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第一話 最後のチャンス

 ある地下基地の一角の、工作機械が乱雑に置かれた、無機質な部屋の真ん中に、長坂と呼ばれる高校生ぐらいに見える女が吊るされていた。英文字がプリントされたTシャツと短パンの彼女は、頭には黒い袋をかぶせられ、両手に後ろで手錠がかけられ、天井に鎖でつながれ、両足は足枷でつながれて、地面から浮かされている。

 ここでは、少年少女から老人まで、様々な人たちが集まって裏社会を形成している。広い基地のところどころに、この基地の殺風景な雰囲気に似合わない、神聖な偶像がおかれている。これらは、とある宗教の神や教祖を象徴しているものらしい。ここは、その宗教の教えを実践しようとする、ある教団の基地である。時折表の社会に出て、教団のために奪うか、脅すか、消すのが彼らの仕事だ。

「...どういうつもりですか?ボス」

こもった声が部屋に静かに響く。彼女の前には、ボスが椅子に座っていた。ボスのそばには、黒のスーツとサングラスを身をまとった、強面の側近の男が立っていた。

「どういうつもり?そりゃこっちのセリフだな、長坂」

ボスはそう言うと、指をパッチンと鳴らした。男が歩き出し、長坂に近寄る。彼は長坂の頭の袋をとって投げ捨てた。彼女の茶色のおかっぱ頭が、静電気で乱れる。ボスがもう一度パッチンと指を鳴らすと、男は一歩下がった。

「あの仕事、なんでターゲットをとっ捕まえて来なかった?」

長坂の額から汗が流れ出る。

「すみません、車に乗せるところまではいったんですが、でも周囲の警察の動きが早くて...」

「それで?ターゲットを捨てて人混みにまぎれて逃げてきたのか?お前の動きはこちらには筒抜けだぞ」

「それは...」

長坂は言葉が詰まる。

「長坂、お前には失望した」

「すみません...」

長坂は拘束されたまま、力いっぱい頭を下げる。

「お前もこうしたほうがいいのかな?」

ボスは指を鳴らすと、側近の男が長坂のみぞおちに打撃を加えた。

「っぐぉ!」

ボスがさらに指をパチパチ鳴らすと、男は後ろ歩きでボスの隣に戻り、膝をついた。

―長坂にとっては見慣れた光景ではあるが、いつも見ていて震えが止まらない。ボスが指を鳴らすと、何も言わなくても、ボスの思い通りに側近が動く。側近が彼らの意思で動いたのも、彼らの意思で何かを話したのも見たことはない。返事の言葉さえ聞いたことがない―それすら必要ないのだ。とても意思を宿した人間だとは思えない。

「最後のチャンスだ」

その言葉を聞いて、長坂の表情が緩む。

「新しい仕事が舞い込んできた、お前を試すのにはちょうどいい」

「仕事...」

「ああ、盗みだ。お前に任せることにする」

ボスはまた指を鳴らす。

「もし失敗した暁には、お前は何も考えることはなくなる」

長坂は背筋が冷える。側近のようになるのは―死よりも恐ろしい。

すぅっと部屋のドアが開く。黒のスーツにタイトスカート、サングラスの、側近の女だ。無駄のない動きで、直線的に部屋に入ってくる。ボスはさらに指をならす。側近の女が、ポケットからUSBメモリを取り出して、ちょうど長坂の真下に投げる。乾いた音が響き渡るが、長坂の手は届かない。

「それが今回の仕事の情報だ。もう一人人員をつける。具体的な作戦はそいつと立てろ」

長坂は目線を少し落として、USBメモリを見つめる。

「お前の意思が、思考が、私たちにとって有用なことを証明してみろ」

「はい...必ず...」

長坂は目線をそのままにして、静かに返事をした。


翌日、高層ビルが立ちならぶ都会の大通り、長坂は車を走らせていた。まだ昼だが、雨がザーザーと降り、雨雲が太陽を隠している。ハンドルを握る彼女の手の手首には、輪状のあざが残っている。アクセルを踏む足にも同じようなあざが残っている。服装も全く変わっていない。助手席には、同じくらいの年に見える男が座っている。彼は肘をつきながら、長坂の手に目線を向けて話しかける。

