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第三話 普通の生き方

  銀行員の制服を着た女は、ブラウス越しに冷たい金属の感覚がした。長坂は女の口を押さえながら、女の右肩にかかっているバッグに視線を移す。

「この銃で撃たれたくなかったら、ドアを開けて」

女は足をすくめながら、左手をバッグに突っ込んで、鍵を取り出した。女は右手を出して、鍵を開けてドアを開いた。

「前、歩いて」

長坂が小声でつぶやき、女はゆっくり前に歩き出す。長坂は女の口を押さえたまま、歩調を合わせて前に進む。女はハイヒールのまま玄関を上がって部屋に進み、長坂もスニーカーを脱がずに、彼女の口を押さえながら密着してついていった。

「ほかに住んでる人はいる?」

長坂の問いに、女はできる限り首を横に振った。

二人は部屋に進む。ベッドとテーブル、ソファーの上に、乱雑に日用品がおかれていた。ドアが閉まる音が聞こえた。二人に続き、ミトニックも部屋に入ってくる。

「手を後ろに回して」

女はバッグを落として、両手を後ろに回す。長坂は銃をポケットにしまって、ミトニックから手錠を受け取り、両手に手錠の輪を通して、鍵穴に鍵をかける。長坂は女の口を自由にさせると、女は息を飲んで、長坂のほうを向いて座り込む。

「なんなの...あなたは...」

細々とした声が、部屋の中だけに響き渡る。

「質問にだけ答えてくれる?」

淡々とした声が女の耳に届く。長坂はポケットに手を突っ込んで、女の目を見つめる。

「手荒な真似はしたくないから、正直に答えて。あなたの銀行の貸金庫に入るにはどうすればいい?」

女は目をそむける。長坂のポケットから聞こえるカチャカチャという金属音が脳にしみつく。

「そういうことね...私のバッグにカードが入ってて...それを使えば職員用のドアが開くの」

(なるほど...あそこの扉か...)

長坂が思い出した瞬間、ミトニックは女の眉間に銃を突き付ける。

「俺たちに隠し事すんじゃねえぞ、知ってることは全部吐き出せ」

女の目から、恐怖の涙がぽろぽろと垂れた。

「やめ...」

女の声は、喉で中途半端に引っかかっていた。

「どうした、何も知らないならここで撃ってもいいんだぞ」

ミトニックはさらに詰め寄る。

「...キャビネットに予備鍵があるわ...それで開くやつもある...だから撃たないで...」

女はかすれる声をふり絞って言った。

「それだけか?」

ミトニックは態度を変えずに詰め寄る。

「ちょっと待って、もう十分でしょ」

長坂はミトニックの手首を押し下げ、銃を床に向けさせた。女の表情が少しだけ緩む。ミトニックは不服そうな顔をしながら、ベッドに腰を掛ける。女は自分の背後の手錠を見つめる。

「あなたたち...なんでこんなことを...」

「...金のため」

ミトニックはそっけなく、当たり障りのない答えを返す。

「本当にそれだけなの?あなたたち結構お若く見えるけど、拳銃まで持ってて。普通には見えないわ」

女は長坂のほうを見つめる。長坂の心は、どこか引っかかる。

「ごめんなさいね。私にも引けない事情があって」

長坂はボスの言葉を思い出す。最後のチャンス―この仕事をまたしくじれば、「考えない人形」になる。そう言われていた。

「あっち座って、手錠は外せないけど、そのままじゃきついでしょ?」

長坂はソファを指さした。女は立ち上がって緩やかに歩き出し、ソファに座った。女は一息ついて背もたれに寄りかかった。

「お願い、こんなことやめましょう?今日のことは誰にも言わないから」

「いったでしょ?引けないんだって」

長坂は若干苛立ちをにじませて返した。

「それはいいんだが長坂、さっきここに入ったときに防犯カメラに映ってしまったかもしれないだろ?もしそうならデータを改ざんさせておきたい。道中にカメラがなかったか見に行ってくる」

「わかった、この女は私が見ておくよ」

ミトニックは部屋を出た。部屋には、長坂と女の二人だけになった。

「...あなたのいう引けない事情ってのはよくわからないけど、それは強盗したら解決するの?」

長坂は黙り込んだ。もしこの仕事を成功させたとしても、次の仕事をしくじれば、同じ運命だろう。終わりのない恐怖でしかない。

「解決しなくても、やるしかない。それだけだよ。あの人からは逃れられない」

長坂は小さな声でつぶやいた。

「あの人って誰、って聞いても答えてはくれないんでしょうけど。それは結局逃げるっていう選択肢から逃げてるだけじゃないの?」

長坂はそれを聞いて目を下に向ける。一生教団におびえながら生きてきたくはない。でも、私は被害者じゃない。この女が今日のことを黙ってくれたとしても、今までの罪は消えないはずだ。そう考えてる間に、女はさらに続ける。

「あなたも普通に生きたいんじゃない...?」

長坂の耳には、普通、という言葉が強く残った。普通ってなんだ。私はずっと前から、教団に超能力を買われて教団のための犯罪に手を染めてきた。それ以外の選択肢は私の目の前に現れなかった。

「...勝手なことばかり言わないで」

勝手に家に押し入って縛り付けておいて何言ってるんだろう、と長坂は思った。でもそれ以外の言葉は出てこなかった。女のほうも目線をそむけて黙り込んだ。ドアが開く音がする。女の鼓動が上がっていった。ミトニックが帰ってくる。

「防犯カメラ、あったからハッキングして映像を編集しておいた。急ごしらえだったもんでちょっと雑だが、まあ気づかれるときには俺たちはもうここにはいないから大丈夫だろう」

「ありがとう」

それから女は特に質問をすることはなかった。銃のメンテナンスをしたり、女と中身のない会話を繰り返したり、仮眠をとったりしていると、部屋の時計の針はどんどん進んでいった。


カーテンの隙間から、白い光が差し込む。

「長坂、そろそろ行くぞ」

ミトニックは銃にサイレンサーをつけ、立ち上がって玄関のほうに行く。

「うん、わかった。作戦通りにいこう」

長坂は錠剤を持って女のほうを見つめる。ソファにゆったり座っているが、両手は後ろで拘束されたままだ。

「ごめんなさいね」

長坂は女の口に錠剤を放り込む。

「即効性の麻酔薬、眠るだけで体に害はないから我慢して」

薄れゆく意識の中で、女は歯を食いしばって悔しがる。

「やめましょう、こんなの...キリがないわ...」

声がだんだん小さくなっていき、女の目が閉じる。長坂は女の意識がないことを確認し、女の両手の手錠を外す。銀行員の制服を奪って、代わりに部屋にあったコートをかぶせる。長坂は服を脱いで、奪った制服に着替える。少し緩い感じがした。

「長坂、なんであの女を殺さないんだ?」

「無益な殺しは嫌だよ、彼女が目覚めるときには全部終わってるはずだからいいでしょ?」

「...まあいいが」

長坂は玄関でハイヒールに履き替える。こんなに動きづらい靴を履くのは新鮮だった。長坂はスカートの裾を整える。「普通」に生きる女はこういう格好をするのかな―とぼんやり思いながら、後ろを振り返る。

「いこうか」

長坂はドアを開けて、二人は銀行へと向かったのだった。


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