

ミトニックが尋ねる。

「ああ、そうしてくれ」

警察に足がついているかもしれない。捨てたほうがいいだろう。得たものに比べれば、あの車を捨てることなどあまりにも小さな損失だ。長坂は前の車から、持ち出せるものはすべて持ち出す。男から受け取った火炎瓶にライターで火をつけて、車に投げつける。

「火葬はすんだようだな」

長坂は男の車に乗り込む。薄暗い山奥でめらめらと燃える炎を後にして、3人を乗せた車は出発したのだった。


その夜、地下基地の一角、無機質な部屋におかれた白いシンプルなベッド。その中にうずくまってるのは、長坂と呼ばれる女だった。手元の携帯の着信欄に、ボスからのテキストメッセージがある。

「今回の仕事はよくやってくれた。前のことは水に流してやるとしよう。これからも頑張りたまえ」

ボスのメッセージは、そこで終わっている。長坂は寝返りを打つ。

「ああ...」

長坂は、撃たれた銀行員のことを考える。かなりの出血量だった、助かったかどうか...。―見ず知らずの他人のことなど知ったことではない、そう思ってた。それは別に今でも変わらない。でも長坂には、目の前から命が消えそうになる衝撃が忘れられなかった。この衝撃が、悪霊のように長坂の体にまとわりついている。この悪霊は、誰にもお祓いしてもらえない。教団の幹部に「人が死ぬのを見るのが怖い」なんて言ったら、使えないやつだと切り捨てられる。警察に自首しても、もう既に罪を重ねすぎている。親や周囲のせいにできる年齢でもないし、年齢を証明できる戸籍も身分もない。

結局、悪人の長坂は、明日もこの悪霊とともに生きるしかないのだ。


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