「なあ、さっきから気になってたんだが。そのあざって...」

「あんまり深入りしない方がいいと思うけど」

「ああ、そうか」

運転中の長坂の感覚に、遠くから一台の車の像が入ってくる。黒と白、車体の上には何かついてる。それを察知した長坂はハンドルを左に切って、狭い道に入る。

「おい、ナビだと直進ってなってるけど、大丈夫なのか」

「ええ、大丈夫。というか曲がらないとまずいんだよ。このまま直進したら警察に鉢合わせる。万が一にでも職質されたら大変でしょ?」

「どこに警察がいるかわかるのか?」

「私の超能力、スキャンを使ってるからね。今はパトカーを探知してるから、周囲数百メートルぐらいのパトカーの位置はなんとなくわかるんだよ」

「なるほどねぇ」

男は生返事で返した。

長坂はハンドルを右に切る。

「ところで、あなた。コードネームはなんていうの?」

「ああ、ミトニックっていうんだ」

「よろしく」

「こちらこそ」

二人は淡々と言葉を交わした。

しばらく車は直進し、少し周囲の建物の背が低くなってきた。長坂が銀行を視認すると、車は左折し、駐車場へと入っていった。長坂はレバーを動かし、車をバックさせる。ピーピーと音を鳴らしながら、駐車スペースにすっぽり入っていった。

「ついたよ、ここがターゲットの銀行だよ」

ミトニックは車の窓から、銀行を眺めている。二階建ての、飾りのない直方体をベースに、シンプルな窓と、自動ドアの入口がつけられている。

「ここか、まずは偵察だな」

「そうなんだけど、防犯カメラに私たちのことが写ったらまずいでしょ?あなたは確か超能力でハッキングできるんだったよね?」

「なんでそれを...」

長坂は自分のポケットに手を突っ込んで、USBメモリを取り出して見せつけた。

「あんたの情報もここに入ってたんだよ」

「なるほど、まあ近くのカメラを停止させておくことぐらいはできる。証拠は残らない、安心しろ」

ミトニックは微笑んで言った。

「おっけー、じゃあ行こうか。中では声は小さくしてね」

長坂はUSBをポケットに戻して、車のドアを開けて外に出た。雨は小雨になっていて、傘をさすほどではない。ミトニックもそれに続き、二人は銀行の入口へと歩き出した。

二重の自動ドアが開く。屋内は白色の壁と天井で包まれていた。長坂たちの目の前では、ロビーに一般の客が座っており、奥にはカウンターが、左手にはATMが、右手には通路が続いている。

「こっち来て」

長坂が先導すると、二人は右手の通路に進んでいった。

「あれ」

長坂は狭い通路の防犯カメラを指さした。ミトニックは小さくうなずくと、カメラのほうに右手を開いてハッキング能力を使った。二人は前進する。目の前には、少し黄みがかった白い金属の扉があった。赤文字で「staff only ―関係者以外立ち入り禁止―」と書かれている。ドアの右手には、黒のカードリーダーが取り付けられている。長坂は親指を立てて後ろを指しながら、小声でつぶやく。

「なるほど、ここから先はいけないってわけか。一旦戻ろう」

二人はロビーのほうに向かって歩き出した。前方にロビーが、右手にカウンターが見えてくる。長坂の視界の右端には、顧客とやり取りしている若い女性銀行員が映った。その銀行員は、ブラウスにベスト、タイトスカートの銀行制服で身をまとい、ちょうど長坂と同じくらいの体格、同じような茶色のおかっぱヘアーをしていた。ロビーに出ると、長坂はにやっと笑った。

「ミトニック、戻ろう」

「もういいのか?」

「ええ、いい作戦思いついた」

長坂の口角が、少し上がった。二人はロビーを出て、車内に戻ったのだった。


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